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第二章 砂漠の風
56話 消えぬ思い
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俺はサスケ。
十二支精霊の申。
9番目だ。
俺の契約者は大聖女のサーシアだ。
でもあまり出番が無い。
それと言うのも大抵の問題はルルナの姉御が解決してしまうからだ。
何年か前までは戦が続いたから、それなりに活躍が出来たけれど、
最近は暇を持て余していた。
そこへシオンが来た!
サーシアの御指名で俺が面倒を見る事になった。
任せておいてくれ!
さすがに物質の具象化は無理だけれど、
上級攻撃魔法でも受け付け可能だ。
威力もバツグン!
城壁をぶち抜くなんて簡単だ。
精霊院ではまだ初級の特殊魔法の段階だ。
楽勝だな。
他の生徒がなかなか上手く出来ない中でシオンは一発で合格している。
当たり前だ。
俺が手続きをしているのだから。
へたくそな呪文でも、俺が修正を掛けてシステムに申請をしている。
高位精霊だからな。
それくらいは出来て当然だ。
姉御の特訓でシオンの精霊言語も少しずつ上達している。
院を卒業する頃には自力で上級精霊と契約が出来るだろう。
それにしても気に入らない。
なんだあの男は!
初対面でいきなりプロポーズしやがって!
もう少しで殺すところだった。
サーシアに迷惑が掛かるといけないから我慢したけれど、
王族でなかったら死んでたな!
シオンはウブだから騙されやすいんだよ。
彼氏に振られたばかりだしな。
傷ついた心に甘い言葉を掛けられたら、そりゃ~グラッと来るわな。
焦がしバターとシロップをかけたパンケーキに生クリームを乗せた様なもんだ。
なんならアイスクリームも付いてる。
もうトロけちゃう~!ってやつだ。
確かに結構な男前だしな。
精霊は人間の美醜に興味が無い。
波形が合うか合わないか?
それだけだ。
サーシアもそうだ。
なにせ夫はカルアンだからな。
シモーヌ曰く、憲兵の制服を着ていても不審者に見える程に貧相なのだそうだ。
そのカルアンにベタ惚れなのだから、よっぽど相性が良いのだろう。
まぁ、俺が付いている限りヘタな事はさせない。
仮契約でも大切なパートナーだ。
もしシオンを泣かせたら・・・
その時は殺す!
***
「奇麗な首んびた飾りだべなぁ!さんぞかす高げかろなぁ~」
『ウキャ!ウキャ!ウキャキャ!』
ミラームから舞踏会へのお誘いが来た。
招待状と一緒に豪華なネックレスが送られた。
「オラ、”蝶々の舞”だば踊れっけんど、ペンア~デンスなんぞ出来ねだぁ~」
『ウキ~ウキ~ウキキ~!』
「ルルナ様がこで着でけってドンレ~ス呉れただよぉ」
『ウキキ~!ウキャウキャキィ~!』
「サスケ~、こったら衣装さオラ似合うだべが?」
『ウキ~ウッキウキキウキャ~!』
「シオン様、着てみては如何ですか?」
シオンの世話係をしている女中が勧めた。
「んだべな!」
応援の者も駆けつけて3人係りで衣装合わせが始まった。
髪を結いあげて、ドレスを着こみ、贈られたネックレスを飾る。
「サスケ~どんだべがぁ?」
『ウッ!ウキャキャァ~~~』
***
精霊教総本山に隣接するトナリン開発区。
各国の領事館や商館が立ち並び、年々賑わいが増している。
その一つ、カーラン王国領事館では今宵、ミラーム王子主催の
舞踏会が開かれている。
「ミラーム王子殿下!シオン・カモミ嬢!ご入場で御座います!」
コールマン役の参事官が声高に告げると、
会場の視線は一点に集中した。
「緊張せずとも良い、内輪だけの会だ」
「ん、んだす・・・」
無理だびょぉ~~~ん
顔が引きつる~~~
視線が怖い~~~
真冬でさえ昼間は薄着でも良いくらいのムーランティス。
あと2週間すれば陽節ともなると汗が滲む。
夕暮れの風が熱冷ましに心地よい。
当然の事ながらルルナ特製のドレスも肌の露出が多い。
肩は丸出しだし、胸元は寄せて上げてのウコール仕様。
輝くネックレスが嫌でも視線を誘う。
「とても素敵よ!自信を持ちなさいな」
リコアリーゼが背中に手を当てて励ます。
手袋越しの、それでも伝わる暖かい体温に少し肩の力が抜ける。
後見人代理としてリコアリーゼも同席している。
エスコートは当然にアイシュタ王子だ。
クマさんだ・・・
(ずんぐりとした体形に細いタレ目。開いているのか?
それとも閉じているのか?まったく判らない。
瞬き無用だな。
何度見てもアンバランスだなぁ~サーシア様もそうだけれど、
この親子はイケメンに恨みでもあるのか?)
さぁ!いよいよ最初の曲が始まる。
初心者向けのゆったりとしたワルツだ。
みっちり練習した。
「シオンに恥をかかせたら承知しませんわよ」
エルサーシアから直々に脅されて、ミラームは震えあがった。
毎日の様にお昼休みは一緒に踊った。
満を持してのお披露目である。
ガチガチに硬くなっていたシオンだが、元々は舞子である。
曲に合わせて体を動かしていると楽しさが込み上げて来る。
谷の演舞場での初舞台は7歳の時。
拙くも可愛らしい舞に観客は惜しみない拍手を送った。
その中にはジャンゴも居た。
大勢の観客の中で彼の姿だけが浮かんで見えた。
あの時にはもう恋をしていたのだろう。
「えがったでやぁ!シオンさ精霊みてぇだべさ!」
楽屋に花束を抱えて来て呉れた彼の言葉が、他の何よりも嬉しかった。
あぁ・・・
何で今更こんな事を思い出すのだろう。
幸せな記憶の全てに痛々しい傷跡が付いている。
「どうしたのだ?体調が優れぬのか?」
ミラームが気遣って呉れている。
「えやぁ大丈夫だぁ~」
にっこりと笑って答える。
一曲目が終わって窓際のソファーに座っていると、たちまち御婦人達に囲まれた。
口々にミラームを褒め讃える。
「殿下にお見染めして頂くなんて羨ましいですわ!」
「カーランは宝石の産地ですのよ!」
「容姿端麗!眉目秀麗!頭脳明晰!辛口一献!」
ん?
一瞬、酒の香りがしたような?
確かにこの人達の言う通りかも知れない。
王子様と結ばれて、華やかな世界で暮らす。
誰もが夢に見る幸せ。
大勢の者達に傅かれ、栄耀栄華の花園を歩く。
けれど・・・
何故だろう?
道端に咲く花を髪に飾り、坂道に彼の姿が現れるのを待っていた、
あの日々が愛おしい。
谷に帰りたい・・・
「まぁ!シオンどうしたの?」
「んにゃ?」
不意にリコアリーゼに肩を抱かれた。
心配そうに顔を覗き込んでいる。
「な、何だべが?」
「どうして泣いているの?何所か痛いのかしら?」
「え?オラ泣ちょるだべが?」
まったく気が付かなかった。
なるほど、視界がぼやけている。
「う、ううう~~~」
意識すると余計に止まらない。
肩が震える。
「具合が悪いようですわね。殿下、これにてお暇を致しますわ」
「うむ、そのようだね。後の事は気にせず体を労わるが良いぞ」
違うのだミラーム。
癒さねばならぬのは心だ。
帰りの馬車の中でも泣き通しだった。
もう谷には帰る場所など無い。
***
許せない!
殿下に恥を搔かせた!
平民上がりの小娘の分際で、私の愛しい殿下に!
招待客の一人一人に主賓の退席を詫びていた殿下。
あぁ・・・お労しや。
何度も駆け寄って抱きしめて差し上げたいと、
許されるならそうしていた。
「ネフェル、この手紙と見舞いの花を届けておくれ」
「承知いたしました」
なんとお優しい。
あれほどの無礼にお怒りもせず、勿体なくもお情けをお示しになられる。
あぁ、殿下・・・
その尊きお心に寄り添えるのは、あの小娘では無く私なのです!
私は知っている。
あれは体調のせいなどでは無い。
聞いたぞ小娘!
男に捨てられたと。
浅ましくも忘れられずに泣いたのだろう。
殿下の高貴な御手に導かれ、その腕に抱かれて踊りながら
他の男の夢を見るとは、ふしだらな娘よ!
生娘かどうかも妖しいものだ。
私は清らかなままぞ!
殿下に操をお捧げしているのだ!
王太子に御成りあそばされたら、側室を迎える事が許される。
それまでの辛抱だ。
御寵愛を頂けるのは、この私だ!
その時こそ思い知るが良い!
その罪の重さを!
***
テオルコイント王国首都モラン。
トリオゴ子爵邸を訪れていたユバルは、掌を返す様な冷たい言葉に唖然とした。
「話すさ違げぇでねが、今更ねがったごとすれだば、すんでぇじゃねがやぁ!」
オバルト人の花嫁を斡旋する事は出来ないと告げられたのだ。
「お前さ大聖女様ん気障りすただべさ」
「そ、そでばぁ・・・」
ユバルがエルサーシアの怒りを買って多額の慰謝料を支払った事は知れ渡っていた。
国家間の正式な斡旋事業だ。
契約書も交わされる。
ヘタな嫁ぎ先を紹介など出来ない。
「すこたま借金さあるべな」
「ご、5年で返すだよ」
確かに教会から借りた額は大きいが、返せない程では無い。
ユバルは本気でそう思っている。
あぁ、悲しきかな特需成金の世間知らずよ。
「舞姫も居らんべさ」
「踊り子さ他にも居るべさ!」
「はぁ~分かっでねべな。大聖女様さ所縁の谷だはんで客さ来るべな」
舞姫と呼べるのはケイコールと今は亡きヨウコールだけだ。
ウーグス谷観光の目玉はケイコールの舞だ。
少女だったエルサーシアと一緒に踊った当人だ。
谷そのものは只の田舎に過ぎない。
その大聖女に嫌われた観光地に誰が行く?
詰んでいる。
「公爵ん様さ当てさはんずれでお怒りだぁ」
舞姫の娘を愛人に出来ると喜んでいた公爵は、かなりの金額をつぎ込んで
装飾品を買い込んだり、別荘の改築を発注したりしていた。
全部がパァ~になった。
「銭んこさ!オラが渡すた銭んこさ返すてけろ!」
金貨300枚!
それがあれば暫くの間はやって行ける。
観光以外の新規事業も考えないといけない。
「そったらもんお詫びに献上すたわい!んでねが今頃はぁ命さ無ぇべさ!」
「あ、あ、あんまりだぁ~」
「話すは終すめぇだ!帰ぇれ!」
縋りつこうとするユバルを使用人が取り押さえ、
引きずりながら屋敷の外へ放り出した。
大変な事になった、これからどうしよう・・・
トリオゴに言われて、やっと気が付いた。
そう言えば宿の予約が少ないと妻がぼやいていた。
畑は荒れ放題だ、まともに作物が育ち充分な収穫を得るまで20年はかかるだろう。
谷はもう終わりかも知れない・・・
失意のユバルは亡霊の様にふらふらと帰路を辿った。
********
さっきまで大声で喚いていた母が、今は落ち込んで項垂れている。
父親は金目の物を集めて売る算段をしている。
幸いにも高価な調度品や宝石類が残っているので、一切合切を処分すれば
借金も軽くなるだろう。
両親には悪いが、こうなって正直ほっとしている。
罪悪感で気が変になりそうだった。
せっかくオバルト人の嫁御を迎えても夫婦として幸せになる自信が無かった。
「シオンさ達者だべか・・・」
思わず呟いてしまった。
リコアリーゼに不愉快だと言われてから、その名を口にする事は慎んで来た。
こんなにも大きな存在だったのか!
底知れぬ暗闇に小石を投げ入れて何時までも返らぬ水音を待つ様な。
せつなく、悲しく、そして恋しい。
十二支精霊の申。
9番目だ。
俺の契約者は大聖女のサーシアだ。
でもあまり出番が無い。
それと言うのも大抵の問題はルルナの姉御が解決してしまうからだ。
何年か前までは戦が続いたから、それなりに活躍が出来たけれど、
最近は暇を持て余していた。
そこへシオンが来た!
サーシアの御指名で俺が面倒を見る事になった。
任せておいてくれ!
さすがに物質の具象化は無理だけれど、
上級攻撃魔法でも受け付け可能だ。
威力もバツグン!
城壁をぶち抜くなんて簡単だ。
精霊院ではまだ初級の特殊魔法の段階だ。
楽勝だな。
他の生徒がなかなか上手く出来ない中でシオンは一発で合格している。
当たり前だ。
俺が手続きをしているのだから。
へたくそな呪文でも、俺が修正を掛けてシステムに申請をしている。
高位精霊だからな。
それくらいは出来て当然だ。
姉御の特訓でシオンの精霊言語も少しずつ上達している。
院を卒業する頃には自力で上級精霊と契約が出来るだろう。
それにしても気に入らない。
なんだあの男は!
初対面でいきなりプロポーズしやがって!
もう少しで殺すところだった。
サーシアに迷惑が掛かるといけないから我慢したけれど、
王族でなかったら死んでたな!
シオンはウブだから騙されやすいんだよ。
彼氏に振られたばかりだしな。
傷ついた心に甘い言葉を掛けられたら、そりゃ~グラッと来るわな。
焦がしバターとシロップをかけたパンケーキに生クリームを乗せた様なもんだ。
なんならアイスクリームも付いてる。
もうトロけちゃう~!ってやつだ。
確かに結構な男前だしな。
精霊は人間の美醜に興味が無い。
波形が合うか合わないか?
それだけだ。
サーシアもそうだ。
なにせ夫はカルアンだからな。
シモーヌ曰く、憲兵の制服を着ていても不審者に見える程に貧相なのだそうだ。
そのカルアンにベタ惚れなのだから、よっぽど相性が良いのだろう。
まぁ、俺が付いている限りヘタな事はさせない。
仮契約でも大切なパートナーだ。
もしシオンを泣かせたら・・・
その時は殺す!
***
「奇麗な首んびた飾りだべなぁ!さんぞかす高げかろなぁ~」
『ウキャ!ウキャ!ウキャキャ!』
ミラームから舞踏会へのお誘いが来た。
招待状と一緒に豪華なネックレスが送られた。
「オラ、”蝶々の舞”だば踊れっけんど、ペンア~デンスなんぞ出来ねだぁ~」
『ウキ~ウキ~ウキキ~!』
「ルルナ様がこで着でけってドンレ~ス呉れただよぉ」
『ウキキ~!ウキャウキャキィ~!』
「サスケ~、こったら衣装さオラ似合うだべが?」
『ウキ~ウッキウキキウキャ~!』
「シオン様、着てみては如何ですか?」
シオンの世話係をしている女中が勧めた。
「んだべな!」
応援の者も駆けつけて3人係りで衣装合わせが始まった。
髪を結いあげて、ドレスを着こみ、贈られたネックレスを飾る。
「サスケ~どんだべがぁ?」
『ウッ!ウキャキャァ~~~』
***
精霊教総本山に隣接するトナリン開発区。
各国の領事館や商館が立ち並び、年々賑わいが増している。
その一つ、カーラン王国領事館では今宵、ミラーム王子主催の
舞踏会が開かれている。
「ミラーム王子殿下!シオン・カモミ嬢!ご入場で御座います!」
コールマン役の参事官が声高に告げると、
会場の視線は一点に集中した。
「緊張せずとも良い、内輪だけの会だ」
「ん、んだす・・・」
無理だびょぉ~~~ん
顔が引きつる~~~
視線が怖い~~~
真冬でさえ昼間は薄着でも良いくらいのムーランティス。
あと2週間すれば陽節ともなると汗が滲む。
夕暮れの風が熱冷ましに心地よい。
当然の事ながらルルナ特製のドレスも肌の露出が多い。
肩は丸出しだし、胸元は寄せて上げてのウコール仕様。
輝くネックレスが嫌でも視線を誘う。
「とても素敵よ!自信を持ちなさいな」
リコアリーゼが背中に手を当てて励ます。
手袋越しの、それでも伝わる暖かい体温に少し肩の力が抜ける。
後見人代理としてリコアリーゼも同席している。
エスコートは当然にアイシュタ王子だ。
クマさんだ・・・
(ずんぐりとした体形に細いタレ目。開いているのか?
それとも閉じているのか?まったく判らない。
瞬き無用だな。
何度見てもアンバランスだなぁ~サーシア様もそうだけれど、
この親子はイケメンに恨みでもあるのか?)
さぁ!いよいよ最初の曲が始まる。
初心者向けのゆったりとしたワルツだ。
みっちり練習した。
「シオンに恥をかかせたら承知しませんわよ」
エルサーシアから直々に脅されて、ミラームは震えあがった。
毎日の様にお昼休みは一緒に踊った。
満を持してのお披露目である。
ガチガチに硬くなっていたシオンだが、元々は舞子である。
曲に合わせて体を動かしていると楽しさが込み上げて来る。
谷の演舞場での初舞台は7歳の時。
拙くも可愛らしい舞に観客は惜しみない拍手を送った。
その中にはジャンゴも居た。
大勢の観客の中で彼の姿だけが浮かんで見えた。
あの時にはもう恋をしていたのだろう。
「えがったでやぁ!シオンさ精霊みてぇだべさ!」
楽屋に花束を抱えて来て呉れた彼の言葉が、他の何よりも嬉しかった。
あぁ・・・
何で今更こんな事を思い出すのだろう。
幸せな記憶の全てに痛々しい傷跡が付いている。
「どうしたのだ?体調が優れぬのか?」
ミラームが気遣って呉れている。
「えやぁ大丈夫だぁ~」
にっこりと笑って答える。
一曲目が終わって窓際のソファーに座っていると、たちまち御婦人達に囲まれた。
口々にミラームを褒め讃える。
「殿下にお見染めして頂くなんて羨ましいですわ!」
「カーランは宝石の産地ですのよ!」
「容姿端麗!眉目秀麗!頭脳明晰!辛口一献!」
ん?
一瞬、酒の香りがしたような?
確かにこの人達の言う通りかも知れない。
王子様と結ばれて、華やかな世界で暮らす。
誰もが夢に見る幸せ。
大勢の者達に傅かれ、栄耀栄華の花園を歩く。
けれど・・・
何故だろう?
道端に咲く花を髪に飾り、坂道に彼の姿が現れるのを待っていた、
あの日々が愛おしい。
谷に帰りたい・・・
「まぁ!シオンどうしたの?」
「んにゃ?」
不意にリコアリーゼに肩を抱かれた。
心配そうに顔を覗き込んでいる。
「な、何だべが?」
「どうして泣いているの?何所か痛いのかしら?」
「え?オラ泣ちょるだべが?」
まったく気が付かなかった。
なるほど、視界がぼやけている。
「う、ううう~~~」
意識すると余計に止まらない。
肩が震える。
「具合が悪いようですわね。殿下、これにてお暇を致しますわ」
「うむ、そのようだね。後の事は気にせず体を労わるが良いぞ」
違うのだミラーム。
癒さねばならぬのは心だ。
帰りの馬車の中でも泣き通しだった。
もう谷には帰る場所など無い。
***
許せない!
殿下に恥を搔かせた!
平民上がりの小娘の分際で、私の愛しい殿下に!
招待客の一人一人に主賓の退席を詫びていた殿下。
あぁ・・・お労しや。
何度も駆け寄って抱きしめて差し上げたいと、
許されるならそうしていた。
「ネフェル、この手紙と見舞いの花を届けておくれ」
「承知いたしました」
なんとお優しい。
あれほどの無礼にお怒りもせず、勿体なくもお情けをお示しになられる。
あぁ、殿下・・・
その尊きお心に寄り添えるのは、あの小娘では無く私なのです!
私は知っている。
あれは体調のせいなどでは無い。
聞いたぞ小娘!
男に捨てられたと。
浅ましくも忘れられずに泣いたのだろう。
殿下の高貴な御手に導かれ、その腕に抱かれて踊りながら
他の男の夢を見るとは、ふしだらな娘よ!
生娘かどうかも妖しいものだ。
私は清らかなままぞ!
殿下に操をお捧げしているのだ!
王太子に御成りあそばされたら、側室を迎える事が許される。
それまでの辛抱だ。
御寵愛を頂けるのは、この私だ!
その時こそ思い知るが良い!
その罪の重さを!
***
テオルコイント王国首都モラン。
トリオゴ子爵邸を訪れていたユバルは、掌を返す様な冷たい言葉に唖然とした。
「話すさ違げぇでねが、今更ねがったごとすれだば、すんでぇじゃねがやぁ!」
オバルト人の花嫁を斡旋する事は出来ないと告げられたのだ。
「お前さ大聖女様ん気障りすただべさ」
「そ、そでばぁ・・・」
ユバルがエルサーシアの怒りを買って多額の慰謝料を支払った事は知れ渡っていた。
国家間の正式な斡旋事業だ。
契約書も交わされる。
ヘタな嫁ぎ先を紹介など出来ない。
「すこたま借金さあるべな」
「ご、5年で返すだよ」
確かに教会から借りた額は大きいが、返せない程では無い。
ユバルは本気でそう思っている。
あぁ、悲しきかな特需成金の世間知らずよ。
「舞姫も居らんべさ」
「踊り子さ他にも居るべさ!」
「はぁ~分かっでねべな。大聖女様さ所縁の谷だはんで客さ来るべな」
舞姫と呼べるのはケイコールと今は亡きヨウコールだけだ。
ウーグス谷観光の目玉はケイコールの舞だ。
少女だったエルサーシアと一緒に踊った当人だ。
谷そのものは只の田舎に過ぎない。
その大聖女に嫌われた観光地に誰が行く?
詰んでいる。
「公爵ん様さ当てさはんずれでお怒りだぁ」
舞姫の娘を愛人に出来ると喜んでいた公爵は、かなりの金額をつぎ込んで
装飾品を買い込んだり、別荘の改築を発注したりしていた。
全部がパァ~になった。
「銭んこさ!オラが渡すた銭んこさ返すてけろ!」
金貨300枚!
それがあれば暫くの間はやって行ける。
観光以外の新規事業も考えないといけない。
「そったらもんお詫びに献上すたわい!んでねが今頃はぁ命さ無ぇべさ!」
「あ、あ、あんまりだぁ~」
「話すは終すめぇだ!帰ぇれ!」
縋りつこうとするユバルを使用人が取り押さえ、
引きずりながら屋敷の外へ放り出した。
大変な事になった、これからどうしよう・・・
トリオゴに言われて、やっと気が付いた。
そう言えば宿の予約が少ないと妻がぼやいていた。
畑は荒れ放題だ、まともに作物が育ち充分な収穫を得るまで20年はかかるだろう。
谷はもう終わりかも知れない・・・
失意のユバルは亡霊の様にふらふらと帰路を辿った。
********
さっきまで大声で喚いていた母が、今は落ち込んで項垂れている。
父親は金目の物を集めて売る算段をしている。
幸いにも高価な調度品や宝石類が残っているので、一切合切を処分すれば
借金も軽くなるだろう。
両親には悪いが、こうなって正直ほっとしている。
罪悪感で気が変になりそうだった。
せっかくオバルト人の嫁御を迎えても夫婦として幸せになる自信が無かった。
「シオンさ達者だべか・・・」
思わず呟いてしまった。
リコアリーゼに不愉快だと言われてから、その名を口にする事は慎んで来た。
こんなにも大きな存在だったのか!
底知れぬ暗闇に小石を投げ入れて何時までも返らぬ水音を待つ様な。
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魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
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