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学園生活、2年目 ~前期~
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しおりを挟む「・・・お嬢さん?」
「あ・・・」
本を手にした彼女。アナスタシア様から受け取った本はかなり古いものだ。しかし膨大な魔力の片鱗が見える。
古くは見えるが、魔力で保護された物の様だから壊れたりすることはなさそうに見えるが。いったい何の本なんだ?
本に注目していれば、受け取ったお嬢さんの手が微かに震えているのが目に入った。
意識せず、彼女の手に自分の手を添えた。
ひんやりと体温が下がっている小さな手。
お嬢さん自身、自分の手が震えていることに気付いていないのだとわかったのは、俺が声をかけてからだった。
ふと俺を見上げた瞳は、迷いのある憂いの瞳。
元気な少女の顔には似つかわしくなく、不思議と心に残った。
「・・・カイナス、私は姫を屋敷へ送ってくる。お前はフリードリヒの目付け役を頼んだ」
「はい、了解です。・・・大丈夫かい?お嬢さん」
「はい、大丈夫です。すみません」
もう一度呼びかけたお嬢さんの顔には、先程のような憂う色は見当たらなかった。
今まで通り、にこ、と明るい色。
俺はその場でお嬢さんとアナスタシア様を見送る。
まだ彼女の手の冷たさが、自分の手のひらに残っていた。
団長の部屋に戻ると、いやいやながらも机に向かう団長の姿が。…アナスタシア様に『家に帰ってくるな』と言われた事が効いているようだ。全く最初からそうやってくれていれば言われずに済んだだろうに。
「・・・おうシオン、お嬢は帰ったのか」
「はい、今アナスタシア様が送っていくと」
「そうか。お嬢がアナスタシアに借りに来た本て何だ?」
「さあ、何でしょう。表紙にはタイトルも記載されてはいませんでしたよ。かなり古いものに見えました。魔力の片鱗も見えましたから、魔術書でしょうか」
そう言うと、団長はピクリと反応し、目に鋭い光が宿った。なんだ?何か気になる事でも?
「・・・その本、表紙は何色だ」
「赤、でしたが。赤というより朱に近いでしょうか」
「厚さはこれくらいか?」
「ええ、ご存知でしたか」
団長が示した厚さ。側にあった書類を鷲掴み、厚みを再現。大体5センチくらいだろうか。
すると団長はペンを置き、手を組み合わせた。
「・・・始祖の日記か」
「始祖の日記、ですか?」
「ああ、アナスタシアが以前読んでいた。タロットワーク始祖が書いたという日記帳だ。中身は古語で書かれている。俺も見せてはもらったが、半分程度しか意味がわからん。あれが読めるのは限られた人間だけだろ」
「・・・お嬢さんは開いて普通に読める、と言ってましたが?」
「マジかよ、嘘だろ?さっきの魔法といい、アレも読めるなんてお嬢の頭の中はどうなってんだ?日記に関してはアナスタシアが訳を入れていれば読めるかもしれないが」
「いえ、俺もチラッと拝見しただけでしたがそんな様子はありませんでした。お嬢さんも適当にページを開いて確認していましたから」
無言の室内。まさかあの本がそんなに大変なものだとは。
しかもタロットワーク始祖の日記?そんなものを読んでどうしようというのか。人生が変わるかもしれない、とはどういう意味なのか。
わからないことだらけで頭がおかしくなりそうだ。
団長も一言下がっていい、と言っただけ。
俺も静かに部屋を退出し、自室へと戻った。
なんだかひどく疲れた気がする。
********************
馬車でタロットワーク別邸へと帰る。
車内ではアナスタシアさんも何も話さなかった。が、ぽつりぽつりと呟くように話を始めた。
「兄上の話はどうだった」
「驚きました。日記の事も、アナスタシアさんの事も」
「そうだろうな。私ですら夢のようだと思っていた。しかし今姫はここにいる。それが全てだと思っている」
「アナスタシアさんは、日記を全て読んだんですか」
「ああ。とは言っても、私には読めない記述も多かった。古語だとは思うが、辞書にも載っていなかった。この日記はまだあと三冊ある。今日渡したのは一番古いものだ。昔やってきた異世界人の事についても書いてある。残りはその後、国を興すために書いたものが多いか。
だが、始祖マデインの人生を知るには読むべきだろうと私は思う」
「わかりました、徐々に読みたいと思うので、よろしくお願いします」
「ああ。本は私以外の者が手にできないように保管している。借りに来る時は通信魔法を飛ばしてくれ。私がいない時はセバスチャンに渡しておくから受け取りなさい」
「はい」
ではね、と馬車を降りる時に頭を撫でられる。
その時のアナスタシアさんはとても優しい表情をしていて、なんだか涙が出そうになった。
さて、この本読まなきゃ。
…しかし、震えていたとは思わなかったな。カイナス副官に触られなきゃ気づかなかった。武者震い?
私は深呼吸して、屋敷へと戻った。
********************
我が家へ戻り、湯浴みを済ませて食事。
一人でゆっくりとした時間を味わっていると、フリードリヒが帰宅したらしい。
人の喧騒が徐々にこちらへと近付いてくるのがわかり、近くの使用人に食事の用意を申し付けた。
ガチャ、と扉を開けてダイニングへと入ってきたのはフリードリヒ、我が夫でありパートナーだった。
「仕事は終わったのか?」
「当たり前だろ、終わらなきゃ帰ってくんなって言ったのはアナスタシアだろう?」
「わかっているのなら、少しは真面目に仕事をしろ。カイナスが倒れたらどうする。お前に付いていける副官は他にいないのだからな」
「わーってるって。俺もあいつ以外の副官なんて考えられないよ」
ドカッと向かいに座り、注がれた水を飲み干す。
全くこれで侯爵家の跡取りだというのだから。正式な場ではきちんと振る舞えてはいるようだが。
「キャロルの様子はどうだ?」
「ああ、順調のようだ。夏には三人目が産まれるだろ」
「それは喜ばしい。次は女だといいが」
キャロル、とはフリードリヒの愛人だ。本邸へ連れてくればいいものを、キャロル自身が私に遠慮しているのか来ることはない。子供達もそろそろこちらへ移して教育せねばならないと思うのだが、全て別邸で行われていた。
私も姫がいるタロットワーク別邸へと移ってもいいのだが、フリードリヒはそれを許可しない。まあ流石に勝手に移動しては夫の立つ瀬がないと思い実行してはいないのだが。
「・・・アナスタシア。今日は単なるお前の『旦那』として話をする。だからお前もちゃんと話してくれ」
「なんだいきなり。子供の事か」
「違う。・・・お嬢、『コズエ・ヤマグチ』に関してだ。そろそろ話してくれてもいいだろう。
お前が俺を『認めて』いない事はわかっている。クレメンス家の為、近衛騎士団団長である事を加味してだという事もだ。だがそれを無視してでも聞かせてもらう」
「その必要はない、と何度言わせれば気が済む?」
「お前の人生を半分背負う決心なんかとうに出来ている。俺が惚れたのは『アナスタシア・タロットワーク』という女だ。それは一人の女であり、タロットワークてある事も全てひっくるめて受け止める決意をしているんだ」
「だから言えないんだ。お前には『背負うもの』がありすぎる。この話は何度したと思っている?お前には近衛騎士団団長としての責任がある。義務もある。お前が第一に考え、護るべきものはこの国であり現王族だ。それより大事なものなどない。それが軍人たる誇りだろう」
「それでも、だ。全て知って、それでも俺はこの国を選ぶ覚悟はしている。頼む」
沈黙が続く。何度も何度も交わしてきた議論。
私は譲る気はないし、フリードリヒにもない。ただの平行線だ。姫がこの国へ来る前から、ずっとそう。
私がフリードリヒの求婚を受け、クレメンス家に入らない、と決めてからずっと。
私は『タロットワーク』だ。それはこれまでも、そしてこれからも変わらないだろう。私の剣はすでに護るべき相手へと捧げてしまっているのだから。
「───わかった」
「アナスタシア!」
「だが、私の口からは何も言うことはない。聞きたければ全てを知った姫から聞くがいい。彼女ならばお前の疑問に答えてくれるだろう」
「は?お嬢から!?」
「そうだ。だがそればまだ先だ。始祖マデインの日記、その全てを姫が読み終わり、答えを見つけた時にしてくれ。
でなければフリードリヒ、お前の望みの答えは聞けない」
私はそう言い、席を立つ。
フリードリヒはそれ以上何も言っては来なかった。
すまない、私の姫。厄介事を背負わせてしまうな。
けれど、私の答えはきっと、フリードリヒを納得させられる答えとはならない。
けれど、姫ならば───きっと。
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