2 / 10
2話 伯爵の愛人
しおりを挟む「ちょっと仕事でへまをしたみたいでね。怒ってばかりいるのも本当に疲れるよ」
「私がいるじゃない? ……疲れたアルバート様を癒すために」
「……君が婚約者ならどれだけ幸せなんだろうか」
「ふふふ、可愛いアルバート様。私はこのままで充分に幸せよ?」
まだ部屋の中に人がいるのが見えていないかのように、ふたりは恋人のように顔を寄せ合っている。
執務室の奥には、外へと繋がっている小部屋がある。婚約者がいるアルバート伯爵は、他人の目に触れないようにその部屋に女を連れ込んでいた。
レオニーはその小部屋の掃除や整理整頓を命じられ、何度か足を踏み入れたことがある。
アルバート伯爵が気に入っている女の名はイザベラ。
小動物のように可愛らしい容姿をしており、丸い目はいつ見てもキラキラと光を反射させている。
アルバート伯爵を見上げながら目尻を下げるイザベラは、同じ女であるレオニーから見ても可愛いとしか形容できない。
見た目に反して性格は可愛らしくなかった。婚約者であるレオニーを前にしても全く物怖じすることなく、堂々と胸を張っていられるような肝の据わっている女だった。
「はぁ~……!」
自分の書斎へ戻ったレオニーは、椅子に腰かけてからひと息ついた。身体の緊張が解けていくのを感じる。
アルバート伯爵の横暴さに慣れたと思っていても、知らないうちに緊張している。
いつまでも休んでいる暇はないので、早速机の上にある書類を手に取って仕事を始めた。
小さい文字を読もうと集中すると、耳の奥からキーンと音がしてきて頭がズキリと痛む。
レオニーは目頭を指で押さえて痛みが遠のいていくのを待った。
「まただわ……」
このところ、キンキンとした頭痛が頻繁に起こるようになっていた。
空きのないスケジュールの中で、アルバート伯爵の仕事まで代わりにやっているから当然のことだろう。
アルバート伯爵は最初からレオニーを妻として迎え入れる気はなく、仕事を押しつけたり都合良く扱ったりするために婚約を決めたのだと理解していた。
他の人が見たら、イザベラが本当の婚約者だと勘違いすると思う。
イザベラに蔑まれても暴言を吐かれてもアルバート伯爵は絶対にレオニーの味方をせず、君が悪いからじゃないか? と悪びれもせずに言うだけ。
アルバート伯爵のお義母様も、たびたび屋敷に訪ねてきては、レオニーの生家の悪口を言いながらイザベラを気遣っていた。
そんな酷い扱いをされているのに、婚約から逃げることも、仕事から逃げることも出来なかった。
797
あなたにおすすめの小説
愛せないですか。それなら別れましょう
黒木 楓
恋愛
「俺はお前を愛せないが、王妃にはしてやろう」
婚約者バラド王子の発言に、 侯爵令嬢フロンは唖然としてしまう。
バラド王子は、フロンよりも平民のラミカを愛している。
そしてフロンはこれから王妃となり、側妃となるラミカに従わなければならない。
王子の命令を聞き、フロンは我慢の限界がきた。
「愛せないですか。それなら別れましょう」
この時バラド王子は、ラミカの本性を知らなかった。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
あなたの絶望のカウントダウン
nanahi
恋愛
親同士の密約によりローラン王国の王太子に嫁いだクラウディア。
王太子は密約の内容を知らされないまま、妃のクラウディアを冷遇する。
しかも男爵令嬢ダイアナをそばに置き、面倒な公務はいつもクラウディアに押しつけていた。
ついにダイアナにそそのかされた王太子は、ある日クラウディアに離縁を突きつける。
「本当にいいのですね?」
クラウディアは暗い目で王太子に告げる。
「これからあなたの絶望のカウントダウンが始まりますわ」
婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました
Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、
あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。
ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。
けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。
『我慢するしかない』
『彼女といると疲れる』
私はルパート様に嫌われていたの?
本当は厭わしく思っていたの?
だから私は決めました。
あなたを忘れようと…
※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。
あなたの破滅のはじまり
nanahi
恋愛
家同士の契約で結婚した私。夫は男爵令嬢を愛人にし、私の事は放ったらかし。でも我慢も今日まで。あなたとの婚姻契約は今日で終わるのですから。
え?離縁をやめる?今更何を慌てているのです?契約条件に目を通していなかったんですか?
あなたを待っているのは破滅ですよ。
※Ep.2 追加しました。
マルグリッタの魔女の血を色濃く受け継ぐ娘ヴィヴィアン。そんなヴィヴィアンの元に隣の大陸の王ジェハスより婚姻の話が舞い込む。
子爵の五男アレクに淡い恋心を抱くも、行き違いから失恋したと思い込んでいるヴィヴィアン。アレクのことが忘れられずにいたヴィヴィアンは婚姻話を断るつもりだったが、王命により強制的に婚姻させられてしまう。
だが、ジェハス王はゴールダー家の巨万の富が目的だった。王妃として迎えられたヴィヴィアンだったが、お飾りの王妃として扱われて冷遇される。しかも、ジェハスには側妃がすでに5人もいた。
義理姉がかわいそうと言われましても、私には関係の無い事です
渡辺 佐倉
恋愛
マーガレットは政略で伯爵家に嫁いだ。
愛の無い結婚であったがお互いに尊重し合って結婚生活をおくっていければいいと思っていたが、伯爵である夫はことあるごとに、離婚して実家である伯爵家に帰ってきているマーガレットにとっての義姉達を優先ばかりする。
そんな生活に耐えかねたマーガレットは…
結末は見方によって色々系だと思います。
なろうにも同じものを掲載しています。
必要ないと言われたので、元の日常に戻ります
黒木 楓
恋愛
私エレナは、3年間城で新たな聖女として暮らすも、突如「聖女は必要ない」と言われてしまう。
前の聖女の人は必死にルドロス国に加護を与えていたようで、私は魔力があるから問題なく加護を与えていた。
その違いから、「もう加護がなくても大丈夫だ」と思われたようで、私を追い出したいらしい。
森の中にある家で暮らしていた私は元の日常に戻り、国の異変を確認しながら過ごすことにする。
数日後――私の忠告通り、加護を失ったルドロス国は凶暴なモンスターによる被害を受け始める。
そして「助けてくれ」と城に居た人が何度も頼みに来るけど、私は動く気がなかった。
フッてくれてありがとう
nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」
ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。
「誰の」
私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。
でも私は知っている。
大学生時代の元カノだ。
「じゃあ。元気で」
彼からは謝罪の一言さえなかった。
下を向き、私はひたすら涙を流した。
それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。
過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる