あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ

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2話 伯爵の愛人

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「ちょっと仕事でへまをしたみたいでね。怒ってばかりいるのも本当に疲れるよ」

「私がいるじゃない? ……疲れたアルバート様を癒すために」

「……君が婚約者ならどれだけ幸せなんだろうか」

「ふふふ、可愛いアルバート様。私はこのままで充分に幸せよ?」

 まだ部屋の中に人がいるのが見えていないかのように、ふたりは恋人のように顔を寄せ合っている。

 執務室の奥には、外へと繋がっている小部屋がある。婚約者がいるアルバート伯爵は、他人の目に触れないようにその部屋に女を連れ込んでいた。

 レオニーはその小部屋の掃除や整理整頓を命じられ、何度か足を踏み入れたことがある。

 アルバート伯爵が気に入っている女の名はイザベラ。

 小動物のように可愛らしい容姿をしており、丸い目はいつ見てもキラキラと光を反射させている。

 アルバート伯爵を見上げながら目尻を下げるイザベラは、同じ女であるレオニーから見ても可愛いとしか形容できない。

 見た目に反して性格は可愛らしくなかった。婚約者であるレオニーを前にしても全く物怖じすることなく、堂々と胸を張っていられるような肝の据わっている女だった。

「はぁ~……!」

 自分の書斎へ戻ったレオニーは、椅子に腰かけてからひと息ついた。身体の緊張が解けていくのを感じる。

 アルバート伯爵の横暴さに慣れたと思っていても、知らないうちに緊張している。

 いつまでも休んでいる暇はないので、早速机の上にある書類を手に取って仕事を始めた。

 小さい文字を読もうと集中すると、耳の奥からキーンと音がしてきて頭がズキリと痛む。

 レオニーは目頭を指で押さえて痛みが遠のいていくのを待った。

「まただわ……」

 このところ、キンキンとした頭痛が頻繁に起こるようになっていた。

 空きのないスケジュールの中で、アルバート伯爵の仕事まで代わりにやっているから当然のことだろう。

 アルバート伯爵は最初からレオニーを妻として迎え入れる気はなく、仕事を押しつけたり都合良く扱ったりするために婚約を決めたのだと理解していた。

 他の人が見たら、イザベラが本当の婚約者だと勘違いすると思う。

 イザベラに蔑まれても暴言を吐かれてもアルバート伯爵は絶対にレオニーの味方をせず、君が悪いからじゃないか? と悪びれもせずに言うだけ。

 アルバート伯爵のお義母様も、たびたび屋敷に訪ねてきては、レオニーの生家の悪口を言いながらイザベラを気遣っていた。

 そんな酷い扱いをされているのに、婚約から逃げることも、仕事から逃げることも出来なかった。


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