死神公爵と契約結婚…と見せかけてバリバリの大本命婚を成し遂げます!

daru

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 ピンクのカーテン、花柄の絨毯、可愛い猫足の机や椅子に、スミレ色の天蓋付きベッド。馴染んだ部屋の窓から下を見下ろすと、バルバストル家の紋章の入った立派な馬車と、そこに向かう公爵様の姿が見えた。

 揺れる黒髪が目に入り、婚約式前のことを思い出した。

 公爵様は自分の肩まで伸びる漆黒の髪を触って、「重苦しいですか?」と訊いていた。どうしてそんなことを訊くのかと問うと、「貴女に言われました。」と。どうやら初めて話をした日に私がそう言っていたらしかった。
 似合っているのでそのままでいいですと言うと、そうですかと話は終わったが、そんなことを気にしていたのかと思うと可笑しくて笑いが止まらなくなり、公爵様が居心地悪そうに目を伏せていた。

 口元が弛む。

 こんこん。戸をノックする音。どうぞと促すとメイドのマヤが入ってきた。

「お嬢様、今、公爵閣下がお帰りになりました。」

「そう。」

 公爵様から会いたいと言づけを受けたが断った。恐らく婚約破棄の示談書を持ってきたのだろうし、伝えたいことは公爵邸を出る時に伝えてきた。もう1度顔を合わせて、これ以上想いが募るのはご免だった。

「本当にお会いしなくて良かったんですか?」

「…ええ。身にならないもの。」

「ご婚約された時はあんなにはしゃいでいらしたのに…。」

 バカだったな、と思っている。好みの男性を餌で吊るような真似をして、それに成功したとあんなにはしゃいで。
 一方的に好意を抱いていても、幸せになどなれるはずもないのに。

 私はソファに座り、ため息を吐いた。

「ケンカなら早いところ仲直りした方がいいですよ。あ、手っ取り早く公爵閣下に課題でも出すのはいかがですか?」

 マヤはいたずら顔で笑った。長いこと私とアリスを見てきたメイドだったから、さすが私たちの好みそうなことを理解している。
 でもこれはケンカではないし、ましてや公爵様を困らせるようなことをしたいとは思えなかった。

「ケンカではなく、婚約破棄よ。」

「え?!」

「えっ、て、公爵様、示談書を持ってきたでしょう?」

「示談書ですか?いいえ、そんな話は微塵も。」

 マヤは青ざめて首を横にぶんぶん振った。

 おかしい。示談書を持ってきていない?

「それなら公爵様はなんの話をしにいらしたの?」

「ですから、お嬢様に会いたいと。」

 そんなばかな。それだけのはずがない。公爵様が侯爵邸にいらしてから帰るまで、かれこれ2時間は経っているのだから。

「お父様は一体、公爵様と何の話をしていたの?」

「難しい話は分かりませんでしたが、私がお茶を出しに行った時は、何やら領地経営の御相談をなさっていたみたいでしたよ。」

 なんだそれは。私は頭を抱えた。お父様、公爵様は友人ではないのだから。

「それで、どうして婚約破棄なのですか?公爵閣下にそう言われたのですか?」

 言われてはいないけれど。

 もしかしたら養子の問題を解決しないことには安心できないのかもしれない。それには私からお父様に婚約破棄の件を話さなければならなくなる。
 また、ため息がこぼれた。

「公爵様のことを嫌いになったのですか?付き合ってみたら、予想外に変態趣味だった、とか?」

 公爵様に似つかわしくない言葉に、ぷっと吹き出した。

「あはは、そんなわけないわ。公爵様は素敵な方よ。」

「それなら、どうして…。」

 なぜか私以上に肩を落としておずおずと訊いてくるマヤに、私は誤魔化すように苦笑いを浮かべた。





 時折訪ねてくる公爵様を避けつつ侯爵邸の自室に引きこもっていた時、アリスから手紙が届いた。
 私の方から先に近況報告をしていたので、その返信だったが、外に出た方がいいと、ぜひ遊びにおいでと綴られていた。

 とても可愛いドレスを着て出かけるような気分ではなかったが、重い腰を上げてアリスに会いに行くことにした。

 いつもならアリスの部屋やサンルームに通されるのだが、珍しく応接室に案内された。子供の頃、よくアリスと忍び込んで大人の話を盗み聞きしていたことを思い出す。

「ごめんなさいね、部屋のあちこちを模様替え中で。」

「ううん、なんだか懐かしくて楽しくなるわ。落ち着いて話もしやすいし。」

「そう言ってくれて良かった。今、お茶とお菓子を用意させるわね。」

 ソファに座って室内を見渡す。お客様と話をする場所なだけあって、厳粛で品の良い家具や調度品で揃えられており、公爵邸が思い出された。
 公爵邸は応接室どころか、どこもかしこもこうだったけれど。
 公爵様らしい。くすりと笑いが起こった。

「なに?急に笑って。」

 執事にあれこれと申し付けたアリスが私と向かい合うようにソファに座った。

「なんでもないわ。」

「あらあら1人で楽しそうにしちゃって、つれないわね。」

 にこりと微笑むアリスを前にすると、思いきり甘えたくなった。
 私の大好きな親友。王子妃になったらこんなに気安く会うことはできなくなるのだろう。少し、寂しい。

「1人では全然楽しくなんかないわ。」

 ノック音が鳴り、メイドがお茶とお菓子を用意した。

 メイドが退室したことを確認し、私はこれでもかというほど大きなため息を吐き出して、聞いてよぉ、と頭を抱えた。静かに耳を傾けるアリスに全てを打ち明ける。

 アリスの誕生日パーティーで王子殿下の想いをしっかり断ち切れたこと。結婚式のドレスを注文しに行って誘拐されたこと。公爵様が助けてくれたこと。前公爵夫人のこと。それから、日々の公爵様にときめいたことや、愚痴も少々。ついでに幼馴染の男爵令息の腐った思考回路のことも。

 思いつくままに話す私に、アリスは穏やかにうんうん頷いた。
 心の内を出すだけ出してすっきりした私は、ソファの上に体を倒して一息ついた。

 私の話が終わったことを見計らって、それで、とアリスが口を開く。

「フローラ、誘拐なんて初耳なのだけれど?」

 一際冷たい視線を向けられ、すごすごと体を起こした。自然と背筋が伸びる。
 書くと長くなると思って手紙では省いたのだ。

「あ、えと、すぐに解決したから。」

「そんなことをわたくしに隠しておくなんて。」

「隠しておいたわけではないの!公爵様がスパイの使用人を逆に手駒にして二重スパイをさせていたから、事なきを得て…。」

 だん!アリスがテーブルを力強く叩きつけ、その音に私の肩が竦む。心なしか家具たちも飛び跳ねたように感じた。

「それは結果論でしょう。フローラは恐ろしい思いをしたのではないの?」

「す…少し。」

「フローラを危険に晒すなんて、言語道断です。」

 アリスの剣幕に押されながらも、私も、どうどう、と両手を前に出した。

「す、すぐに助けに来てくれたのよ?」

 私の抑止はあまり効果が見られず、アリスは、ふんと鼻息を荒く鳴らした。

「そんなことがあったなら、婚約破棄も納得ね。閣下に付きまとわれて迷惑しているようなら、わたくしも力になるわよ?あなたの背を押した責任もあるし。」

「アリス、公爵様をストーカーのように言わないで。公爵様は悪くないのよ。」

 アリスは不可解そうに眉を潜めて首を傾げた。

「それならどうして婚約破棄をするの?まだそんな風に庇うほど好きなら、そのまま結婚しちゃえばいいじゃない。」

 マヤには曖昧に誤魔化した質問だったが、アリスはそんなことでは納得してくれないだろう。
 説明して分かってもらえるかどうかも分からないが。

 私は膝の上で無駄に絡み合う自身の指を眺めた。

「好きだから、そうもいかなくなったの。」

「どういうこと?」

「最初は、これで鬱陶しい男たちは寄ってこなくなるし、バルバストル家と繋がりができるのはアルヴィエ家の為にもなるし、おまけに好みの顔を特等席で見放題なんて恐悦至極に存じます!とはしゃいでいたのだけれど。」

「おまけが9割を占めていそうね。」

 まあね。こほん。

「今は浅はかだったと反省しているわ。公爵様には心から愛した女性がいて、そのことで深く傷ついていたのに、その後釜に、胸を踊らせながら座ろうなんて。」

 自分の行いを言葉にすると、その無神経さが浮き彫りになるようで、恥ずかしくなった。本当に、浅ましい。

「でも、閣下だって、利があるから結婚の申し出を受け入れたのでしょう?」

「そうだけど、でも、せっかく悪縁を片付けたのだもの。公爵様にはもう1度、心から愛せる女性と、今度こそ幸せな家庭を築いて欲しいの。」

「そんなの、あなたが落としてしまえばいいだけじゃない。」

 悠々とティーカップに口をつけるアリスが少し恨めしく感じる。そんなに簡単にいくわけがない。
 話を聴いた限りでは、元公爵夫人は静かでおおらかで繊細な女性という印象を受けた。

「公爵様の好みは…私と真逆だもの…。」

 私がそう口を尖らせると、アリスはカップを置きながら、そういうこと、と呟いた。
 
「分かったわ、フローラ。あなた、前妻の話を聴いていじけているのね。」

 かっ、と顔が一気に熱くなった。

「違うわ…!」

 うふふ、と楽しそうに笑って、前のめりになった私に人差し指を向けるアリス。いや、おでこつん、じゃない。

「可愛いわねぇ。」

「違うったら!」

 こほっこほっ。途端、そんな音が聞こえた。乾いた咳のような、そんなかさついた音。

 何の音かときょろきょろ見回すと、アリスが立ち上がって、へそほどの高さの白いキャビネットの前に進んだ。

「だ、そうですよ、閣下。」

 そう言って、その扉を開ける。

 子供の頃、よくアリスと2人で隠れていたその場所に、小さく膝を折り、背を丸めた公爵様が入っていた。

 公爵様を死神などと思ったことはなかったが、そこから大人が出てくると、さすがに度肝を抜かれた。

 え、何をなさっているのですか?
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