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【番外編①】2
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生い茂る緑と澄んだ空気に囲まれる中、王妃様と私の笑い声が交じり合った。
狩猟地である森の入り口には、小奇麗に整備された待機者用のちょっとした広場がある。そこにクロスのかかったテーブルと椅子が設置され、猟犬を連れた男性陣を見送った私と王妃様は、用意されたお酒とお菓子をつまみながら談笑して待っていたのだ。
結婚式以降、何度か顔を合わせている王妃様は、2人目の娘ができたみたいだと私のことを可愛がってくれていた。
もちろん1人目はアリスのことだ。
地位に見合った威厳と気品を持ちながらも、優しく気さくな王妃様はとても話しやすい御方で、私もアリス同様すぐに心を開いてしまった。
プルトン様との付き合いも長い為、何かと相談もしやすい。
くすくすと、王妃様のブロンドの髪と細い肩が揺れる。
「可笑しいわぁ。プルトンの狩嫌いは知っているけれど、昔もむりやり陛下が連れて行ったことがあったのに。今回は一体何がそこまでさせたのかしら。」
「それが、1頭も獲物を仕留めることができなければ妻に面目が立たないぞと、陛下にプレッシャーをかけられたようでして。」
私が眉尻を下げると、王妃様の輝かしいワインレッドのドレスが一層揺れてきらきらと光った。
「体調を崩せば言い訳できるから、と。」
どうにか王妃様から陛下に、プルトン様を困らせないようにと諫言して頂きたくて今朝の話をしたが、大いに笑いのツボに入ったらしく、今のところ期待はできそうにない。
「あのプルトンに、恥をかきたくないと思う心なんてあったのねぇ。変に冷めていて、人として大切なところがどこか欠落しているかと思っていたけれど。」
酷い言いようだ。
確かに最初は威圧感に圧倒され、近寄りがたいオーラがあると思っていたけれど、見ていると喜怒哀楽もしっかりと表現しているのに。
王妃様がハンカチで目尻を拭いながら、「本当にフローラのことを愛しているのねぇ。」などと言うので、顔が熱くなり、反論することができなかった。
「安心して、フローラ。もうプルトンを狩へは誘わないように、わたくしからちゃんと陛下に言って聞かせるわね。」
「滅相もございません。プルトン様も室内にいることが多いので、外にお誘い頂けるのはとてもありがたいです。」
乗馬もたまにしているし、そこまで運動不足というほどではないが、とにかく下剤を飲もうとするほど嫌なことは強制してほしくない。
王妃様の優しさに、心の中で何度もお礼を言った。
王妃様は、再びくすくすと肩を揺らした。
「本当に、フローラみたいな子がプルトンの前に現れてくれて良かったわぁ。」
それはあなたの息子の功績です。
「プルトンが養子を探し始めた時は、陛下も私もとても心配したのよ。」
ここだけの話、と王妃様は声を潜めて続ける。
「養子探しを妨害してたのは陛下なのよ。」
「えっ。」
驚きのあまり声が出てしまい、手を口を隠した。
確かに以前、養子探しが難航していると言っていた。まさか邪魔をされていたとは。
そのおかげで私は近づきやすくなったわけで、ご馳走様でしたと言う他ない。
「バルバストル家は、傍系とはいえ王家の血が流れる家門ですもの。それが途絶えてしまっては寂しいでしょう?特に陛下はこだわっていたみたいね。」
「そうだったのですね。」
これはプルトン様の耳に入らないように気をつけなければ。陛下と溝ができては大変だ。
「こちらで相手を見繕って、無理にでも再婚させようと思っていたほどなのよ。でもそうする前に、ちゃんと愛し合える子を見つけてくれて、本当に良かったわぁ。」
ほのぼのと微笑む王妃様に、まるでお似合いの夫婦だと言われているようで、堪らず嬉しくなった。
「王子もこの頃ようやくアリスと向き合い始めたようだし、来年には式を挙げられそうなのよ。南部の水害でこの何年もとても大変だったけれど、乗り越えたところでめでたい事が続くわねぇ。」
「王子殿下のご結婚ともなれば、更に国が活気づきそうですね。」
アリスとっても待ちに待った結婚式だろう。アリスの花嫁姿を想像すると私の方がにやけてしまう。
きっと豪華で美しいドレスを着て、あの美ボディを見せ付けるのだろう。
「今回の狩に王子も誘ったのだけれど、あの子、どうしてもプルトンに苦手意識を持っていてね。」
「そうなんですか?」
知っているけれどとぼけて見せた。
「プルトンって歯に衣着せぬ物言いをするでしょう?」
確かに可愛いやら綺麗やら、惜しげもなくさらりと発する。
「王子にもね、子供の頃からそれはもうズケズケと正論をぶつけるものだから、天敵のように身構えてしまう癖ができてしまったみたいなの。」
その天敵に、気になっていた異性も掻っ攫われたわけだから、余計に顔を合わせたくもないのだろう。
「それは、プルトン様らしいですね。」
「注意しようにも、本人が何が悪いのか分かっていないから説明のしようがないのよ。」
ふふと笑って思い出したことがある。
「貴女は大丈夫?何か嫌な事、言われたりしていない?」
言われた。
嫌な事というか、自分では気にもしていなかったから余計にショックだったというか。
初夜、結婚式当日は寝てしまったのでその翌晩だったが、プルトン様が私の胸を見て「小ぶりで可愛いです。」などと言ってのけたのだ。あの時は涙が出る程恥ずかしかった。
事実、涙がこぼれた。悪気のなかったプルトン様は思い切りおろおろしていたけれど。
今考えても、あの発言には頭を抱えてしまう。
でもさすがにこんなことを王妃様に言えるわけもなく、私は大丈夫ですと笑って返すしかなかった。
代わりに別の疑問が浮かぶ。プルトン様には訊きにくいことだったが、あの爆弾発言からとても気になっていたことだ。
あの、と自分でも驚くような弱々しい声が出た。
「王妃様は、デボラ様と御面識があるのですよね?」
「それは、前公爵夫人の?」
「はい。」
私がそう答えると、王妃様は苦い顔をした。
「もちろん面識はあったけれど、彼女は内向的で、こんな風に心を砕いて話したりもできなかったから、個人的なことはあまり知らないの。私が適当な事を言ってしまっては、プルトンも嫌がるでしょうし。」
言いにくそうにする王妃様に、誤解を与えないように勢いよく首を横に振った。
「ご安心ください!デボラ様についてあれこれ訊き出そうとしているわけではありません!聞く勇気もありませんし。ただ…1つだけ、気になることがあるのです。」
「何かしら?」
意を決し、ごくりと唾を飲みこんだ。
「デボラ様は、どのようなスタイルだったのでしょうか?」
王妃様はきょとんと小首を傾げ、碧い目を丸くした。「スタイル?」と私の言葉を繰り返す。
「その……胸が大きかったり…したのでしょうか?」
控えている使用人たちに聞こえないように小声で言ったのに、王妃様は「ぷっ!」と思い切り吹き出した。次いであっはっはと豪快な笑い声が響いた。
こんなに豪快な王妃様は初めてお目にかかる。普通であれば、はしたないと言われるほどだ。
恥ずかしさのあまり顔にじわじわと血が集まってきた。どうにか熱を下げようと手で顔を仰いだが、微々たる効果しかない。
「申し訳ありません、変な事を訊いてしまいました。お忘れください。」
肩をすぼめると、王妃様は再びハンカチを目に当て、恐らく涙を拭いとった。
泣くほど可笑しかったのかと、ますます恥ずかしくなる。
「ごめんなさいね、ふふふ、あまりにも可愛らしかったから。」
そう言って謝罪を口にする王妃様は、まだ笑っている。
「プルトンに何か失礼なことでも言われた?」
くっ、お見通しか。
「いえ…そんなことは…。」
言い淀む私に、王妃様はますます可笑しそうに肩を揺らした。
「そうねぇ。まぁ彼女はどちらかと言えばふっくらとしていた方だから、それなりにあったかもしれないわねぇ。」
胸が。そう言いたいのだろう。
やっぱりか。首ががくりと折れた。
別にプルトン様が巨乳好きというわけではないだろうが、謎の敗北感に苛まれる。
「でもフローラが気にすることはないのよ。プルトンを見ていれば、どれだけ貴女を愛しているか分かるもの。前夫人と比べる必要はないわ。」
頭では理解している。プルトン様が私に心を尽くしてくれていることは分かっているし、夫婦関係は至って良好だ。気にするべきではない。
とにかく今、私にできることは、狩猟から戻ってきたプルトン様を優しく迎えることだ。
きっと、バツの悪そうな顔をしながら帰ってくるのだろうから。
狩猟地である森の入り口には、小奇麗に整備された待機者用のちょっとした広場がある。そこにクロスのかかったテーブルと椅子が設置され、猟犬を連れた男性陣を見送った私と王妃様は、用意されたお酒とお菓子をつまみながら談笑して待っていたのだ。
結婚式以降、何度か顔を合わせている王妃様は、2人目の娘ができたみたいだと私のことを可愛がってくれていた。
もちろん1人目はアリスのことだ。
地位に見合った威厳と気品を持ちながらも、優しく気さくな王妃様はとても話しやすい御方で、私もアリス同様すぐに心を開いてしまった。
プルトン様との付き合いも長い為、何かと相談もしやすい。
くすくすと、王妃様のブロンドの髪と細い肩が揺れる。
「可笑しいわぁ。プルトンの狩嫌いは知っているけれど、昔もむりやり陛下が連れて行ったことがあったのに。今回は一体何がそこまでさせたのかしら。」
「それが、1頭も獲物を仕留めることができなければ妻に面目が立たないぞと、陛下にプレッシャーをかけられたようでして。」
私が眉尻を下げると、王妃様の輝かしいワインレッドのドレスが一層揺れてきらきらと光った。
「体調を崩せば言い訳できるから、と。」
どうにか王妃様から陛下に、プルトン様を困らせないようにと諫言して頂きたくて今朝の話をしたが、大いに笑いのツボに入ったらしく、今のところ期待はできそうにない。
「あのプルトンに、恥をかきたくないと思う心なんてあったのねぇ。変に冷めていて、人として大切なところがどこか欠落しているかと思っていたけれど。」
酷い言いようだ。
確かに最初は威圧感に圧倒され、近寄りがたいオーラがあると思っていたけれど、見ていると喜怒哀楽もしっかりと表現しているのに。
王妃様がハンカチで目尻を拭いながら、「本当にフローラのことを愛しているのねぇ。」などと言うので、顔が熱くなり、反論することができなかった。
「安心して、フローラ。もうプルトンを狩へは誘わないように、わたくしからちゃんと陛下に言って聞かせるわね。」
「滅相もございません。プルトン様も室内にいることが多いので、外にお誘い頂けるのはとてもありがたいです。」
乗馬もたまにしているし、そこまで運動不足というほどではないが、とにかく下剤を飲もうとするほど嫌なことは強制してほしくない。
王妃様の優しさに、心の中で何度もお礼を言った。
王妃様は、再びくすくすと肩を揺らした。
「本当に、フローラみたいな子がプルトンの前に現れてくれて良かったわぁ。」
それはあなたの息子の功績です。
「プルトンが養子を探し始めた時は、陛下も私もとても心配したのよ。」
ここだけの話、と王妃様は声を潜めて続ける。
「養子探しを妨害してたのは陛下なのよ。」
「えっ。」
驚きのあまり声が出てしまい、手を口を隠した。
確かに以前、養子探しが難航していると言っていた。まさか邪魔をされていたとは。
そのおかげで私は近づきやすくなったわけで、ご馳走様でしたと言う他ない。
「バルバストル家は、傍系とはいえ王家の血が流れる家門ですもの。それが途絶えてしまっては寂しいでしょう?特に陛下はこだわっていたみたいね。」
「そうだったのですね。」
これはプルトン様の耳に入らないように気をつけなければ。陛下と溝ができては大変だ。
「こちらで相手を見繕って、無理にでも再婚させようと思っていたほどなのよ。でもそうする前に、ちゃんと愛し合える子を見つけてくれて、本当に良かったわぁ。」
ほのぼのと微笑む王妃様に、まるでお似合いの夫婦だと言われているようで、堪らず嬉しくなった。
「王子もこの頃ようやくアリスと向き合い始めたようだし、来年には式を挙げられそうなのよ。南部の水害でこの何年もとても大変だったけれど、乗り越えたところでめでたい事が続くわねぇ。」
「王子殿下のご結婚ともなれば、更に国が活気づきそうですね。」
アリスとっても待ちに待った結婚式だろう。アリスの花嫁姿を想像すると私の方がにやけてしまう。
きっと豪華で美しいドレスを着て、あの美ボディを見せ付けるのだろう。
「今回の狩に王子も誘ったのだけれど、あの子、どうしてもプルトンに苦手意識を持っていてね。」
「そうなんですか?」
知っているけれどとぼけて見せた。
「プルトンって歯に衣着せぬ物言いをするでしょう?」
確かに可愛いやら綺麗やら、惜しげもなくさらりと発する。
「王子にもね、子供の頃からそれはもうズケズケと正論をぶつけるものだから、天敵のように身構えてしまう癖ができてしまったみたいなの。」
その天敵に、気になっていた異性も掻っ攫われたわけだから、余計に顔を合わせたくもないのだろう。
「それは、プルトン様らしいですね。」
「注意しようにも、本人が何が悪いのか分かっていないから説明のしようがないのよ。」
ふふと笑って思い出したことがある。
「貴女は大丈夫?何か嫌な事、言われたりしていない?」
言われた。
嫌な事というか、自分では気にもしていなかったから余計にショックだったというか。
初夜、結婚式当日は寝てしまったのでその翌晩だったが、プルトン様が私の胸を見て「小ぶりで可愛いです。」などと言ってのけたのだ。あの時は涙が出る程恥ずかしかった。
事実、涙がこぼれた。悪気のなかったプルトン様は思い切りおろおろしていたけれど。
今考えても、あの発言には頭を抱えてしまう。
でもさすがにこんなことを王妃様に言えるわけもなく、私は大丈夫ですと笑って返すしかなかった。
代わりに別の疑問が浮かぶ。プルトン様には訊きにくいことだったが、あの爆弾発言からとても気になっていたことだ。
あの、と自分でも驚くような弱々しい声が出た。
「王妃様は、デボラ様と御面識があるのですよね?」
「それは、前公爵夫人の?」
「はい。」
私がそう答えると、王妃様は苦い顔をした。
「もちろん面識はあったけれど、彼女は内向的で、こんな風に心を砕いて話したりもできなかったから、個人的なことはあまり知らないの。私が適当な事を言ってしまっては、プルトンも嫌がるでしょうし。」
言いにくそうにする王妃様に、誤解を与えないように勢いよく首を横に振った。
「ご安心ください!デボラ様についてあれこれ訊き出そうとしているわけではありません!聞く勇気もありませんし。ただ…1つだけ、気になることがあるのです。」
「何かしら?」
意を決し、ごくりと唾を飲みこんだ。
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王妃様はきょとんと小首を傾げ、碧い目を丸くした。「スタイル?」と私の言葉を繰り返す。
「その……胸が大きかったり…したのでしょうか?」
控えている使用人たちに聞こえないように小声で言ったのに、王妃様は「ぷっ!」と思い切り吹き出した。次いであっはっはと豪快な笑い声が響いた。
こんなに豪快な王妃様は初めてお目にかかる。普通であれば、はしたないと言われるほどだ。
恥ずかしさのあまり顔にじわじわと血が集まってきた。どうにか熱を下げようと手で顔を仰いだが、微々たる効果しかない。
「申し訳ありません、変な事を訊いてしまいました。お忘れください。」
肩をすぼめると、王妃様は再びハンカチを目に当て、恐らく涙を拭いとった。
泣くほど可笑しかったのかと、ますます恥ずかしくなる。
「ごめんなさいね、ふふふ、あまりにも可愛らしかったから。」
そう言って謝罪を口にする王妃様は、まだ笑っている。
「プルトンに何か失礼なことでも言われた?」
くっ、お見通しか。
「いえ…そんなことは…。」
言い淀む私に、王妃様はますます可笑しそうに肩を揺らした。
「そうねぇ。まぁ彼女はどちらかと言えばふっくらとしていた方だから、それなりにあったかもしれないわねぇ。」
胸が。そう言いたいのだろう。
やっぱりか。首ががくりと折れた。
別にプルトン様が巨乳好きというわけではないだろうが、謎の敗北感に苛まれる。
「でもフローラが気にすることはないのよ。プルトンを見ていれば、どれだけ貴女を愛しているか分かるもの。前夫人と比べる必要はないわ。」
頭では理解している。プルトン様が私に心を尽くしてくれていることは分かっているし、夫婦関係は至って良好だ。気にするべきではない。
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