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君の名はマリウス・前
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バハルクーヴ島の顔役達との話し合いもまとまり、場も解散となったところで、トゥルースはガイオを呼び止めた。
なんだと振り返るガイオに、トゥルースは耳打ちで注文を告げる。
「市場を警邏する者達とは別働隊として、数名を借り受けたい。砦の衆で腕が立つ者――うち一人は、カメリオを指名できるか?」
「……あいつの腕っぷしはあんたもよく知ってるみてえだが、どうするつもりだ?」
トゥルースの注文にガイオは目を丸くしたものの、同じく小声で聞き返した。ヴァンダら他の顔役達はとうに部屋から退出しているが、人の耳があれば不味い話だと察したからだ。
「なに。追われて身を躱している所にのこのこと俺が姿を現せば、奴も堪らず飛び出して来るだろう。そこを叩いて貰いたい」
つい先日襲われたばかりだというのに自らを餌にしようというのだから、この番頭も酔狂が過ぎるというものだ。ガイオは溜め息と共に呆れの言葉を吐いた。
「……あんた、とんだ馬鹿野郎だな」
「よく言われる」
トゥルースは悪びれることなく応えた。先の取り決めは陽動だと知れれば、市場を取り仕切る女丈夫ヴァンダの気を損ねるかもしれない。しかし、悪い奴というのは自分が追われる気配には敏感なもので、その上報復欲は旺盛なのだ。市場では狩られる恨みを存分に溜めてもらう必要がある。
「ったく……うちのモンをいつどこに向かわせりゃいいんだ?」
「こちらから連絡を取りたいが……砦には、字が読める者はいるか?」
バハルクーヴ島民の識字率があまり高くないことは、ここ数日の小僧達との会話でトゥルースも把握している。市場や農場で働く者は帳表を扱う必要があるため最低限の読み書きはできるようだが、砦ではその限りではない。
「……エリコってのがいる。そいつも貸し出すうちに入れるから、手紙はエリコ宛に寄越してくれ」
「了解した」
トゥルースとの密談を終え、砦に戻ったガイオは、砂蟲襲来に備えて訓練に汗を流す男達を訪った。
「カメリオ、エリコ、ヤノ――それとアルミロ。ちっと俺の部屋まで来い」
親分であるガイオの表情に釣られるように、カメリオ達も表情を引き締めた。これが件の余所者に関する呼び出しであることは、言外にも伝わったようだ。
自室に四人を招き入れたガイオは、開口一番に告げた。
「明日から、俺達は例のふざけた余所者野郎を狩る」
「!!」
砦の男達は砂蟲退治の他に島の治安維持役も担っている。今回の作戦もその延長であるため、市場での警邏も班に分けて行う指示をガイオは出す予定でいた。
「俺等は何をすればいいんだ?」
ヤノはこの面子が集められた意味を、ガイオに問うた。ガイオが砦の男達に指示を出す場合、通常はこのように特定の者だけが集められることは無いからだ。
「おめえらには、余所者叩きの仕上げを任せる」
ガイオの言葉に、アルミロが喰い付くように反応した。
「親分……俺にチャンスをくれるのか!?」
「馬鹿野郎、こいつはおめえの敵討ちじゃねえんだ。ヤノ、アルミロが先走らねえようにしっかり監督しろよ」
「おう」
ガイオはこう言うが、自らの命を危機に陥れた者へ一発喰らわせてやろうという親心が無いわけでは無かった。だが、彼等を選抜した理由はそれだけではない。
「余所者野郎のこたあ俺直々に八つ裂きにしてやりてえくらいだが、俺や鎚持ち連中じゃ殺気が漏れ過ぎる。頼りにしてるんだ、先走んじゃねえぞ?」
「わ、わかったぜ……!」
砦の主戦力である現役の鎚持ち達は、島の治安維持においては役割を与えられていない。彼等は武芸者や狩人のように殺気を出し入れすることも、力を抑えることも不得手であるからだ。砂蟲退治のために己の殺傷力を高めた駆逐者である彼らは、交戦となれば対人だからと加減が効かない。
今回も潜んで敵を叩くには、殺気が漏れ過ぎるだろうとガイオは判断した。鎚持ち達は今回に限って、徒手で市場の巡回――威嚇が主目的だ――にあたり、カメリオ達の前へ敵を引き摺り出すのが役目だ。
「決行場所と日取りはエリコ、商会からおめえ宛に手紙が来るから共有しろ」
「了解」
彼等は砂蟲との命の奪い合いこそは直に経験していないが、砦が育てた戦士だ。腕っ節に加えて、結束力と敵を叩きのめす覚悟を持ち合わせた青年達である。
「奴は食い詰めた傭兵を手下にしてやがるし、おめえらを殺すつもりで来るだろうが――斬り付けられる前にぶちのめせ」
「……わかった」
カメリオは、巡ってきた機会に身が震えるのを自覚した。悪しき企みを働く余所者を叩き伏せ、島に平穏を取り戻す――青年らしい正義感が、カメリオの全身に漲っていた。
ちらり、と脳裏を掠める『なぜ彼の者はトゥルースを狙うのか?』という疑問は、敢えて頭から追い出すカメリオであった。
なんだと振り返るガイオに、トゥルースは耳打ちで注文を告げる。
「市場を警邏する者達とは別働隊として、数名を借り受けたい。砦の衆で腕が立つ者――うち一人は、カメリオを指名できるか?」
「……あいつの腕っぷしはあんたもよく知ってるみてえだが、どうするつもりだ?」
トゥルースの注文にガイオは目を丸くしたものの、同じく小声で聞き返した。ヴァンダら他の顔役達はとうに部屋から退出しているが、人の耳があれば不味い話だと察したからだ。
「なに。追われて身を躱している所にのこのこと俺が姿を現せば、奴も堪らず飛び出して来るだろう。そこを叩いて貰いたい」
つい先日襲われたばかりだというのに自らを餌にしようというのだから、この番頭も酔狂が過ぎるというものだ。ガイオは溜め息と共に呆れの言葉を吐いた。
「……あんた、とんだ馬鹿野郎だな」
「よく言われる」
トゥルースは悪びれることなく応えた。先の取り決めは陽動だと知れれば、市場を取り仕切る女丈夫ヴァンダの気を損ねるかもしれない。しかし、悪い奴というのは自分が追われる気配には敏感なもので、その上報復欲は旺盛なのだ。市場では狩られる恨みを存分に溜めてもらう必要がある。
「ったく……うちのモンをいつどこに向かわせりゃいいんだ?」
「こちらから連絡を取りたいが……砦には、字が読める者はいるか?」
バハルクーヴ島民の識字率があまり高くないことは、ここ数日の小僧達との会話でトゥルースも把握している。市場や農場で働く者は帳表を扱う必要があるため最低限の読み書きはできるようだが、砦ではその限りではない。
「……エリコってのがいる。そいつも貸し出すうちに入れるから、手紙はエリコ宛に寄越してくれ」
「了解した」
トゥルースとの密談を終え、砦に戻ったガイオは、砂蟲襲来に備えて訓練に汗を流す男達を訪った。
「カメリオ、エリコ、ヤノ――それとアルミロ。ちっと俺の部屋まで来い」
親分であるガイオの表情に釣られるように、カメリオ達も表情を引き締めた。これが件の余所者に関する呼び出しであることは、言外にも伝わったようだ。
自室に四人を招き入れたガイオは、開口一番に告げた。
「明日から、俺達は例のふざけた余所者野郎を狩る」
「!!」
砦の男達は砂蟲退治の他に島の治安維持役も担っている。今回の作戦もその延長であるため、市場での警邏も班に分けて行う指示をガイオは出す予定でいた。
「俺等は何をすればいいんだ?」
ヤノはこの面子が集められた意味を、ガイオに問うた。ガイオが砦の男達に指示を出す場合、通常はこのように特定の者だけが集められることは無いからだ。
「おめえらには、余所者叩きの仕上げを任せる」
ガイオの言葉に、アルミロが喰い付くように反応した。
「親分……俺にチャンスをくれるのか!?」
「馬鹿野郎、こいつはおめえの敵討ちじゃねえんだ。ヤノ、アルミロが先走らねえようにしっかり監督しろよ」
「おう」
ガイオはこう言うが、自らの命を危機に陥れた者へ一発喰らわせてやろうという親心が無いわけでは無かった。だが、彼等を選抜した理由はそれだけではない。
「余所者野郎のこたあ俺直々に八つ裂きにしてやりてえくらいだが、俺や鎚持ち連中じゃ殺気が漏れ過ぎる。頼りにしてるんだ、先走んじゃねえぞ?」
「わ、わかったぜ……!」
砦の主戦力である現役の鎚持ち達は、島の治安維持においては役割を与えられていない。彼等は武芸者や狩人のように殺気を出し入れすることも、力を抑えることも不得手であるからだ。砂蟲退治のために己の殺傷力を高めた駆逐者である彼らは、交戦となれば対人だからと加減が効かない。
今回も潜んで敵を叩くには、殺気が漏れ過ぎるだろうとガイオは判断した。鎚持ち達は今回に限って、徒手で市場の巡回――威嚇が主目的だ――にあたり、カメリオ達の前へ敵を引き摺り出すのが役目だ。
「決行場所と日取りはエリコ、商会からおめえ宛に手紙が来るから共有しろ」
「了解」
彼等は砂蟲との命の奪い合いこそは直に経験していないが、砦が育てた戦士だ。腕っ節に加えて、結束力と敵を叩きのめす覚悟を持ち合わせた青年達である。
「奴は食い詰めた傭兵を手下にしてやがるし、おめえらを殺すつもりで来るだろうが――斬り付けられる前にぶちのめせ」
「……わかった」
カメリオは、巡ってきた機会に身が震えるのを自覚した。悪しき企みを働く余所者を叩き伏せ、島に平穏を取り戻す――青年らしい正義感が、カメリオの全身に漲っていた。
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