豚公子の逆襲蘇生

ヤネコ

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第4話「追放魔術師の事件録」

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「時に豚公子殿、お前さんは宮廷魔術師の役割を知っておるかね?」
「王国に役立つ魔術の研究、及び改良だと聞いているが――?」
「表向きはそうさな……これは他所では言うなよ。宮廷魔術師には、魔術を用いた陰謀の種を摘む調査も極秘に課せられておる」
 なるほど、とポルコは腑に落ちたように頷いた。確かに魔術は便利だが、体内の魔力を自身の組み立てで如何様にも活用できるこの力は、使い方次第では大きな脅威となる。
 優れた腕前のクラッカーに有力なスポンサーが付けば国家規模の脅威が予測されるように、そうした魔術による王国への脅威の芽を摘む極秘任務が存在するのも納得がいくというものだ。
「それを俺に話すことで、あんたも何らかの――魔術的な制裁を加えられるんじゃないか?」
 秘匿情報の漏洩対策には、本人の善良さに頼るのでは心許ない。厳しい罰則が伴うものだと、ポルコは慮った言葉でバルドの執った回避法を訊ねる。
「なあに、弛緩魔術の対象を『心臓の肉』から『右腕の肉』に書き換えてやったわい」
 事も無げに笑いながら、バルドはだらりと弛緩した右腕を指差す。ビアンカが小さく息を呑むのが、背後に聞こえた。
「……話の腰を折って済まなかった。続けてくれ」
 恐らくその制約は、バルドが密かに潜り抜けるより前は鉄壁の情報漏洩対策だったのだろう。ますます、この男を味方に引き入れたいとポルコは欲した。
「儂がその異変に気付いたのは、今から十年ほど前……本当はもう、十八年前からそれは始まっとったのだろうがな」
 十八年前とは、リリアーナの生まれた年だ。ポルコはリリアーナと月を一つ違えた同い年だという、感傷めいた記憶もある。
「最初は、些細なもんだった。だあれも、気にも留めんような事故だ」
 王国内で起きた事故のうちに、さる伯爵令嬢が茶会で顔に火傷を負ったという不幸な事故があった。
 次いで、礼儀作法の授業が厳しいと評判のさる子爵夫人の乗った馬車が、領内の田舎道で脱輪したといった、ごくありふれた事故が連続して発生した。
 バルドが言うように、本来であれば国家規模の陰謀とは掠りもしないような、ごく内輪の不幸だ。
「その複数の事故に、共通点があったということか?」
「そうさな。儂がどうにも気になって小さな事故を記録していくうちに、事故の被害者はいずれも一人の少女と関わりがある事が判明した……お前さんがお察しの、あの令嬢さ」
 バルドがこれらの事故に貴族間の政争を予見し、調査を進めた所、ある法則が導き出された。
 被害者は事故に遭う前に、侯爵家令嬢リリアーナと大なり小なりの諍いを起こしているようだった。
 しかし、親馬鹿な侯爵による過剰な報復かと検分を行っても、そこには工作の気配すらない。
「周りは儂を職業病と笑ったさ。けども、どうにも見過ごせず一人で調査を続けた結果、儂は不可解な現象に辿り着いた」
 バルドが調査を続けるうちに、リリアーナの周囲で起きる不幸な事故は頻繁に発生した。
 被害者に起こる不幸はその人物の心身の健康、或いは名誉に関わるものばかりだというのに、周囲は不思議と被害者を慮る様子を見せない。
 加えて被害者自身は、自身の身の上に起きた不幸を、まるで罰を受けたかのように甘んじて受け入れている。
 ただ一人だけ、リリアーナが被害者の不幸に涙し、周囲がその心根の優しさに感じ入っているのだ。
 その様は、まるで彼女の涙の美しさを引き立たせるかのようでもあり、彼女の敵を見えないが始末しているかのようでもあった。
 そして彼女を引き立てるために、自ら断罪の炎に身を焦がす達は、誘蛾灯の油に沈む蛾のように後を絶たない。
「なるほど――俺も、一年近く前にあの女の不貞を詰って、死にかけたな」
 バルドの話は、武藤との融合に至ったポルコの経験とも、ネルの忠義を胸に燻ぶらせた雌伏とも合致する。
「かの令嬢により不幸を背負った者には因果が絡みついとる……豚公子殿、お前さんも例外じゃない」
「因果?」
「おうとも。このふざけた現象の糸口を探るうちにな、儂の右目には人の魂に絡みつく因果の糸が見えるようになったのだ」
 右目の光を捨ててまでリリアーナを追った執念にポルコは感服するが、その執念と武器を持ちながらも落伍した現在のバルドの様子に疑問を抱き――彼がとして放逐されたという結果を当てはめて仮説を述べた。
「……因果が見えるという手段を得たことで、リリアーナの脅威と判定されたということか?」
「そうさな、儂の調査結果は一笑に付され、いたいけな侯爵令嬢を付け狙う異常者として扱われたわい」
 そうして宮廷を追われたバルドは、右目を盲い気を病んだ哀れな魔術師として、侯爵家ののもとこの寒村へ収容されたというわけだ。
「儂は待った。かの令嬢の因果がまとわりついた……哀れな者がこの村に棄てられてくる、その日をな」
「その因果を断ち切る……いや、引き剥がす為に、か?」
 ポルコの問い掛けに、バルドは様相を崩して頷く。想定とはややシチュエーションは異なるものの、待ち人来たれりということなのだろう。
「因果を引き剥がすことが、俺の復讐を成就させるには不可欠……ということか」
「そうよ。かの令嬢のを掻い潜るにゃあ、その因果を引き剥がさなきゃいかん」
 しかし、いくらバルドが天才的な魔術師とは言え、そうした超常的な要因の除去にはリスクも付き物だろう。
 まして、魂にまとわりついたものだ。容易な施術とはいくまい。
「成功確率はどれくらいのものだ?」
「二十日ほどかけて少しずつ進めれば、確実に剥がせる。ただ、な――お前さんの魂は、これまで儂が見た誰よりも複雑怪奇な形をしておる」
 武藤は、自分という異物の存在にバルドが勘付いた可能性を感じつつも、二つの魂が歪に混ざり合ったこの魂から因果を引き剥がすことのリスクを考える。
 だが、仮に武藤という存在が消滅したとて、ポルコの燃える怒りは決して燻ぶることはないだろう。必ずこの復讐を成し遂げると、武藤には確信があった。
「……俺の優先順位は変わらん」
「よかろ。因果を引き剥がす間、舌を噛まずに耐えきったら、儂もお前さんの家来になってやる」
 ポルコに告げたところで、バルドは物が少ない粗末な棚から丸い石を取り出すと、走り書きした書付けと共にビアンカに手渡した。
「ビアンカ。こいつを持って門番のとこにお使いに行っとくれ。こいつの色が黄色になってな、それから赤くなるまでは戻ってきちゃいかんからな」
 バルドの声色の優しさに、ビアンカはこれから起きる惨状の一端を、彼女なりに感じ取ったようだ。
 だが、顔色を青くしながらもビアンカは、バルドの言いつけに首を横に振った。
「……私は、ここでポルコ様が因果に打ち勝つのを、最後まで見届けます」
「ビアンカ。これから行う術は、そいつぁもう恐ろしい術なんだ……儂は、可愛いお前さんを悲しませたくないんだよ」
 腰を落とし、目線をビアンカに合わせたバルドの表情は、旧知であるアズーロの愛娘を、殊更大切に思っていると語っている。
「これまで、ポルコ様が必死に体を鍛え抜いて……苦しい思いをしていた時も、私は一番近くで監督してきました。これからどんなことがあっても、私は、目を逸らしたくありません」
 青ざめていた頬に再び赤みが差したビアンカの瞳には、いつかの夜会からの逃走劇に見たように、強い意志が宿っている。
 ポルコはこれまで自分を支えてくれていたこの健気な相棒に、少しばかり報いたい気持ちに駆られた。
「どうやら俺も、ビアンカに監督されない事には調子が上がらなそうでな……同席させて構わないか?」
 軽口じみたポルコの言葉に、これまでで一番の渋面を作ったバルドは、ポルコとビアンカの顔を交互に見遣り、深い溜め息を吐いた。
「……明日からで構わんから、町で酒を買って持ってこい。儂の心に傷薬を塗らんといかんでな」
「了解した。俺の家来になった暁には、上等な酒を浴びるほどに飲ませてやるさ」
 二人の男たちによる軽口に、これから始まる地獄には似つかわしくない和やかな空気が広がる。
 ビアンカが目頭に滲んだ涙を拭ったところで、バルドが厳かに告げた。
「――さて、始めるとしようかの」
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