奇談 -東京祓い屋探偵事件簿ー

ニコ・トスカーニ

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生きす霊 後編

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 仙台駅で降り、駅でレンタカーをピックアップする。
 車に乗り込んで二時間。

 我々はS町の旧S村に辿り着いた。
 日は高く昇り、澄んだ空気が気持ちいい。
 都会の喧騒で疲れ切った気持ちが休まっていく……などと言いたいところだがS町旧S村はそんな場所ではなかった。

 梅雨時の空は雨模様で、町は閑散としていた。
 宿泊場所である民宿の駐車場に辿り着くまでに村唯一の商店街を通ったが日中にも関わらずほとんどの店はシャッターが下りており、辛うじて営業していたのは生活用品を扱う個人商店とローカルなコンビニエンスストアだけだった。
 確認してみたが個人商店は十九時に閉まり、コンビニも二十二時には閉店するらしい。

 民宿の宿泊客は我々だけだった。
 我々はチェックインを済ませ、一部屋ずつ部屋を確保した。
 チェックインに際して民宿の女将と少しだけやり取りがあった。
 彼女は「ようこそ」と口では言っていたが、どうにも歓迎されているように感じられなかった。
 幸いだったのは部屋に案内してくれた手伝いの息子が快く対応してくれたことだが、どうにも幸先がいいようには感じられなかった。

 この村に来訪するのはほとんど養鶏業関係の業者だけらしい。
 観光案内所らしきものはなく、歩き回っても地図らしきものもない。
 娯楽施設と言えるのはスナックと古いアーケードゲームが店頭に置かれた駄菓子屋ぐらいだった。
 まるで行き止まりのような場所だと私は感じた。
 
 純一郎氏と順次郎氏が東京で亡くなったのは東京の百貨店に売り込みの営業をするためだった。
 彼らが東京に来たのはほんの一週間前のことで、彼らは上京直後に相次いで亡くなった。
 生霊になるほどの恨みが発生する出来事はその直前に起きたのだろう。
 つまりごく最近の出来事だ。

 唯一調査において都合がいいと言えそうなのは町の人々の記憶に新しい出来事が、生霊の発生に関連していそうということだろうか。

「調べるべきことを確認しようか」

 我々は荷物を宿に置くと、千鶴さんが道中で書き留めていたメモを手に状況を整理した。

「最近起きた出来事で呪い殺せるぐらいの恨みを西岡家にもった人物」

 調べるべきことを要約するとそうなる。
 西岡家は小さな村を拠点にドメスティックな展開をしている実業家だ。
 深く係わりがあるのはこの小さな町のかつてS村と呼ばれた地域だけであり、捜査の範囲は限りなく狭い。
 また、「どのような人物を探せばいいか」もはっきりしている。
 西岡家に呪い殺せるぐらいの恨みを持つ人物で、生霊になりやすい体質の人物だ。

 生霊は幽体離脱と同じで魂が肉体を離れる現象だ。
 幽体離脱と違うのはそれを自分の意志でコントロールできるか否かだ。
 生霊は自分の意志で発生するものでは無く、離魂病と同一視される場合もある。
 離魂病は生まれながらの体質であり、遺伝する場合が多い。

 西岡家に恨みを持っていて代々、離魂病の噂がある人物。 
 それを端から端まで歩いても二十分程度で、人口二百五十人に過ぎないこの地域で探せばいいのだ、
 煎じ詰めると至極簡単なことのように思えた。
 問題は、民宿で感じた歓迎されていない空気だ。
 どうにも嫌な予感がしたが、何もしなければ先に進めない。
 我々は聞き込みのため、宿を後にした。

  〇 

 嫌な予感は的中した。
 我々はまず、駐在所に話を聞きに行った。
 (名目は「不審な突然死を遂げた二人の取材記事を書くため」だ)

 駐在は四十歳ほどの村上という巡査長で夫婦と二人の子供とともに五年前にこの地にやってきたという。
 試しに最近、何か事件は起きていないかと聞いてみたがそういった届は殆どなく、あっても酔っ払いの小競り合い程度のものだった。
 この地の伝承を何か知らないかさりげなく(ただの好奇心と付け加えて)聞いてみたが、彼らはこの村の出身ではなく近隣の別の集落の出身であり、そういったものはよく知らないようだった。
 言うまでもないが、この地の伝承については私も事前に調査をしている。
 しかし、一度完全に過疎で滅びかけた村であり、少なくとも資料の類は全く途絶えていた。

 「すいませんね。お役に立てなくて」

 巡査長は申し訳なさそうに頭を下げ、代わりに村の集会場に行ってみてはどうかと提案してくれた。
 この村に郷土史家のような人物はいないが、集会場にあつまる地域の人たちであれば何か知っている人もいるかもしれない、ということだった。
 我々は村上巡査長に礼を言い、駐在所を後にした。
 去り際に彼は「この村の皆さんは中々コミュニケーションが難しいですが……」と奥歯にものが挟まったように付け加えた。

  〇 
 
 村に付いた二日後。
 我々はすでに行き詰っていた。

 集会場や酒場など人が集まる場所で聞き込みを試みたがこの村の余所者嫌いは筋金入りだった。
 彼らは口では「遠いところからご苦労様」と言ってはいるが、西岡家については通り一遍の事しか話さず、伝承については「よく知らない」というだけだった。
 配属から五年の村上巡査長ですら未だに余所者扱いなのだ。我々は尚更だった。

 ネットや書籍を調べても有力な情報は見つからない。
 まさか二十一世紀の現代においてここまで閉鎖的なコミュニティが存在していると思わなかった。
 東京で生まれ育った私からするとまるで異国、というより異世界であるように感じられた。
 千鶴さんの生まれは伊勢だったはずだが、彼女はどう感じているのだろうか。

「伊勢はここまで田舎じゃないよ」

 私がそれを聞くと彼女は少々憤慨した様子だった。

 完全に行き詰った三日目の晩。
 我々は民宿で食事をとっていた。
 その晩、女将は地域の集会だかで不在にしており、代わりに高校生の息子が世話をしてくれた。
 この三日間、巡査長以外で唯一好意的に接してくれた人物だ。
 
 その日のメニューは女将の山菜を中心にした和食ではなく、洋食が出た。

「母の料理は美味しいけど、そろそろ飽きたでしょう?」

 と彼はいたずらっぽく笑って配膳してくれた。
 純朴な親切心が心から嬉しかった。

 ゆっくり食事を終え、食後のコーヒーを啜りながら民宿の息子――彼は早坂紘一と名乗った――と談笑をした。
 紘一少年は高校生だが村には高校が無く、隣の地域まで片道一時間かけて通っているらしい。
 村では高校に進学するものすら珍しく、秀才扱いされているらしい。
 我々には冷淡な民宿の女将ですら、息子のことは誇らしげに語っていた。

 大学にも進学したいが家は裕福ではないので公立大学の指定校推薦を狙っているらしい。
 成績優秀で東北大も狙えると担任の教師から言われているとのことだった。

 彼は我々の仕事にも興味を示した。
 
 特に隠すような理由でない。
 久しぶりに好意的に接してくれる人が表れ、嬉しかったのもあり、我々は調査していること(生霊の事は省き)を彼に話した。

 彼は話を聞き終わると深刻な表情をして少し考えこんだ。
 そしてひとしきり悩むと立ち上がった。
 
「そろそろ母が帰ってきますので」

 彼はそう言うと、手近にあったメモ用紙に何か書き込み机の上を滑らせた。

  〇

 翌日、我々は仙台にいた。

 世界最大のメガシティである東京に比べれば小ぶりだがそれでも百万都市だ。
 やはり都会の光景を見ると落ち着く。
 都会生まれ都会育ちの修正が染みついているのだ。

 我々はようやく貴重な情報にあり着くことができた。
 前夜に紘一少年がこっそり渡したメモは彼の連絡先と、「よろしければ明日、仙台で落ち合いましょう」というメッセージだった。
 もともと、仙台まで買い物に行く予定だったという。

「なぜ、仙台なのか?」と聞くと「あの村で内緒話が出来る場所なんてありませんから」と彼は答えた。

 サンモール一番町のコーヒーショップに座ると、「念のため」と彼は周囲を見渡した。
 村の人間と遭遇しないとも限らないからだろう。
 確認し終えると彼は安堵のため息をもらし、冷房の効いた店内で冷たいコーヒーを啜りながら我々が知りたがっていたことを子細に教えてくれた。

 S村には養鶏業以外にこれといった産業が無い。
 開発が遅れ手付かずの自然が残っているが、地域の植生はこれと言って学術的に価値のあるものが無い。
 白川郷のように伝統的家屋が残っているわけでもなく、隣県の新庄祭りのような価値ある無形文化財があるわけでもない。

 それでいて村人の気風は閉鎖的であり、新しい産業を興そうとする者もいない。
 外に出ていこうという人も少数だ。
 なので多くは養鶏業に関連する仕事に就く。
 それを牛耳っているのが西岡家である。
 千鶴さんの言った通り西岡家は「猿山のボス猿」だ。
 村で生活したければ些細なことでも西岡家の事は悪く言えない。
 
「賢い奴の九割は西岡家にうまく取り入ります」

 紘一少年は吐き捨てるように言った。
 千鶴さんが聞いた。

「じゃあ、賢い奴の残りの一割は」

 彼の中で、常に忸怩たるものが渦巻いていたらしい。

「村を出ていきます」

 それだけ言うと、彼は事態の核心――西岡家の噂と村に伝わる噂話を教えてくれた。

 逐一話し終えると、紘一少年は「先に帰ります」と言って店を後にした。

 私に出来ることなどさして多くは無いが、これでも仏門に生まれた身だ。
 御仏の導きと信じ、名刺を渡しておいた。
 助けを求められるなら極力応じるつもりだ。

 紘一少年が去ったあと。
 私と千鶴さんは少年からの貴重な情報を反芻した。
 事態は限りなくシンプルであり、もう完全に答えは出ていた。

  〇

「誰の生霊か、ほぼ判明しました」

 村に戻る車中、助手席の千鶴さんは早々にヒュームさんに電話で報告を入れていた。
 焦る思いを秘めながら私はハンドルを握り、アクセルを踏み込む。
 その横で千鶴さんの報告が淡々と続く。

 私の脳内では紘一少年のもたらした情報が渦を巻いている。

 次の標的はまず間違いなく、西岡純一郎と順次郎の従兄、浩一郎だ。
 純一郎と順次郎、浩一郎の三人は村にある養鶏場でバイトをしていた高校生、寺岡美紀を強姦したと噂されている。

 それが噂で留まっているのは――村上巡査長が知らないのは、被害届が提出されていないからだ。
 強姦事件の被害者が被害届を出さないのは珍しいことではない。
 心理的な理由から被害者本人が被害届提出をためらうためだ。 

 しかし、この村では少し理由が違う。

 西岡家は猿山のボス猿だ。
 ボス猿に逆らっては生きていけない。
 そういった社会的事情が絡んだのは想像に難くない。

 さらに、寺岡家の事情が問題を複雑化させていた。
 寺岡家は代々、奇怪な噂で気味悪がられていた。

 「寺岡家の人間をいるはずのない場所で見た」という噂だ。

 我々のような人間だからわかる。
 寺岡家はおそらく、離魂病の家系なのだ。

 村の人々は彼らを気味悪がり、同情するどころか更に気味悪がった。
 そういった状況はさらに事態を悪化させた。
 寺岡美紀は自殺したのだ。
 繊細な思春期の心が耐え切れなかったのだろう。

 彼女は母子家庭であり、残ったのは母親の寺岡香苗だ。
 家系からして寺岡香苗はおそらく、魂が分離しやすい離魂病の体質を抱えている。
 その体質が恨みでゆがんで生霊になっても不思議ではない。

 次なる標的であろう西岡浩一郎は横浜に出張中だった。
 強姦の噂がある三人が揃って関東に出張などどう考えても偶然ではない。
 彼らはそろって報復を恐れていたのだろう。
 おそらく、出張前にすでに生霊のきっかけが出始めていたのだ。

 我々はヒュームさんに西岡浩一郎のことを託すと、一路、寺岡香苗の元を目指した。

  〇
 
 逸る気持ちと裏腹に、車は小規模な渋滞にはまりゆっくりと村に到着した。
 昼間のうちに仙台を出発したが、梅雨の曇り空を夜闇が占め始めている。
 車を降りると、村はずれの寺岡家を目指す。

 村はすでに閑散としていて行き交う人もほとんどいない。
 我々は息せき切って走る。

 村はずれの小さな木造一軒家。
 住所を念入りに確認し、さらに念を入れて表札も確認する。
 そこには確かに「寺岡」と印字されていた。

 家の窓から明かりが見える。

 離魂病を治癒することはできないが、緩和はできる。
 足止めが出来るはずだ。
 生霊の発生する感覚は短くなっており、今すぐに何が起きてもおかしくない。

 明かりが見えるなら在宅中のはずだ。
 呼び鈴を鳴らす。
 返答はない。

 二度、三度と鳴らす。
 返答はない。

 あとでヒュームさんに何とかしてもらおう。
 朽ちかけた貧相なドアを蹴破って入る。
 
 入口から飛び込み、すぐ目の前の居間が目に入る。
 そこには冷たくなって横たわる寺岡香苗の姿があった。

 かがみこんで千鶴さんが脈を測る。
 頸動脈に指をあて、千鶴さんは小さく首を横に振った。

 私の携帯が鳴り、応答すると「残念ながら」という前置き付きでヒュームさんから寺岡浩一郎が亡くなったという事実が告げられた。
 
 夜の村はひっそりと、死んだように静まっている。

「思いを果たしたようだね」

 祈りのように、呪いのように千鶴さんが呟いた。
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