【完結】あなたとの離縁を目指します

たろ

文字の大きさ
1 / 156
離縁してください

【1】

しおりを挟む

『離縁してください』
 俯きながらなんとかその言葉を口にした。
 震えるわたしは彼の顔すら見ることが出来なかった。




 ーーーーー

 夜会なんて嫌い。
 一人で参加する夜会くらい惨めで虚しいものはない。わたしはほのかな明かりの点いた庭園へとゆっくり歩き出した。

 特になにかを思ってここに来たわけではない。ただ、あの会場から逃げ出したかった。

 だって、まさか、ここで夫が他の女性と抱き合っている姿を見るなんて思わなかったんだもの。

 金髪に冷たい青い瞳、整った顔立ち、いまだに独身令嬢達からも人気のあるわたしの夫の名はアレック・シェルバン、21歳。
 彼は王立騎士団の近衛騎士。この国の唯一の姫である王女殿下の護衛騎士として忙しく働いている。

 侯爵家の次男で家督を継ぐことはないため、王女殿下の婿として選ばれることはなかった。殿下が降嫁されるためには公爵もしくは侯爵の地位につく者にと決められていた。

 だけど二人は今も想い合っていると言うのが社交界での噂として定着している。

 そんなアレックに王命で結婚したのがわたしことシルビア・ウィーバー18歳、伯爵家の次女。

 陛下はこれ以上二人の悪い噂が流れ、ソニア王女殿下の婚姻に支障をきたしては困るとのお考えから、我が伯爵家に無理やりアレックとの婚姻を求めてきた。

 父が断れないことをわかっていて。

 ウィーバー領は荒地が多くあまり農作物が採れない土地で国からも税金を軽減されているくらい貧しい領地だった。

 それなのに最近干ばつが続きさらに農作物の生産量が減少してしまった。国からの補助を受けるもなかなか回復出来ずに、領民も苦しんでいるところに、アレックとの結婚の話が舞い込んできた。

 アレックと結婚すれば国からさらに援助を受けられる。これで領民も家族も苦しまなくて済む。

 お父様は反対したが、結局王命で逆らうことは出来ないのだからとわたしは彼と結婚した。




 二人の姿が目に入って慌てて別の場所へと向かった。

「はあ~、あんなの見せられたら彼への恋心も消えてしまうわ」

 わたしは貧乏伯爵令嬢のため、王城で事務官として働いている。もちろん結婚したからと言ってやめたりしないわ。

 近衛騎士とは別の王立騎士団の第二部隊の事務の方を担当している。アレックと会うことはあまりないがたまに団長に用事があるからと彼が来ることはある。

 職場での彼は無口でわたしと目があっても頭を下げる程度で互いに話すことはない。

「今日の夜会では彼は殿下の護衛だったわよね」
 誰もいないところで一人呟いた。

 わたしは夜会に一人で参加していた。今までは貧乏でドレスを買う余裕がなくてほとんど参加することはなかったのだけど、侯爵家に連なるものとして欠席するわけにはいかなくなった。(お義母様談)
 ドレスも全てお義母様が用意をしてくださる。

 彼は仕事柄王宮内での夜会には参加できない。

 おかげで一人で参加することにも慣れたけど……あれは、思ったよりもキツイ。

 王命で愛のない結婚だとはわかっているのに傷つくなんて……

「…………シルビア……?」

 聞き慣れた声に振り向くとわたしが働く騎士団のミゼルが声をかけて来た。

「あ……ミゼル……」

 ーーやだ…情けないところを見られてしまった。

 片手で顔を覆って反対の手で「見ないで」と言いながら向こうへ行ってと手を振る。

 今声をかけられたら泣いてしまう。そばにも来ないで欲しい。

 わたしが俯いて下を向いたままだまっていると「シルビア……泣くな」とわたしの背中をポンっと優しく叩いてわたしの顔を引き寄せて彼の肩に埋められた。

 わたしは彼の肩を借りて声を出さずに泣いた。

 もう何度目の涙だろう。
 愛のない結婚のはずなのに……わたしはアレックを愛している。ずっと愛しているの。

「なあ?辛いならアレックと一度話してみたらどうだ?」

 わたしは首を横に振る。

「無理だよ……彼にとっての一番はソニア殿下だもの。わたしなんて二の次だし、ヤキモチ妬いているとしか思ってもらえないわ」

「夫婦なんだから我慢する必要はないと思うけど?」

「うん、普通の夫婦ならね?わたし達は王命で結ばれただけだから、そこに愛はないの。
 わたしがこんなにショックを受けること自体がおかしいの……はあー、わかってるのに……ごめんなさい。
 いつもミゼルに変なところばかり見られているわね。肩を貸してくれてありがとう」

 ミゼルがわたしの後ろをチラッと気にしている。

「どうしたの?」

 後ろを振り返ると誰もいなかった。

「うん?いや?別に……シルビア、会場の中まで送るよ。一人で庭に出てくるのは危ないんだよ?」

「わかってるわ。だけどいつも一人だと退屈なんだもの」

「じゃあ、僕と踊っていただけますか?」

「ふふっ、もちろんよ。いつも寂しいわたしと踊ってくれてありがとう」

 わたしはミゼルの手にエスコートされて会場へと戻った。ミゼルは何故か後ろを気にしていた。





 二人でダンスを踊って喉が渇いたのでワインを飲んでいると、「あ、あら、あそこ」と周りから声が聞こえて来た。

 みんなの視線へとわたしも目を向けるとソニア王女殿下が淡いグレーのドレスを見に纏い柔らかな笑顔で会場へと入って来た。

 彼女の横にはもちろんアレックがいる。護衛をしながら殿下の手を引いて入ってきた。

「お二人はとてもお似合いだわ」
「素敵ね」
「アレック様ってご結婚されているのに奥様を放ったらかしで殿下のそばに寄り添っているのね?ふふ、噂通りなのでは?」
「え~、そうなのかしら?」

 耳に入ってくる言葉に思わず顔が引き攣る。

 だけどわたしがアレックの妻だと知っている人はこの会場に何人いるだろうか?

 ほとんど一緒に出かけたことがない。それに貧乏貴族で田舎者のわたしのことなんて知らない人の方が多い。デビュタントすらできなかったのだもの。

 わたしが固まっていると何故か目の前にたくさんの影ができた。

「えっ?」

「下ばかり見ているな」
 ーーこの声は?

「団長……?それに副団長達も…」

「あいつは仕事で殿下といるんだ。シルビアは堂々としていたらいい」

 団長達が周りを囲んでくれた。

 これって……泣いてもいいのかしら?

「おい、シルビア、泣くなよ!向こうでわたしの妻が待ってる。あそこまで行くぞ」

 団長がわたしの手を握り奥様のところへ連れて行ってくれた。

「遅いわよ!貴方!シルビアもさっさとわたし達のところへいらっしゃい!なんでいつも一人で居ようとするの?ミゼルが居たから良かったものの、あんな小煩い令嬢達の近くにどうしているの?」

 夫人はミゼルを睨んで「ミゼル!助けるならもっと考えて行動しなさい!あんなところに居るなんて!ほんと、馬鹿なんだから!」

 さっきいた場所は社交界では、口煩くて性格の悪いと評判の令嬢達で、さらにソニア殿下の取り巻き達だった。

 わたしのことは知らないと思っていたけど……

「シルビアのことだから顔を知られていないなんて思っているのでしょう?あの令嬢達はあなたの事をしっかりわかっているから気をつけなさい」

 ーーそうなんだ……だからか……あそこにいる時なんだか嫌な空気だったわ。

 クスクス笑い声が聞こえたのは、やっぱりわたしを笑ってたんだ。

 団長の奥様達はポツンといるわたしに優しく声をかけてくださる。

 団長は国王陛下の従兄弟で公爵の地位にあるお方で、立場の弱いわたしのことも気にかけてくださる。
 屋敷によく遊びに行かせていただいていたら団長の娘であるプリシラ様に気に入られ、わたしは週に一度算術を教えに行くようになった。
 まだ10歳のプリシラ様は可愛らしく聡明な方で毎回お会いするのが楽しみでわたしの癒しでもある。

 わたしが不甲斐ないのでいつも団長達に守られている。

 同じ会場にいるのに夫のアレックはとても遠くに感じる。あの華やかな場所はアレックに似合っているのに……わたしには似合わず不釣り合いなのだ。

 夜会から一人で馬車に乗り帰ってきた。

「お帰りなさいませ」

 小さなお屋敷ながら執事のビル、メイドのジュリとカイラ、料理人のダン、それから通いで数人の使用人がいる。

 貧乏伯爵家ではなんでも自分でこなしていたので、掃除も洗濯も料理も得意なのだけどこの屋敷では何もさせてもらえない。

「すぐに湯浴みできるように用意していますので」
 そう言ってドレスを脱ぐのを手伝ってくれた。

「自分でできるわ」

「奥様、私たちの仕事です」

「そうね……なかなかこの生活には慣れないわ」

 眉根を下げて謝った。
 今まで他人の手を借りて湯浴みなどしたことがなかったわたしにはこの貴族の習慣がいまだに慣れずにいた。
 一人で入れるのに……でもいつも仕方なく……

「じゃあ、お願いね」と言うしかなかった。





 寝室でベッドに倒れ込むように横になった。

「疲れた……身も心も……」

 今夜は夜勤でアレックは帰ってこない。

 元々このベッドは夫婦のためのものだが、結婚してから一度も夫婦で使われたことはない。わたしのためだけのベッドなのだ。

 夫は執務室に備えられているベッドで眠っている。

『白い結婚』……二年経てば離縁の申し入れを神殿にできる。一度結婚さえして仕舞えばもう王家からこれ以上口出しはできない。白い結婚の申し入れは夫婦だけの権利でこれは王家も口出しはできない。

 アレックもそれを望んでいるのだろう。

 わたしもこの一年、自分なりに頑張った。でもアレックとソニア殿下の仲は変わることなく続いていた。

 仕事中に嫌でも見てしまう二人の寄り添う姿。

 アレックとのこの屋敷での暮らしは夫婦とは言えなかった。

 互いに会話も少なく顔を合わせる時間もあまりない。

 愛情が育まれることもない、淡々とした日々。あとそれが一年も続くのか……

 わたしはソニア殿下とアレックの仲睦まじい姿をあと一年も見続けなければいけないのか……

 考えるだけで気が重く憂鬱になってしまう。
















しおりを挟む
感想 155

あなたにおすすめの小説

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

心の中にあなたはいない

ゆーぞー
恋愛
姉アリーのスペアとして誕生したアニー。姉に成り代われるようにと育てられるが、アリーは何もせずアニーに全て押し付けていた。アニーの功績は全てアリーの功績とされ、周囲の人間からアニーは役立たずと思われている。そんな中アリーは事故で亡くなり、アニーも命を落とす。しかしアニーは過去に戻ったため、家から逃げ出し別の人間として生きていくことを決意する。 一方アリーとアニーの死後に真実を知ったアリーの夫ブライアンも過去に戻りアニーに接触しようとするが・・・。

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

私と幼馴染と十年間の婚約者

川村 あかり
恋愛
公爵令嬢ロゼリアは、王子アルベルトとの婚約を結んでいるが、彼の心は無自覚に幼馴染のミナに奪われていた。ミナの魔法【魅了】が無意識に周りの男性を狂わせ、アルベルトもその例外ではない。 それぞれが生まれつき得意な魔法があり、ロゼリアは見たものや聞いたものを完璧に記録できる【記録・再生】の魔法を持ち、二人の関係に耐えきれず胃の痛みに悩む日々。そんな中、彼女の唯一の理解者の冷静沈着なキースや毒舌のマリーが心の支えとなる。 アルベルトの側近であるガストンは、魔法【増幅】で騒動を盛り上げる一方、ミナの友人リリィは【幻影】の魔法を使ってロゼリアを貶めようと画策する。 婚約者と幼馴染の行動に振り回されるロゼリア。魔法が絡んだ恋愛模様の中で、彼女は本当の愛を見つけられるのか?

理想の『女の子』を演じ尽くしましたが、不倫した子は育てられないのでさようなら

赤羽夕夜
恋愛
親友と不倫した挙句に、黙って不倫相手の子供を生ませて育てさせようとした夫、サイレーンにほとほとあきれ果てたリリエル。 問い詰めるも、開き直り復縁を迫り、同情を誘おうとした夫には千年の恋も冷めてしまった。ショックを通りこして吹っ切れたリリエルはサイレーンと親友のユエルを追い出した。 もう男には懲り懲りだと夫に黙っていたホテル事業に没頭し、好きな物を我慢しない生活を送ろうと決めた。しかし、その矢先に距離を取っていた学生時代の友人たちが急にアピールし始めて……?

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

処理中です...