鑑定持ちの荷物番。英雄たちの「弱点」をこっそり塞いでいたら、彼女たちが俺から離れなくなった

仙道

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第4話 革鎧の留め具と、外れない安心

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「あー、肩が凝るな……」

 宿の部屋で、エルザが首を回しながらボヤいた。
 俺たちは三日連続で依頼をこなし、森と街を往復している。
 連戦の疲れは溜まっているはずだが、彼女の気力は充実していた。
 だが、装備の方は限界だ。

 俺は彼女が脱ぎ捨てた革鎧を拾い上げる。
 胸当てと背当てを繋ぐ、脇腹の留め具(バックル)。
 そこを見た瞬間、鑑定の結果が赤く点滅した。

 【冒険者の革鎧(上)】
 【品質:C】
 【耐久値:15/100】
 【状態:留め具の摩耗(右脇)、革紐の断裂寸前】
 【注記:強い衝撃を受けると留め具が弾け飛び、鎧が脱落する】

 これはマズい。
 右脇の留め具は、剣を振るうたびに負荷がかかる場所だ。
 金属のピンが摩耗して細くなり、それを固定する革紐も千切れかけている。
 もし戦闘中にこれが外れれば、胸当てがズレて、心臓が無防備になる。
 次の相手は『大カマキリ』だ。
 あの鋭い鎌で胴を薙ぎ払われた時、鎧がなければ即死する。

「エルザ、鎧の手入れしとくぞ。汗臭いしな」
「うるさいな! 女に向かって臭いとか言うな!」

 エルザは顔を赤くして怒鳴った。
 図星だったらしい。

「風呂に入ってくる。その間に磨いとけよ」
「はいはい。ゆっくり浸かってこい」

 彼女はタオルを持って部屋を出て行った。
 チャンスだ。
 俺は道具袋から修理キットを取り出す。
 普通の冒険者が持っているような簡易キットではない。
 俺がコツコツと買い集めた、職人用の針と糸、そして補修用の金具だ。

 まずは摩耗した金属ピンをペンチで引き抜く。
 代わりに、以前廃材屋で見つけた『鋼鉄のピン』を打ち込む。
 サイズは同じだが、強度は三倍ある。
 次に、千切れかけた革紐だ。
 これを切って新しいものに変えると、革の色が変わってバレる可能性がある。
 エルザはそういう変化には鈍感だが、万が一「勝手に変えた」と怒られると面倒だ。

 だから、俺は『裏打ち』をする。
 革紐の裏側に、極細だが強靭な『蜘蛛糸』を添わせ、それを縫い付けることで補強するのだ。
 表から見れば、ただの使い古された革紐。
 だが、その強度は鎖並みになっている。

 チクチクと針を進める。
 地味な作業だ。
 だが、この一針一針が、明日の俺の安全(雇用主の生存)に直結している。

「……よし、こんなもんだろ」

 十五分後。
 右脇の留め具は、見た目はそのままに、戦車で引っ張っても千切れない強度を手に入れた。
 ついでに、左脇の留め具も緩んでいたので締め直しておく。
 全体にオイルを塗り込み、革の柔軟性を復活させる。
 これで動きやすさも向上したはずだ。

「ふぅ、いい湯だった!」

 ちょうど作業が終わった頃、エルザが戻ってきた。
 湯上がりの肌が赤い。

「お、終わったか?」
「ああ。ピカピカだぞ」

 俺は鎧を渡す。
 エルザはそれを受け取り、匂いを嗅いだ。

「……ふん。まあ、合格点だな」
「明日は大カマキリだ。早めに寝ろよ」
「わかってるって。子供扱いするな」

 彼女は鎧を椅子の背にかけ、ベッドに潜り込んだ。
 鎧の右脇の留め具が、ランプの光を反射して鈍く光った。
 誰も気づかない、秘密の守りだ。

 翌日。
 俺たちは草原地帯で大カマキリと対峙していた。
 体長二メートル。
 両腕の鎌は鉄板すら切り裂く凶器だ。

「キシャアアアッ!」

 カマキリが飛ぶ。
 速い。
 エルザは剣で受けようとするが、カマキリの攻撃は変則的だ。
 右の鎌で剣を押さえ込み、左の鎌で横薙ぎに胴を狙ってくる。

「しまっ……!」

 エルザの反応が一瞬遅れた。
 回避が間に合わない。
 鋭い鎌の先端が、彼女の右脇腹、まさに留め具のあるあたりを直撃した。

 ガキィッ!!

 嫌な音が響く。
 普通の留め具なら、ここで弾け飛び、鎧が分解していただろう。
 そして鎌は肉に食い込み、内臓を傷つけていたはずだ。
 だが。

「……え?」

 エルザが目を見開く。
 留め具は外れなかった。
 鋼鉄のピンが衝撃を受け止め、蜘蛛糸で補強された革紐が食いしばるように耐えたのだ。
 鎌は鎧の表面を滑り、火花を散らして弾かれた。

「硬っ……!?」

 無傷だ。
 衝撃で体は飛ばされたが、鎧は完璧に彼女の胴体を守り抜いた。
 エルザは瞬時に体勢を立て直す。

「オラアアアッ!」

 カウンターの一撃。
 驚いて隙を見せたカマキリの首を、彼女の剣が刎ね飛ばした。
 緑色の体液が舞う。

「はぁ、はぁ……」

 エルザは肩で息をしながら、自分の右脇腹を触った。
 革鎧には浅い傷がついているだけだ。
 留め具は、微動だにしていなかった。

「……助かった」

 彼女は信じられないという顔で呟く。

「今の、完全に貰ったと思ったのに……なんで鎧が外れなかったんだ?」
「運が良かったな」

 俺は後ろから声をかける。
 手にはカマキリから切り取った鎌を持っている。これは高く売れる。

「運、か……。そうかもな」
「日頃の行いがいいからだろ」
「はっ! 皮肉か?」

 エルザは笑い飛ばしたが、何度も脇腹の留め具を確かめていた。
 引っ張っても、捻っても、ビクともしない。

「この鎧、安物だったけど、意外と頑丈なんだな。買い換えようかと思ってたけど、まだ使えそうだ」
「そうだな。馴染んでるし、いいんじゃないか」

 俺は適当に答える。
 買い換えられたら困る。
 新品の鎧を一から補強するのは骨が折れる作業だからな。
 今の鎧なら、俺の手が入っている分、どこが弱点か把握できている。

「よし、帰るぞ! 今日は私の奢りだ!」
「昨日もそう言って、結局俺が半分払った気がするが」
「細かいことは気にするな!」

 エルザが背中を叩いてくる。
 痛い。
 だが、彼女が生きていて良かった。
 俺の仕事場(パーティ)は、今日も守られた。

 街への帰り道。
 エルザは時折、自分の脇腹を撫でながら、不思議そうな顔をしていた。
 守られている安心感。
 その正体が、ただの荷物番の裁縫技術にあるとは知らずに。
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