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第3話 誤解と生存戦略
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迷宮の出口を抜けると、そこは深い森の中だった。 木々の隙間から差し込む陽の光が、地下の闇に慣れた目には眩しい。 俺は大きく深呼吸をした。空気は澄んでいて、車の排気ガスの臭いもしない。やはり、地球ではないどこかなのだと再認識させられる。
「サガミ様、少し……休憩をさせていただけませんか」
後ろを歩いていたエレナが、木の幹に寄りかかりながら言った。 顔色はまだ優れない。ポーションで傷は塞がったようだが、出血した事実は変わらないし、何より精神的な摩耗が激しいのだろう。
「ああ、そうだな。無理をさせた」
俺たちは近くの開けた場所に腰を下ろした。 エレナは重そうな籠手と兜を外し、地面に置いた。汗で濡れた金髪が頬に張り付いている。整った顔立ちだが、今は疲労の色が濃い。 俺は再び、自分のハンカチを取り出した。
「傷跡を見せてくれ。化膿すると厄介だ」
「え……? はい、ですが……」
エレナは少し躊躇った後、鎧の留め具を外し、インナーの裾を捲り上げた。 白く引き締まった腹部に、真新しいピンク色の傷跡が走っている。魔法薬のおかげで皮膚は癒合しているが、周囲はまだ炎症を起こしているように見えた。 俺は持っていたペットボトルの水(これも鞄に入っていた奇跡の残り水だ)をハンカチに含ませ、傷の周囲を丁寧に拭った。
「っ……」
「沁みるか?」
「いえ……その、殿方に肌を晒すのは、慣れていないもので」
エレナは耳まで赤くして視線を逸らした。 騎士として育てられた彼女にとって、こういう状況は不慣れなのかもしれない。俺はあくまで医療行為として淡々と作業を続けた。 泥や血の汚れを落とし、ハンカチで保護する。
「ポーションというのは便利だが、万能じゃないな。汚れごと塞がったら中で腐るぞ」
「……はい。ですが、治癒魔法も使わず、手当てだけで済ませるなんて……サガミ様は、本当に変わった方ですね」
エレナが不思議そうな目で俺を見る。 この世界では、怪我は魔法で治すのが常識なのだろう。物理的な洗浄や消毒といった概念が希薄なのかもしれない。
「それで、サガミ様」
「なんだ」
「先ほどの、グラムのことですが……」
彼女の視線が、俺の腰に差した魔剣に向く。
「魔剣グラムは、使用者の魔力を毎秒、膨大に食らい尽くします。普通の人なら数秒で干からびて死ぬほどの量を」
「らしいな」
「それなのに、あなたは平然としている。……ということは、サガミ様は、その消費量が『誤差』に感じるほど、桁外れな魔力をお持ちなのですね?」
エレナの瞳に、畏怖と尊敬の光が宿る。 ……そう来たか。 俺は内心で頭を抱えた。 事実は逆だ。俺には魔力が一滴もないから、剣が吸い取ろうとしても空振りしているだけだ。ストローで空のコップを吸っているようなものである。 だが、これを説明して彼女は理解できるだろうか? 『異世界から来て、魔力という器官がない』なんて言えば、未知の生物として処分される危険もある。あるいは、魔力がない=無能力者として、軽んじられる可能性も。 この危険な世界で生き抜くには、「得体の知れない強者」だと思わせておく方が安全だ。
「……ご想像にお任せする」
俺は曖昧に答えた。 肯定も否定もしない。だが、エレナのようなタイプは、勝手に自分の中で納得する答えを見つけるはずだ。
「やはり……! 伝説の大賢者ですら持ち得ないほどの魔力量……。だからこそ、呪いの剣すらも単なる道具として扱えるのですね」
エレナは深く頷き、居住まいを正した。 そして、地面に手をつき、頭を下げる。
「サガミ様。命を救っていただき、感謝の言葉もありません。私は騎士団を追われた身……帰る場所も、仕える主も失いました」
「追放されたのか?」
「はい。名門の生まれでありながら、魔力量が少なく、家宝の聖剣を扱えなかったのです。……無能な騎士だと、嘲笑われました」
彼女の声が震える。 魔力絶対の世界で、魔力が少ないというのは致命的なコンプレックスなのだろう。 だが、俺からすれば滑稽な話だ。 さっき彼女は、俺が指示する前に自力で立ち上がり、重い鎧を着たままここまで歩いてきた。基礎体力も、剣の腕も、精神力も十分にある。 ただ「バッテリー容量」が小さいというだけで、そのスペック全てが否定されている。 非効率な世界だ。
「魔力の多寡など、どうでもいいことだ」
俺は立ち上がりながら言った。 本心だ。俺自身がゼロなのだから。
「え……?」
「道具なんてのは、使える奴が使えばいい。お前にはお前の使い道があるはずだ」
俺は埃を払い、森の出口の方角を見た。
「行くぞ。まずは街へ行って、情報を集めたい。案内してくれるか?」
「は、はい! 喜んで!」
エレナが弾かれたように顔を上げた。 その表情からは、先ほどまでの悲壮感が少し消えていた。 彼女は俺の背中を見つめながら、何かを決意したように拳を握りしめている。 こうして俺は、「無限の魔力を持つ大賢者(勘違い)」という肩書きと、忠実な護衛役を手に入れた。 ハッタリと誤解だけで渡り歩く、異世界生活の始まりだ。
「サガミ様、少し……休憩をさせていただけませんか」
後ろを歩いていたエレナが、木の幹に寄りかかりながら言った。 顔色はまだ優れない。ポーションで傷は塞がったようだが、出血した事実は変わらないし、何より精神的な摩耗が激しいのだろう。
「ああ、そうだな。無理をさせた」
俺たちは近くの開けた場所に腰を下ろした。 エレナは重そうな籠手と兜を外し、地面に置いた。汗で濡れた金髪が頬に張り付いている。整った顔立ちだが、今は疲労の色が濃い。 俺は再び、自分のハンカチを取り出した。
「傷跡を見せてくれ。化膿すると厄介だ」
「え……? はい、ですが……」
エレナは少し躊躇った後、鎧の留め具を外し、インナーの裾を捲り上げた。 白く引き締まった腹部に、真新しいピンク色の傷跡が走っている。魔法薬のおかげで皮膚は癒合しているが、周囲はまだ炎症を起こしているように見えた。 俺は持っていたペットボトルの水(これも鞄に入っていた奇跡の残り水だ)をハンカチに含ませ、傷の周囲を丁寧に拭った。
「っ……」
「沁みるか?」
「いえ……その、殿方に肌を晒すのは、慣れていないもので」
エレナは耳まで赤くして視線を逸らした。 騎士として育てられた彼女にとって、こういう状況は不慣れなのかもしれない。俺はあくまで医療行為として淡々と作業を続けた。 泥や血の汚れを落とし、ハンカチで保護する。
「ポーションというのは便利だが、万能じゃないな。汚れごと塞がったら中で腐るぞ」
「……はい。ですが、治癒魔法も使わず、手当てだけで済ませるなんて……サガミ様は、本当に変わった方ですね」
エレナが不思議そうな目で俺を見る。 この世界では、怪我は魔法で治すのが常識なのだろう。物理的な洗浄や消毒といった概念が希薄なのかもしれない。
「それで、サガミ様」
「なんだ」
「先ほどの、グラムのことですが……」
彼女の視線が、俺の腰に差した魔剣に向く。
「魔剣グラムは、使用者の魔力を毎秒、膨大に食らい尽くします。普通の人なら数秒で干からびて死ぬほどの量を」
「らしいな」
「それなのに、あなたは平然としている。……ということは、サガミ様は、その消費量が『誤差』に感じるほど、桁外れな魔力をお持ちなのですね?」
エレナの瞳に、畏怖と尊敬の光が宿る。 ……そう来たか。 俺は内心で頭を抱えた。 事実は逆だ。俺には魔力が一滴もないから、剣が吸い取ろうとしても空振りしているだけだ。ストローで空のコップを吸っているようなものである。 だが、これを説明して彼女は理解できるだろうか? 『異世界から来て、魔力という器官がない』なんて言えば、未知の生物として処分される危険もある。あるいは、魔力がない=無能力者として、軽んじられる可能性も。 この危険な世界で生き抜くには、「得体の知れない強者」だと思わせておく方が安全だ。
「……ご想像にお任せする」
俺は曖昧に答えた。 肯定も否定もしない。だが、エレナのようなタイプは、勝手に自分の中で納得する答えを見つけるはずだ。
「やはり……! 伝説の大賢者ですら持ち得ないほどの魔力量……。だからこそ、呪いの剣すらも単なる道具として扱えるのですね」
エレナは深く頷き、居住まいを正した。 そして、地面に手をつき、頭を下げる。
「サガミ様。命を救っていただき、感謝の言葉もありません。私は騎士団を追われた身……帰る場所も、仕える主も失いました」
「追放されたのか?」
「はい。名門の生まれでありながら、魔力量が少なく、家宝の聖剣を扱えなかったのです。……無能な騎士だと、嘲笑われました」
彼女の声が震える。 魔力絶対の世界で、魔力が少ないというのは致命的なコンプレックスなのだろう。 だが、俺からすれば滑稽な話だ。 さっき彼女は、俺が指示する前に自力で立ち上がり、重い鎧を着たままここまで歩いてきた。基礎体力も、剣の腕も、精神力も十分にある。 ただ「バッテリー容量」が小さいというだけで、そのスペック全てが否定されている。 非効率な世界だ。
「魔力の多寡など、どうでもいいことだ」
俺は立ち上がりながら言った。 本心だ。俺自身がゼロなのだから。
「え……?」
「道具なんてのは、使える奴が使えばいい。お前にはお前の使い道があるはずだ」
俺は埃を払い、森の出口の方角を見た。
「行くぞ。まずは街へ行って、情報を集めたい。案内してくれるか?」
「は、はい! 喜んで!」
エレナが弾かれたように顔を上げた。 その表情からは、先ほどまでの悲壮感が少し消えていた。 彼女は俺の背中を見つめながら、何かを決意したように拳を握りしめている。 こうして俺は、「無限の魔力を持つ大賢者(勘違い)」という肩書きと、忠実な護衛役を手に入れた。 ハッタリと誤解だけで渡り歩く、異世界生活の始まりだ。
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