王弟が愛した娘 —音に響く運命—

Aster22

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置いてきた日々、抱えた罪

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市に出ても誰にも話しかけられないよう気をつけてきて早4年以上。それが今になってヘマをするとは。ライにつけておけと言われてつけていた指輪。あの男の言う通り、存在すら忘れていた。
また来るのだろうか。軽そうに見えて押しの強い男は前回は言葉通りにやってきた。そもそも2回も後ろを取られるとは。武人...にしてはあの軽妙さ。騎士団の遊び人が何かだろうか。
「セラ姉?」
いけない。ルディの稽古中だ。こちらもまたセラの弟子となってしまった男の子。10年前流行った疫病で父を亡くし、鍛冶屋で懸命に働く彼はまだ13歳。幼い妹を抱えながら母親も働いたが異国の血の混ざった家族は村では疎外されていた。
「あんた、強いんだろ?俺を強くしてくれよ。」
唐突にそう言われたのはこの村について間もない頃だった。
「どうして強くなりたいの?」
「皆俺たちを馬鹿にする。絶対にあいつらを見返してやるんだ。」
「...そうすればあなたは満足するの?」
「そんなの分からねえよ。あんたは賊と戦えるぐらい強いんだろ?日の終わりに少しでいいんだ。」
「もし、喧嘩をしないと言うなら稽古をつけてもいいわ。」
「は?それじゃあ意味ねえだろ!」
「なら教えられない。自分の生まれた運命を呪いなさい。」
まさかここまで突き放されると思っていなかったのだろう。唖然としているルディを尻目にドアを閉じた。
力だけ強くとも意味がないーーーー
それを知るには幼すぎるということもない年だった。教えた力を無闇に振り回す者に教えるつもりはない。
コンコン。
ドアが叩かれたのはそれから数日後だった。傷だらけで現れたルディをセラは無言で迎え入れた。
「痛っ」
「我慢なさい。」
「皆言うんだ。俺の肌の色は変だって。呪われてるって。母ちゃんも、妹のことも腫物みたいに扱いやがる....!見返したいと、思うのはそんなにダメなことなのか....?」
「ダメではないよ。ルディは変でもなければ呪われてもいない。」
「なら何で...!」
「皆怖いんだ。自分と違う知らない存在が。切って流れてる血の色は同じなのにね。愚かだよ。」
「そう思うなら何で喧嘩したらダメなんて言うんだよ?」
「傷つけ、傷つけられることで解決することなんて何もない。あなたは家族を守りたいんでしょう。目的を履き違えてはいけないよ。」
「........あいつらが喧嘩売ってきたらどうすればいいんだ。」
「放っておきなさい。あなたが反応すれば助長するだけよ。」
「でも....!」
「ルディ」
目を見ればルディはたじろいだ。
「なに」
「人の行いは必ず帰ってくる...それが何年先か、死後か、それは分からないけれど。黙って耐えることは難しい。だから、強くなりなさい。家族を守りたいのなら。」
「........分かった。もう喧嘩しない。だから、俺を強くしてくれよ。」
いつも虚勢を張り大きく見せようとするルディが、今日は小さく、年相応の少年だった。
「いいよ。日の終わりに稽古をしよう。狩りにも出ればいい。そうすれば食糧の足しになるでしょう。」
「うん。ありがとう。」
根は素直な子だった。優しいものが割を食う世界。この世はいつも、残酷だ。
その日からルディの稽古をつけた。喧嘩を止め、木剣を握れるようになったルディは来た頃に比べたら随分大人びた。
「ルディ、今日は終わりにしよう。私は少し出る。エレンには伝えておくから帰りなさい。」
「え、どうしたんだよ急に」
「集中出来ない師が相手では意味がない。鍛錬したいなら芯を意識しながら素振りを少ししておいて。ごめんね。」
「いいけど....珍しいな、セラ姉が集中出来ないなんて」
「そういう日もあるのよ。ルディ」
「何?」
「見違えたわね。この短期間で強くなったわ。」
「な、何だよ急に」
照れるルディは可愛らしかった。
「今のあなたなら十分家族を守れるわ。」
「ほんとにどうしたんだよセラ姉。らしくないよ。」
「そうね。今日は少し変かも。とにかく明日には戻るから、エレンにも伝えておいてね。」
「はあい。気をつけなよ。」
「うん、ありがと。」
馬に跨り、感じる風はいつでも気持ちいい。一瞬だけ、身体が伸びてどこまででも行けるような錯覚を起こさせるからだ。
(今日は南の方を試してみるか...)
ライ。辺境伯軍にいた弟。敗戦の報を聞いてから彼を探し始めてというもの一年半以上。諦めた方がいいのかもしれない。何度そう思ったか分からない。だが諦めてしまえばその瞬間、生きる意味すら失ってしまう気がした。
走ること数時間。一つの村が見えてきた。この時間に外に出ているものなどいない。村長宅と思える家をノックすれば、使用人らしき女が戸を開けた。
「いかようでしょうか?」
「旅のものです。少しお聞きしたいことがあるのですが。」
「はあ、なんでしょう?」
「1年以内に、ブロンドにブラウンの瞳を持った16歳前後の少年、薬草などに詳しいのですが、そのような人物はこちらには訪れていませんか?」
「さあ...そんな話は聞いてませんわ。薬草に詳しいのなら噂になりそうですけど。」
「では先のブルータル辺境伯の敗戦での生存者について何か聞いたことはありませんか?」
ブルータル辺境伯、本名はクラウディヒト辺境伯だが誰もそう呼ぶものはおらず、通称で呼ばねば皆分からぬほどだった、それほど名の通り残酷な男だったのだろうが。
「いえ、それも特には....よろしければ村長に聞いて参りましょうか?」
「ええ、お願いします。」
数分後、女が出てきた。その顔を見れば答えなど聞くまでもない。
「申し訳ありませんが、何も知らぬようです。」
「そうですか。お手間をかけてすみませんでした。」
もういくつめだろう。どの村を訪ねても似たようなものだった。戦の近くで市の酒場に入り得た噂では賊になったものや傭兵になったものもいるとと聞き、手当たり次第賊を捕まえては尋ねてみた。
『そんな奴は知らない』
『いたかもしれない。西の方へ逃げて行った』
信じる方が愚かだと思うだろうか。だがそれしか縋るものはなかった。もし医療班にいたのなら薬屋や治療院にいる可能性もあった。しらみ潰しに回ってみた店にはそれらしき影も噂もなかった。
残る可能性である王都にかけて王都を目指していた時、エレンに出くわし村に滞在しているのだがーーーー
潮時だろうか。
長居すれば出にくくなる。王都内部へはそう簡単には入れない。
(楽師になるとでも言えばよかったか....)
いや、やっぱりそれは嫌だな。そう思い直し火を起こす。
『セラ姉様、火がうまく起こせなくて...』
『セラ姉様はやめなさい。火はね、焦ってはダメよ。一つ一つ、しっかり手順を踏めば必ず起こせるわ。』
『ご飯はまだなの?今日もロクなご飯食べてないじゃない』 
あの時に比べたら、一人旅は随分楽だ。賊や獣が出たところで家族を守る必要もない。ヒステリックな母の相手も、何もできず戸惑っている妹を見ることも、夜中に熱を出すライの看病をする必要も、ないのだ。
それでも、ライを探し、村に居着いてしまったのは私が誰かを求めているから何だろうか。
『ちゃんと食べてるのか?』
ふと思い出すのは市で会った男の声。軽く聞こえた男の声には本気の心配が含まれていることには気づいていた。
(余計なお世話だ。)
まとわりつく煙が重たく感じる。ルディにも指摘されるくらいだ。疲れているのだろう。
(もしライが生きていたら、私はどうすればいい?)
そもそも彼は私に見つけて欲しいのだろうか。姉に世話を焼かれたい歳ではもうない。私を見て不要だと言われたら、その後はどうやって生きていくんだろう。
(ダメだ。考えるな。見つかるかどうかも分からないのに。)
ライの生死が分からないうちはまるでそれが旅を続ける免罪符であるかのようだった。
だけどーーーー
(だから、ダメだって。)
頭を振り、引き摺り込まれそうになる思考を振り払う。うつらうつらとしていれば鮮やかな星空は姿を消し、鳥が明るく囀っていた。
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