王弟が愛した娘 —音に響く運命—

Aster22

文字の大きさ
23 / 67

迷路の屋敷で近づく恋

しおりを挟む
「セラはどうだ?」
「物覚えもよく、仕事も早く正確です。ただ...」
グレータが言い淀むのは珍しい。余程問題でもあったのか。
「なんだ?いじめでも起きてるんじゃないだろうな。」
「そこはエリシアが上手くやってくれていますし、私も見ています。問題はセラの方です。物覚えはいいのに道が覚えられません。」
「道?」
「はい、今だに廊下で迷っている姿を見かけます。もう1週間以上になるのですが。」
「あんなに1人で旅をしていたのに屋敷内は迷うのか.....」
「あと裁縫は少し苦手なようです。と言っても十分に及第点ですが。」
「なんか....意外だな。」
「呆けている場合ではありません。セラも困っているようで仕事の後、部屋に戻らず屋敷内部を歩く許可が欲しいと言われました。どう思われますか?」
「夜1人でか.....俺がついて行ったらダメだよな?」
「当たり前です。やっと侍女たちもセラの仕事ぶりを見て受け入れ始めているのです。」
「分かってる、冗談だ。とりあえずセラの屋敷内の散策は許可する。早く覚えてもらえ。」
レオは困っていた。セラが来て1週間以上。ただでさえレオが直接連れてきた侍女、それもあの容姿故に侍女内で噂になるのは避けられなかった。仕事も面に出さない仕事、且つ周りに怪しまれない仕事量を与えるようグレータに命じた。そのため顔を見かけることはあったが話しかけないようにしている。仕事が落ち着いたら部屋に呼んでハープを弾いてもらうつもりだったのだがーーー
迷うのは想定外だった。同じ屋敷にいるのに遠い気がする。いい加減、話がしたいのにいつになるのか分からない。
セラが来てからというもの外にいる気にもならず早く帰っているのだが、早く寝る習慣のないレオは中々寝付けず夜書斎に篭ることも多かった。
いつものように書斎へ向かって歩いていると、前から歩いてくる人影があった。影は何やら考え込んでいてレオに気づく様子はない。
「そんなに考え込んでいて道が覚えられるのか?」
「レオ様...!ではないですね、殿下。」
「今ぐらいいいだろ。久しぶりだな。」
「2週間近く経ったでしょうか。」
「ああ。仕事はどうだ?」
「おかげさまで仕事自体は慣れてきました。ただ、どうしても道だけが....」
「外では迷わないのに?」
「外は何かこう、勘のようなものが働くのですが、建物内では効果を発揮しないようです。」
「なんか特殊能力みたいだな。条件付きの。」
「人を超能力者みたいに言わないでください。無効化されては意味がありません。」
「迷っているのはなんだか可愛いけどな。」
「私は切実です。このままでは1人で仕事が出来ません。」
「仕方ないなぁ。秘策を教えてやる。来い。」
戸惑うセラを連れて一階に降りる。
ホールには装飾と絵が施された壁が一面に広がっている。
「ほら、左側に指を差してる太った男がいるだろ?あの男は食いしん坊なんだ。だから早く食堂に行きたい。差してる指は一本だから一つ目の部屋が食堂だ。俺はそれを奥の執務室から呆れて見ている。」
「それが....秘策ですか?」
「ああ。屋敷は絵だらけだ。それにそって覚えればいい。逆に右側には椅子に座って厳しい顔をしている男がいるだろ?あれは待たされて怒ってる。早く奥の客間に行って主を問い詰めたいんだ。」
「ふふっ」
「面白いか?」
「その発想はありませんでした。確かに覚えられそうです。」
「そうか?客間の奥は侍女たちの洗濯室や給仕室、侍女寮だから問題ないな。左奥は軍事塔だから気にしなくていい。2階に行くぞ。」
「俺の寝室ぐらいは分かるか?」
「分かる....はずなんですが奥の掃除をすると右左が分からなくなってしまって」
「なら奥から行くか。奥はこの2つの絵を起点にすればいい。この海の風景画は俺が気に入って入れた。だからこの列に俺の寝室や書斎がある。あとは......」
絵に沿って説明しながら廊下を歩く。
カタン。
聞こえた音に慌ててセラの手を引き目の前の部屋に入った。
遠のいていく足音に耳を傾ける。
「あの、レオ様....」
小さな声にはっとした。腕の中にいるセラが身を固くしている。よく見ると耳が赤い気がした。
「なんだ?あまり動くと外に聞こえるぞ?」
近くで感じる息に欲が湧いた。腕の力をこめるとセラが身をよじる。
「ですが、これは....」
「許せ。2週間顔も見れなかったんだ。侍女になんてするんじゃなかった。」
「ご自分から提案されたんじゃないですか...」
「お前が軍に入れろなんて酔狂なことを言うから悪い......行ったな。」
名残惜しく手を緩めるとセラは逃げるように後ろににじり寄った。恥ずかしいのか視線を合わせようとしない。
「セラ、こっちを見ろ。」
眉を寄せながらゆっくり目を向ける。戸惑った上目遣いに加虐心が沸いた。
「......可愛いな。」
目を逸らそうとする顔に手を添えてこちらに向かせる。今にも泣き出しそうな顔がレオを煽っていることなど知らないのだろう。
「こんな泣き顔なら悪くない....道は覚えたか?」
「はい....お陰で覚えたと思います。」
「ならいい。早く覚えろ。じゃないとお前を呼べない。」
「呼ぶって....?」
「心配するな。音を聴いて、話がしたいだけだ。」
不安に揺れた目が止まる。彼女がそこまで鈍くなくてよかったと思った。
「それなら....えっと、申し訳ありません。」
「謝らなくていい。困ったことがあったら俺に言え。何とでもしてやる。」
「仕事もいただきましたし、道も教えていただきました。十分です。」
「ゲルプナーシュ、まだだっただろう?部屋に来た時にやるから楽しみにしていろ。」
「はい。」
菓子のことになると素直だ。余程好きなのだろう。
「部屋に戻れ。もう迷わないな?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」
「俺は後から出る。おやすみ、セラ。」
「おやすみなさい。」
侍女にしたのは自分のわがままだ。楽師を断られ、軍にも入れたくない以上、それしか自分の側に置いておく方法はなかった。何の身分もないセラを守るにはこれしかないのだ。今は、まだ。
(そろそろ契約切れだということにさせてもらうか....)
弟のこともある以上、その素性は知っておいた方がいい。知らなければ、自分の元に留めることも、守り続けることは不可能だった。
クシェルの仕事をまた一つ増やすことになりそうだ。小言を言いながら仕事をこなす忠実な家臣の顔を思い浮かべながらドアを開けた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

リアンの白い雪

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。 いつもの日常の、些細な出来事。 仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。 だがその後、二人の関係は一変してしまう。 辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。 記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。 二人の未来は? ※全15話 ※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。 (全話投稿完了後、開ける予定です) ※1/29 完結しました。 感想欄を開けさせていただきます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

さよなら、私の初恋の人

キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。 破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。 出会いは10歳。 世話係に任命されたのも10歳。 それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。 そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。 だけどいつまでも子供のままではいられない。 ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。 いつもながらの完全ご都合主義。 作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。 直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。 ※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』 誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。 小説家になろうさんでも時差投稿します。

安らかにお眠りください

くびのほきょう
恋愛
父母兄を馬車の事故で亡くし6歳で天涯孤独になった侯爵令嬢と、その婚約者で、母を愛しているために側室を娶らない自分の父に憧れて自分も父王のように誠実に生きたいと思っていた王子の話。 ※突然残酷な描写が入ります。 ※視点がコロコロ変わり分かりづらい構成です。 ※小説家になろう様へも投稿しています。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

隠された第四皇女

山田ランチ
恋愛
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる

夏菜しの
恋愛
 十七歳の時、生涯初めての恋をした。  燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。  しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。  あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。  気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。  コンコン。  今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。  さてと、どうしようかしら? ※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。

皇后陛下の御心のままに

アマイ
恋愛
皇后の侍女を勤める貧乏公爵令嬢のエレインは、ある日皇后より密命を受けた。 アルセン・アンドレ公爵を籠絡せよ――と。 幼い頃アルセンの心無い言葉で傷つけられたエレインは、この機会に過去の溜飲を下げられるのではと奮起し彼に近づいたのだが――

秋色のおくりもの

藤谷 郁
恋愛
私が恋した透さんは、ご近所のお兄さん。ある日、彼に見合い話が持ち上がって―― ※エブリスタさまにも投稿します

処理中です...