9 / 58
収穫祭は花より団子? side J
しおりを挟む祭り会場は例年通りの賑わいだ。どこから廻ろうかと考えていると、繋いでいた手が放された。強引に手を引いてしまったから嫌がれたかと思って振り返ると、彼女は笑顔を返してくれた。
怒ったわけじゃないみたいだ。よかった。
「行きたいところはある?」
「後でもいいのだけど、うちの領地のテントに寄ってもいいかしら?」
「もちろん!早速向かおう」
祭りの出店は、許可さえ受ければ誰でも出すことができるけど、広場の中央に行くほど常連のものになる。彼女の伯爵家は歴史が深く、祭りの当初から参加し続けてるから、ほとんど中央に位置していた。
いつも同じ場所なのだろう。彼女は迷うことなく自分の領地のテントに向かっていく。楽しそうにきょろきょろしながら歩く姿は、いつもの学園で見るのと違い、少し子供っぽい。たまに僕の様子を確認するみたいに振り返ってくるのも、可愛い。
「お嬢様!いらしてくれたんですか」
まだ結構な距離があるのに、彼女の領地のテント前に立っていた男が、大きな声で話しかけてきた。彼女は小走りで近いていく。
「もちろんです!毎年楽しみにしてるもの。今年の様子はどうですか?」
そのまま話し始めた。茶色い髪の大柄の男は三十代くらいで平民のようだ。挨拶する必要は無いかな、と待つことにした。
男の声は大きくて離れていてもよく聞こえた。今日着ているニットは新商品なのか。確かに手の込んだ編み目は上質な感じがして良さそうだ。
会話の内容は領地や商品のことだけど、とても親しそうで、彼女の表情もいつもより屈託ない。嫉妬する必要はないのは分かっていても、なんとなく面白くなくて、彼女の背後に近づいた。
「まぁ、それがなくったってお嬢様の幸せは伯爵様たちが守ってくれるでしょうけどねぇ!ははは。…………あれ?そういや今日は……?」
男は機嫌良く笑っていたが、僕に気がつくと言葉を切った。
「あの、今日は、学園のお友達と一緒なの」
お友達……。そうだよね…………。
「はぁ、それはそれは……、お初にお目に掛かります」
男の少し失礼な挨拶に、黙って微笑んだ。
「それでは、明日もまた来ますね」
明日も来るんだ。家族とかな……。
「はい!ぜひ!お待ちしてます!あ、よかったらこれを。お友達とどうぞ!」
男は、手を降ろうと上げかけた彼女の手をむんずと掴んで、手のひらにアメを乗せてきた。領主のご令嬢にそんなことをする男に苛ついたが、当の彼女は気にしないようで、嬉しそうにアメを眺めていた。
「ありがとう。懐かしいわ」
そう言うと振り向いて僕を見上げてきたので、慌てて波立った気持ちを隠す。テントから離れるとき、男が何か呟いてたけど耳には入らなかった。
「お待たせしてごめんなさい。これ、よかったら。うちの領地で昔から作られてるアメなの」
さっき男に渡されたアメを両手に1つずつ持ち、右手に持ってる方を僕に差し出してきた。王都でよく見かける物の倍くらいの大きさがある。舐めきるのが辛そうだ。
「全然待ってないよ。アメは口に入れてる間、他のものを食べられなくなってしまうから、後でゆっくりいただくね」
受け取ってそのままポケットに突っ込んだ。彼女も少し考えてから舐めるのをやめたようだ。
早速、食べ物の屋台のエリアに向かって歩き出した。
それにしても、やっぱりさっきの男との距離の近さが気になってしまった。他の領民とはどうなんだろう。
「領民と仲良しなんだね」
相変わらずきょろきょろしながら歩いている彼女に話しかける。きょとんとした後、領地を思ってか嬉しそうな顔をした。
「そうね。うちは領地の広さだけはあるから、管理するのにもみんなに助けてもらうことが多いの。代々そうしてるから、領民との距離が近いかもしれないわ」
広大な領地を長年管理している貴族だし、領民をうまく使うノウハウがあるのだろう。
「とても大事にしてるんだね。……学園を卒業したら、やっぱり領地に帰るの?」
領地には戻ってほしくないな……。
「ううん。伯爵家は兄が継ぐし、私もいつまでもとは……。それよりも王都で家のためになる人脈を作りたくて。今は王宮事務官を目指してるの」
王都に留まるつもりなんだ。よかった!
「そうなんだ!凄くいいね」
僕がそう言うと、彼女は驚いた顔をした後、困ったように笑った。
「まだまだ女性が少ないから、不安もあるのだけど……」
王宮事務官は難関と聞くし、不安もあるのだろう。ここは彼女を元気づけないと。
「そんなことないよ!君は学園でも優秀だし、きっと叶えられるよ」
王宮事務官ならずっと王都に住むことになるだろうし、近くにいられる。応援したい気持ちを伝えると、彼女は今日一番の笑顔をくれた。~~~可愛い!
「お腹がすいたわ!何を食べようかしら」
彼女にしては大きな声で言った後、恥ずかしそうに首を竦めた。僕はその誘いに乗ることにした。
「よし!今日の目的を果たそう。お腹いっぱい食べよう」
食べ物の屋台の並ぶ一角に入る。貴族のご令嬢の中には嫌がるこも多いけど、彼女は楽しそうに目を輝かせた。大丈夫そうだ。
試しに、肉と野菜の串焼きを買って渡してみた。
受け取った彼女は、暫くじっと串焼きを見ていた。きっと食べ方に戸惑っているんだろう。こうやって食べるんだよ、と教えるためにひと口齧りついた。
「美味しいよ」と言うと、彼女も嬉しそうにお肉に齧りついた。
その後、意外にも彼女はとてもよく食べた。鳥肉の串揚げを美味しそうに食べながら、次の屋台を目で探している。僕のことも気にしてくれて、お互いに気になるものを次々と選んでいった。
この細い身体のどこに入ってくのかな……?お腹の辺りをこっそり見てみたけど、変わりはなかった。
少し不思議な気分になったけど、満足するまで食べることができたからよかった。僕も一応成長期だからね。
36
あなたにおすすめの小説
ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?
ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。
一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?
婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね
ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。
失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。
幼馴染に振られたので薬学魔法士目指す
MIRICO
恋愛
オレリアは幼馴染に失恋したのを機に、薬学魔法士になるため、都の学院に通うことにした。
卒院の単位取得のために王宮の薬学研究所で働くことになったが、幼馴染が騎士として働いていた。しかも、幼馴染の恋人も侍女として王宮にいる。
二人が一緒にいるのを見るのはつらい。しかし、幼馴染はオレリアをやたら構ってくる。そのせいか、恋人同士を邪魔する嫌な女と噂された。その上、オレリアが案内した植物園で、相手の子が怪我をしてしまい、殺そうとしたまで言われてしまう。
私は何もしていないのに。
そんなオレリアを助けてくれたのは、ボサボサ頭と髭面の、薬学研究所の局長。実は王の甥で、第二継承権を持った、美丈夫で、女性たちから大人気と言われる人だった。
ブックマーク・いいね・ご感想等、ありがとうございます。
お返事ネタバレになりそうなので、申し訳ありませんが控えさせていただきます。
ちゃんと読んでおります。ありがとうございます。
夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。
MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。
記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。
旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。
屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。
旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。
記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ?
それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…?
小説家になろう様に掲載済みです。
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました
音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。
____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。
だから私は決めている。
この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。
彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。
……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。
婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜
ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、
完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。
だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。
理由は簡単だった。
「君は役に立ちすぎた」から。
すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、
“静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。
そこで待っていたのは――
期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。
前に出なくていい。
誰かのために壊れなくていい。
何もしなくても、ここにいていい。
「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」
婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、
何者にもならなくていいヒロインの再生と、
放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。
これは、
“役に立たなくなった”令嬢が、
ようやく自分として生き始める物語。
【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。
やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。
落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。
毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。
様子がおかしい青年に気づく。
ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。
ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
最終話まで予約投稿済です。
次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。
ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。
楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる