44 / 58
決意のお茶会 side A
しおりを挟む昼休み、室長に包みを渡された。なかを見ると美味しそうなサンドイッチが入っている。何かのご褒美かしらと首を傾げると、室長の緑の瞳が見下ろしてきた。
「話を聞いてやるからここで食べろ」
……私そんなに顔にでるのかしら。自覚がないだけで仕事を疎かにしてるように見えてるとか……。
「ノーステリアはパッと見はいつも通りにしてるから大丈夫だ。だが顔色が白すぎる上に目が死んでる」
声に出してないわよね。それにしても言い方……。
「人に話すことで落ち着くぞ」と聞く気満々で室長がお茶を入れてくれたので、ありがたく聞いてもらうことにした。
話すと言っても、もやもやの気持ちの正体が自分でもわかっていないのだけど……。思いつくままぽつぽつと話し出す。
お互いの両親に対する態度、領地に行こうとしないこと、領民への態度、贈り物のこと、結婚後も大切にしたいもの。……口にすればどれも些細なこととも言えて、私が我儘なのではないかとさえ思えてくる。
室長はそんな取り留めのない話をじっと聞いてくれた。
「……お前は自分の生まれ育った家族のような結婚生活を望んでいる。だが婚約者はそうは望んでいないように感じている、ということだな」
室長が私の気持ちをまとめてくれた。そうだ。私は両親のような家族になりたいのだ。じんわりと目頭が熱くなる。
「はい……。私は自分の両親や兄をたとえ嫁いだとしても大切にしたいし、して欲しいと願ってます。それと同じように相手の家族も大切にしたいと。けどそれが私の独りよがりな望みなのかもしれないと」
王宮パーティーで義両親に挨拶しようとしたときの「必要ない」と言った彼の冷たい声色を思い出すと、お腹がぎゅっと痛くなる。
また俯いてしまった私に室長がいつになく優しい口調で話してくる。落ち着かせてくれる声だ。
「そういう気持ちを婚約者に話したことあるのか?今まで違う環境で生きてきてるんだ。行き違いはない方がおかしいだろう」
「そうですね。一度、話してみます。……ありがとうございます」
私が笑顔を作ると、「そうするといい」と室長は頷いた。
いつもと同じはずの彼とのお茶会に、私は少し緊張している。きちんと気持ちを聞いてもらうのだ。これから長い時間一緒にいることになるのだから、話さないことですれ違うことは避けないと駄目よね。
今日は久しぶりに自分で選んだドレスを着た。私は元々は肌触りがよくてシンプルなものが好きだ。と言っても彼の好みにあわせて可愛らしい感じのものを選んだけど。
彼を出迎えて一緒に温室に向かう。プロポーズしてもらえた場所だ。あの日と同じように明るい色の花が咲き誇っている。彼も「僕達の大切な場所だね」と笑ってくれた。
大切な話だからとメイド達に離れているよう伝えてから、自らを落ち着けるように丁寧な仕草で一口お茶を飲む。
「今日はお話したいことがあるの」
「なんだろう。怖いな」
彼が笑いながら首をすくめた。
「今まできちんと口にしたことはなかったけど、私は家族と領民をとても誇りに思っているの。貴方はこの間、伯爵家にいるのは結婚するまでって言ってたけど、私がノーステリア伯爵家の娘であることは変わらない。もちろん、ネオルト男爵家の方々も同じように大切にしたいと思ってるわ。貴方の大切なものも尊重するように努力するから、貴方にも私の大切なものをわかって欲しいの」
うん、ちょっと長くなってしまったけど、考えてたことはきちんと言えたと思う。彼も真剣な顔をして聞いてくれた。
彼はしばらく黙って考えたあとゆっくりと話しだした。
「君の家族や領民を大切な気持ちはとてもよくわかるよ。……けど結婚したら、君と僕のふたりで新しい家族の形を作っていくんだよ。もちろんそれまでの家族も大切だけど、そこまで君が縛られる必要はないと思うよ」
彼は優しく言い聞かせるように言った。私は聞き分けのない子供ではないのに……。
彼はへらりと笑う。
「僕達の幸せのために枷になってしまうなら時には切り捨てることだって必要だよ。僕がいるんだから安心して」
そうじゃない。私にとって家族は縛られるものではない。新しいものができるからって切り捨てるものではないの。どうして通じないんだろう……。
涙が溢れそうになる。必死に堪らえようとしてる私の口から、心の奥底にあった言葉が漏れてしまった。
「婚約を、解消しませんか?」
彼が驚愕の表情を浮かべる。
「どうして……。どうしてそんなことを言うの?僕のことを嫌いになった?」
「嫌いになんて、なってないです」
「ならどうして!?」
彼が珍しく声を大きくする。堪えきれずに涙が流れてしまった。
「貴方との結婚生活が、うまく想像できないんです」
「そんなの、僕だってしてみないと分からないよ。そんな理由で……!婚約解消なんて両家の問題にもなるんだよ」
確かに彼は悪いことはしていない。こんな理由で婚約解消を言いだす私がいけないのかもしれない。けど心にある一番大切な何かが理解しあえない。
「私たちの婚約は政略的なものではないので、両家が揉めることはないと思います」
婚約のとき、両親が最後に付け足した文言を思い出す。もしかしたらこうなることを予感してたのかも知れない。
「婚約解消なんてしたら、女性である君の方が不利益を被ることになってしまうよ」
彼が言い募る。綺麗な青空のような目には涙が滲んでる。
「……私は仕事もありますし、継ぐべき家もないので、結婚できなくても心配ありません」
彼が俯いた。涙が落ちてキラリと光った。
「…………嫌だ。僕は君と別れたくない!僕に悪いところがあるなら治すから、どうか、お願いだよ。僕のそばにいて……」
彼はあの日と同じように私の前に跪いた。私を見上げるその瞳はいつもよりキラキラ輝いて、澄みきった青空のように綺麗だった。
26
あなたにおすすめの小説
ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?
ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。
一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?
婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね
ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。
失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。
幼馴染に振られたので薬学魔法士目指す
MIRICO
恋愛
オレリアは幼馴染に失恋したのを機に、薬学魔法士になるため、都の学院に通うことにした。
卒院の単位取得のために王宮の薬学研究所で働くことになったが、幼馴染が騎士として働いていた。しかも、幼馴染の恋人も侍女として王宮にいる。
二人が一緒にいるのを見るのはつらい。しかし、幼馴染はオレリアをやたら構ってくる。そのせいか、恋人同士を邪魔する嫌な女と噂された。その上、オレリアが案内した植物園で、相手の子が怪我をしてしまい、殺そうとしたまで言われてしまう。
私は何もしていないのに。
そんなオレリアを助けてくれたのは、ボサボサ頭と髭面の、薬学研究所の局長。実は王の甥で、第二継承権を持った、美丈夫で、女性たちから大人気と言われる人だった。
ブックマーク・いいね・ご感想等、ありがとうございます。
お返事ネタバレになりそうなので、申し訳ありませんが控えさせていただきます。
ちゃんと読んでおります。ありがとうございます。
夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。
MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。
記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。
旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。
屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。
旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。
記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ?
それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…?
小説家になろう様に掲載済みです。
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました
音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。
____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。
だから私は決めている。
この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。
彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。
……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。
婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜
ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、
完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。
だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。
理由は簡単だった。
「君は役に立ちすぎた」から。
すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、
“静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。
そこで待っていたのは――
期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。
前に出なくていい。
誰かのために壊れなくていい。
何もしなくても、ここにいていい。
「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」
婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、
何者にもならなくていいヒロインの再生と、
放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。
これは、
“役に立たなくなった”令嬢が、
ようやく自分として生き始める物語。
【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。
やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。
落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。
毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。
様子がおかしい青年に気づく。
ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。
ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
最終話まで予約投稿済です。
次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。
ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。
楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる