月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第274話

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 これまで羽磋たちは母親の体験したことを追体験していましたが、それがあまりにも自然で生々しかったために、羽磋たちは自分たちがそれを体験したり、あるいは、母親がそれを経験するのをその場で見ていたかのように感じていました。でも、あくまでもこれは濃青色の球体の中で不思議な力が働いたために、彼らが過去の出来事に対して間接的に触れているに過ぎません。夢を見ている時と同じように、いくらその世界が現実のように思えてもそうではないのです。
 ですから、走り出そうとした羽磋が味わった感覚は、足の裏が地面を蹴るものではなく、夢の中で怪物から走って逃げようとした時に感じるような、「いくら足を動かしても前に進まない」という、モゾモゾとした非常に気持ちの悪いものだけでした。
「わわっ、く、くそっ」
 思うように動かない自分の足に悪態をつく羽磋。
 次に彼が顔を上げた時に見たものは、いっそ自分の存在そのものを消してしまおうと、地面に開いた亀裂の中へ身を投じる母親の姿でした。

「あああ・・・・・・、やっぱり・・・・・・」
「ええっ! そんな!」
 あらかじめ事態の流れを予想していた羽磋と、次々に生じる事態を受け入れることに追われるばかりの王柔。この時に二人が漏らした言葉も、全く対照的なものでした。ただ、羽磋が覚えている昔話は、「絶望した母親がゴビの砂漠の割れ目に身を投じる」ところで終わっていました。そのため、この後に起きた出来事は羽磋にとっても王柔にとっても考えが及んでいないものでしたから、それに対する二人の反応は同じものでした。そして、その反応とは「あまりの出来事に圧倒されて、言葉も出ない」というものでした。
 亀裂の中へ母親が身を投じるところを目撃した二人でしたが、すぐに彼らの視界は真っ暗になりました。その場面を俯瞰するようだった彼らの視点が、きつく目を閉じながら真っ暗な亀裂の中へ飛び込んだ母親の視点と、同一になったからでした。
 でも、その真っ暗闇の世界は長くは続きませんでした。
 ズシィンッ!
 突然、羽磋と王柔は、自分たちの身体が雷に打たれたような、これまでに経験したことがないほどの激しい痛みと痺れを覚えました。それはおそらく、亀裂に飛び込んだ母親の身体が、その暗く冷たい奥底に激しく叩きつけられた時のものと思われました。もちろん二人には死んでしまった経験などはありませんが、母親が底が知れないほど深い亀裂に飛び込んだという状況と、たったいま感じた衝撃から考えられるのは、「死」というものだけでした。
 しかし、二人が体験している母親の過去は、ここで「死」という形で幕が下りることはありませんでした。
 母親は、ゴビの大地に口を開けていた亀裂の中に飛び込んだ時に、あるものを胸に押し当てていました。それは、娘の病を癒して命を救うために、苦しい旅の末にようやく手に入れた、あの薬草でした。母親が自分たちの暮らしていた村へ帰りついたときには祁連山脈の奥地で薬草を採取してからずいぶんと時間が経っていましたから、その薬草はすっかりと萎れてしまい、カラカラに乾燥してしまっていました。もちろん、母親は薬草を煎じて娘に飲ますつもりでしたから、それについては問題であるとは思っておりませんでした。
 その枯草のように茶色くなっていた薬草が、母親が亀裂の中へと飛び込み、その身体がゴビの外気よりもずいぶんと冷たい地中の空気の中を落下し始めたとたんに、まるで陽の光の下で朝露に濡れる若葉のような張りを取り戻し始めました。それは、母親が胸に押し付けていた手の下という誰の目にも触れない場所で、ほんの僅かな時間で起きた出来事でしたが、干し草のように乾燥しきっていた薬草が新緑の若葉のように生命力が溢れる状態に戻るという、奇跡が生じていたのでした。
 母親はゴビに生じていた亀裂を通じて、地下世界へと落下しました。現実の世界で羽磋や王柔はゴビの地下世界に迷い込んでいますが、「母を待つ少女」の昔話の舞台となっている時代にも既にゴビの地下には巨大な空間が存在していて、何本もの太い砂岩の柱がその地下世界の天井を支えていました。また、地下世界の地面には冷たい水が流れる川があり、それは地下世界からどこかへつながっている洞窟から入り込んできているものでした。ただ、母親が落下してきた地下世界は、天井にいくつか生じている割れ目を通じて一部分で陽の光が差し込んでいるものの、その他の多くの場所は濃密な闇で満たされていました。
 その闇の中へ頭を下にしながら勢いよく落下してきた母親の身体が、地下の大空間の固い地面に激突した瞬間に、それは起こりました。
「クオッ・・・・・・」
 地面にぶつかった激しい衝撃により、母親の口から鮮血と共に空気の塊が吐き出されました。それと同時に、母親の胸の部分にとても強い青い光が生まれました。その光の源となっていたのはあの艶やかさを取り戻した薬草でしたが、いまでは光の中に溶け込んでしまったかのように、はっきりとした形は見られなくなっていました。
 母親が胸に押し当てていた薬草から生まれた青い光は、パッと方々に広がって周囲を明るく照らすのではなく、素早く動く光の帯に形を変えるとグルグルと母親の身体の周囲を回り始めました。それはあっという間に進行した出来事で、数瞬後には地下世界の地面の上で横たわる母親の身体は、青く輝く光の帯が作る繭で覆われてしまいました。
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