彼はオタサーの姫

穂祥 舞

文字の大きさ
32 / 79
第4幕/おっさんフィガロとときめくピンカートン

第2場①

しおりを挟む
 まあ互いのオペラ観は夏休みにでもじっくり語らうとして、天音は今、三喜雄にまとわりつく害虫を追い払うのに忙しい。
 まず1匹目は、声楽専攻オペラコースのソプラノ、太田おおた紗里奈さりなだ。天音は学部の2回生の頃、彼女と1年間交際し、別れた。つまり元カノなのだが、彼女は惚れっぽく、授業でペアを組んだ相手と大概妙なことになる(天音もその口だった)。しかも移り気なため、天音は1学年上のバスの男と二股をかけられた挙げ句に捨てられたのだった。女に振られたのは初めてで、「天音くんってイケメンってだけで、思ったよりつまらなかった」などと言われ、女を楽しませることに自信があった天音のプライドはずたずたになった。
 カルメンを地でいくこのソプラノは実力者で、天音は3回生の時に参加した学生向けコンクールのトップも、学部の首席も彼女と争った。留学するのかと思いきや大学院に来て、こともあろうに天音の大切な友人を毒牙にかけようとしているのだ。
 三喜雄は歌曲コースを選択しているが、オペラの基礎クラスは声楽専攻の全員が必修だ。学部の頃とは違い、課題は合唱ではなく、オペラの見どころとなる愛のデュエットや修羅場のトリオなどが与えられるようになり、練習の密度も濃い。そんな授業の中、三喜雄は前期の試験の曲で紗里奈と組むことになった。
 内部進学者は互いの歌をよく知っているし、顔も見飽きている。そのため、外部から大学院に来たメンバーと歌いたがる。男子が少ないこともあり、三喜雄は女子たちから熱い視線を向けられていた。

「もっさり目なのに歌うと印象変わるよね、しかも何げにドルチェな声じゃない?」
「わかる! 笑うと可愛いし親切だし、癒し系~」

 声楽専攻の女子たちは大学の傍の喫茶店に集まり、天音が座る斜め後ろのテーブルで噂話に興じていた。店内に大きな柱があり、天音の姿はおそらく彼女らから見えていない。

「北海道に彼女いるのかなぁ」

 そう話が転んだ時、紗里奈が言い放ったのである。

「いてもまぁ、関係無いかな」

 他の女子たちはくすくす笑いながら、うわ、始まったよ、と口々に言った。それを聞いた天音は、一人で寛ぎ美味しいコーヒーを味わっていた筈が、ぐっと危機感を高めた。女マントヴァめ、片山には手を出させないぞ。ジルダを守ろうとするリゴレットの如く、それから天音は、紗里奈と三喜雄が2人きりにならないよう見張ることにした。
 天音はオペラ基礎クラスで、「蝶々夫人」の1幕最後のデュエットをあてられていた。ピンカートンは歌ってみたかった役のひとつではあるが、相手が学部から一緒のソプラノなので、新鮮味がなくいまひとつ気分が盛り上がらない。それに対して三喜雄は「フィガロの結婚」の1幕冒頭を、紗里奈と愛嬌たっぷりに作り始めていた。三喜雄はフィガロのような喜劇ブッファのバリトンキャラが案外よく似合い、紗里奈も芝居巧者で、容姿もまさしくスザンナのような可愛らしい系のため(だから男はまんまと騙されるのだ)、先生方も良いペアだと認めている節があった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

キャロットケーキの季節に

秋乃みかづき
BL
ひょんな事から知り合う、 可愛い系26歳サラリーマンと32歳キレイ系美容師 男性同士の恋愛だけでなく、ヒューマンドラマ的な要素もあり 特に意識したのは リアルな会話と感情 ほのぼのしたり、笑ったり、時にはシリアスも キャラクターの誰かに感情移入していただけたら嬉しいです

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

握るのはおにぎりだけじゃない

箱月 透
BL
完結済みです。 芝崎康介は大学の入学試験のとき、落とした参考書を拾ってくれた男子生徒に一目惚れをした。想いを募らせつつ迎えた春休み、新居となるアパートに引っ越した康介が隣人を訪ねると、そこにいたのは一目惚れした彼だった。 彼こと高倉涼は「仲良くしてくれる?」と康介に言う。けれど涼はどこか訳アリな雰囲気で……。 少しずつ距離が縮まるたび、ふわりと膨れていく想い。こんなに知りたいと思うのは、近づきたいと思うのは、全部ぜんぶ────。 もどかしくてあたたかい、純粋な愛の物語。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

フードコートの天使

美浪
BL
西山暁には本気の片思いをして告白をする事も出来ずに音信不通になってしまった相手がいる。 あれから5年。 大手ファストフードチェーン店SSSバーガーに就職した。今は店長でブルーローズショッピングモール店に勤務中。 そんなある日・・・。あの日の君がフードコートに居た。 それは間違いなく俺の大好きで忘れられないジュンだった。 ・・・・・・・・・・・・ 大濠純、食品会社勤務。 5年前に犯した過ちから自ら疎遠にしてしまった片思いの相手。 ずっと忘れない人。アキラさん。 左遷先はブルーローズショッピングモール。そこに彼は居た。 まだ怒っているかもしれない彼に俺は意を決して挨拶をした・・・。 ・・・・・・・・・・・・ 両片思いを2人の視点でそれぞれ展開して行こうと思っています。

切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。 そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー ------------------------------- 松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳 カフェ・ルーシェのオーナー 横家大輝(よこやだいき) 27歳 サッカー選手 吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳 ファッションデザイナー ------------------------------- 2024.12.21~

サラリーマン二人、酔いどれ同伴

BL
久しぶりの飲み会! 楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。 「……え、やった?」 「やりましたね」 「あれ、俺は受け?攻め?」 「受けでしたね」 絶望する佐万里! しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ! こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。

処理中です...