【完結】1日1回のキスをしよう 〜対価はチョコレートで 〜

田沢みん

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9、コタロー考える

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「コタロー、 塾からチョコを取ってきてくれない? 」

 俺の部屋で、 当然のように俺のベッドに腰掛けながら、 ハナがサラリとそう言った。

 俺はたぶんこいつの中では、 青い猫型ネコがたロボットや魔法のランプの魔人まじんと同列の『便利で使えるやつ』カテゴリーに分類されていると思う。

 そうじゃなきゃ、 こんな風に『ちょっとそこの醤油しょうゆを取ってくれる? 』みたいなお気軽なトーンでこんな事言わないだろう。


 俺の母さんは厳しい。
 普段は普通に優しい母親だし、 塾の生徒からもしたわれているいい先生だ。

 だけど、 礼儀れいぎと常識と授業にはめっきり厳しく、 俺が意に沿わない言動をすると、 シルバーフレームの眼鏡の奥からキッとにらみつけて、 懇々こんこんと説教を始める。


 決して感情的にはならないが、 理路整然りろせんぜんとこちらのいてくる叱り方は、 逃げ場のないコーナーにジワジワと追い詰められるようで、 下手に怒鳴られるよりもよっぽど恐ろしい。

 ハナもそこは俺と同感どうかんのようで、 俺の母親の前では持ち前の傍若無人ぼうじゃくぶじんさが半減するのだ。


 だから、 つい昨日の夜に、

「虎太朗、 花名はなちゃんが虫歯になっちゃったんだって。 若葉さんから『絶対に甘いものを食べさせるな』って言われてるから、 あなたもあの子にチョコとか渡すんじゃないわよ」

と母親から言われたばかりの俺にチョコを取って来いとは、 地面スレスレの長さのゴムでバンジージャンプをしろといっているようなものなのだ。


 しかも『塾のチョコ』って、 思いっきり母さんのテリトリーだぞ!

 そこらの板チョコじゃダメなのかよ、 ピンポイントにも程があるだろ。



「ダメだ、 お前にはチョコを渡すなって母さんに言われてる」

 勉強机の椅子ごとクルリと振り返って俺が答えると、 ハナはいつものように執拗しつように食い下がってくる。


「お願い、 内緒で1個だけ! 」
「バレなきゃいいんだよ! 」
「絶対にバレないって! 」


 ハナは昔からそうだ。 

 アイツは5ヶ月だけ年下の俺を『小さい頃に面倒を見てやった弟で子分』だと思ってるから、 俺がアイツに頭が上がらないと思っている。


 実際にはおままごとに付き合わされて、 変な草を潰した汁とか泥団子を口に押し込まれたり、 散歩に連れてってやると言われて知らないとこに連れてかれて2人で迷子になったりしただけなんだけど、 そんなのもハナに言わせれば『面倒を見てやった』になるのだ。


 だから、 宿題を写させろ、 アイスクリームを半分よこせ、 買ったばかりの漫画を読ませろ…… なんてのは日常茶飯事で、 この前は塾で消しゴムを忘れたっていうから新品のを貸したら、 思いっきり角っこのいいトコを使われた。


 だけど、 それくらいは別にいいんだ。
 俺はハナに『頭が上がらない』んじゃない、 ただアイツに『甘い』だけなんだ。


 でもな…… 今回は流石さすがにハードルが高い。
下手すると自分の親だけじゃなく、 陽介先生と若葉さんからの信用も失いかねない。


 ーー うん、 やっぱりダメだ。

 アイツの家に出入り禁止とかにされたらシャレにならん。

 それにハナの歯の健康に関わってくる事だしな。


 今回ばかりは拒否しようと決めたその時、 ハナが思いがけない提案をしてきた。

「それじゃ、 条件をつけよう。 もしもあんたが毎日チョコをくれるなら、 私もあんたに欲しいものを与える。 物じゃなくてもいいよ。 例えば勉強を教えるとか、 掃除当番を変わるとか…… 」


 コレは天変地異てんぺんちいの前触れじゃないか?!

 『あの』ハナが譲歩じょうほした。
 いつも無条件で俺を使い倒してきたコイツが…… だ。


 ハナが無類むるいの甘いもの好きなのは知っている。
 塾の帰りにガラスボウルを見つめて真剣にチョコを吟味ぎんみしている姿を何度も見ている。

 俺だって、 チョコを口いっぱいに頬張って目尻を下げているアイツの顔を見たいんだ……。


 ついさっき決心したことを、 こんな短時間でひっくり返してしまう自分に呆れる。

 だけど俺はやっぱりハナの猫型ロボットでランプの魔人なんだ。
 アイツの願いは出来る限り叶えてやりたいって思ってしまうんだ。

 それに、 コイツを見てみろよ。
 学校から帰って制服から着替えもせずにこっちに来ちゃうような雑なヤツだぞ。
 俺がそばにいて面倒を見てやるしかないじゃん。


 そう思って改めてハナを見たら、 名札についてる『委員』のバッジが目についた。

 なんだか胸がジリッとして、 こっちの答えを期待しているハナの顔にイラッとして……。


「…… キスだな」

 思わず口からこぼれ出ていた。
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