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72、 両想いハイ
しおりを挟むビュン、 ビュンと何かが風を切る音と、 ザリッ、 ザリッと靴底が土を踏む音で目が覚めた。
今日から3年生になるという始業式の朝。
スマホの画面を見たら、 時刻は午前6時半。
なんとなく予感がして窓に駆け寄りカーテンを開けると、 塾の裏庭にいたのはやっぱりコタローだった。
「コタロー、 何やってるの? 」
窓をガラッと開けて声を掛けたら、 黒地に白いライン入りのジャージ姿のコタローが、 竹刀を振る手を止めてこちらを見上げた。
「おおハナ、 おはよう! 何って、 素振りしてんだよ」
「朝練に行く前なのに家で素振り?! 」
「それはもう行かない事にした」
「えっ、 そうなんだ」
「うん、 そう。 だから今日からまたお前と一緒に登校するから」
「えっ? 」
ーー それって……。
「ねえコタロー、 もしかしてさ、 私と一緒に登校するために朝練をやめた…… とかだったりする? 」
「バカヤロー、 大事な全国大会前だ、 朝練はやめないっつの! 」
「だって…… 」
「だから、 今やってるのが朝練だよ。 剣道の練習は武道場じゃなくたって出来るからな。 だけど、 お前と一緒に登校するために学校で朝練するのをやめたっていうのは正解だ。 ハハッ、 良く分かったな、 エライ、 エライ」
「はああっ? 何が『エライ、 エライ』だよっ! そんなの駄目じゃん! 家の庭じゃ、 こんな早朝に大声を出せないでしょ? 剣道の練習ってアレじゃん、『よ~っ!』とか『ハァーーッ!』とか変な声を出すのがお約束じゃん! 」
私が窓から身を乗り出して叫ぶと、コタローはププッと吹き出して、 口に手を当てる。
「『ハァーーッ!』は分かるけど、『よ~っ!』って何だよ、 歌舞伎かよ。 っていうか、 今お前が発した声の方がよっぽどデカイっつーの。 とりあえず俺は場所が変わろうが声が出せなかろうが、 ちゃんと練習できるから大丈夫」
「だって…… 」
「俺がそうしたいんだよ! お前とせっかく両想いになれたのに、 何が悲しくて別々に登校しなきゃいけないんだよ」
ーー 両想いって!
いや、 まあ、 その通りなんだけど…… そんなハッキリ言われるとリアクションに困ってしまう。
だけど、 そうやって私が意識しすぎてガチガチになることも想定して、 コタローは8月までの猶予を与えてくれたんだ。
だったら私だって、その猶予期間を意味なくダラダラとやり過ごしていいわけがない。
「だったら、 私も行くよ」
「えっ?! 」
「要は一緒に登校出来ればいいんでしょ? だったら私がいっしょに朝練について行く。 それなら問題ないじゃん」
「…… マジか」
コタローがポカンと口を開けたまま固まって、 それから胸の前でグッと両手を握りこぶしにして、
「よっしゃ~! ハナがデレた! 最高! 」
と大声で叫んだ。
私が「うるさい、 バカ! 」と怒鳴るのと、 風子さんが裏の窓から顔を出して、「虎太郎、 近所迷惑! 」と叱るのが同時だった。
***
「お前さぁ~、 明日からあと30分早く起きろ」
「う~ん、 ほんんおむぐ (そんなの無理)」
「はぁああ?! 何言ってんのか分かんねえよ! 早くそのトーストを食っちゃえよ! 」
2人でキコキコ自転車を漕ぎながら、 仲睦まじく、 うふふ、 キャハハと登校中のお喋り…… のはずが、 今は何故か2人揃って必死に自転車を立ち漕ぎしている。
しかも私は物凄いスピードのコタローを追いかけながら、 同時に朝食も食べるという、 曲芸まがいのことまで同時にこなしているのだ。
そりゃあ、 散々コタローを待たせて遅くなったのは悪いと思っている。
だけど、 まだ起きぬけでパジャマ姿の乙女に向かって、「35分後に出発な」と言うのはなかなか酷いんじゃないか?
それでも7分遅れただけで玄関に出て来れたのは奇跡だと思う。
誰かに良くやったと褒めてもらいたいくらい。
そういう訳で、 シャワーとか着替えとかを優先させた結果、 朝食を自転車の上で済ませる事になったのは、 致し方ない事なのだ。
「それにしてもさ…… トーストを咥えたヒロインが遅刻しそうになって走るっていうのは漫画のあるあるネタだけど、 自転車立ち漕ぎでトーストを咥えてるって、 なんか怖ぇえな」
私は半分まで食べたトーストを自転車カゴの中にある紙皿に置くと、 同じくカゴの中からストローの刺さった野菜ジュースを取り出してズズッと一気に飲み、 ようやく口を開いた。
「うるさいっ! これでも私的には最速で準備したんだからねっ! 全く、 誰のためだと…… 」
コタローが自転車のスピードを緩めて私の隣に並ぶと、 フワッと満足げに微笑んだ。
「誰って…… 俺のためだよな? ハハッ、 俺ってめっちゃ愛されてね? 」
そう言うと、 私の自転車カゴから残り半分のトーストをヒョイと奪い取って、 パクッと食べた。
「ああ~っ、 ドロボー! 」
「いいじゃん、 食後のデザートにコレやるよ」
「えっ? 」
コタローがポケットをガサゴソと探ると、 小さなチョコを取り出して、 私の手のひらにちょんと乗せた。
「それでいいんだろ、 今日の分」
「やった~、『ホワイト&クッキー』。うん、 これこれ」
あの私の部屋での告白以来、 コタローはまた毎日、 塾のガラスボウルの写真を撮って送ってくるようになった。
コタローに言わせると、 コレは『婚姻贈呈』の貢ぎ物なんだそうで、『俺が好きでやってる事だから気にするな』と言って、 対価交換を求めてはこない。
なんだか私ばかり得してズルいな…… とは思うけれど、 それで今キスしろと言われても恥ずかしくて無理なので、 コタローの言葉に甘えてチョコレートを受け取っている。
私はハンドルの上で包みを開き、 チョコを口へと放り込む。
「うん、 程よい甘さ! ココア風味のクランチクッキーのザクザク感が最高! 」
口をモグモグさせながら、 視線を感じてパッと見ると、 コタローが目を三日月みたいに細めて見つめていた。
そのなんとも言えない幸せそうな表情に、 こっちまで釣られてヘラッとしてしまう。
「へっ…… へへっ」
自分でもキモいな…… と思いながら頬を緩ませていると、 コタローが甘ったるい声で、
「お前…… カワイイな」
ボソッと呟いた。
ーー はぁあああああっ?!
「ばっ…… バカバカばーか! コタローさ、 ちょっとおかしいよ。 めちゃくちゃ浮かれてない? 」
首筋までカッカと熱いのは、 自転車を漕いでいるせいだけではない。
「うん…… 俺めっちゃ浮かれてるかも。 ほら、 アレだよ、『両想いハイ』ってやつだ」
ーー 両想いハイ……。
本当にそんな言葉があるのかどうかは知らないけれど、 だったらきっと私もその『両想いハイ』なんだろう。
だって、 こんな甘々でくっさい台詞を言われて、 満更でもないなって喜んじゃってるんだから……。
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