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78、 見送りの朝
しおりを挟む金曜日の午前9時。
ちょっと憮然とした表情のコタローが、 Vネックの黒いTシャツにベージュのチノパン姿で部屋に入って来た。
「おいハナ、 なんで見送りに来ないんだよ」
今日はコタローが京都に出発する日だ。
明日の試合に備えてホテルに前泊するのだが、 今日の午後からホテル近くの体育館で練習をするので、 9時40分の新幹線に乗らなくてはいけないらしい。
「うん、 窓から見送ろうと思って」
昨日まではちゃんと玄関前で見送るつもりだった。
だけど、 朝起きて、 コタローが裏庭で素振りをする音を聞いていたら、 急に照れくさいような切ないような気持ちになって、 顔を出せなくなってしまったのだ。
ーー だって、 明日の試合が終わったら、 私は……。
そう考えると妙にそわそわと緊張してきて、 明日にはまた会えるのに、 なんだか胸が苦しくなって、 泣きそうになってしまうのだ。
ーー 情緒不安定過ぎる!
今までこんなこと無かったのに…… これが恋をするということなんだろうか。
「コタロー、 私も明日は家族で応援に行くからね! 頑張って! 今日は明日に備えてぐっすり眠ってね! 部員のみんなとトランプとかしてちゃダメだからね! はい、 行ってらっしゃい! 」
目を逸らしたまま、 どうでもいい事を早口でまくし立てる。
ーー だって、 コタローを見送りになんて行ったら、 私は絶対に泣いてしまう。
車を運転して行く風子さんのみならず、 見送りのために出てきてる哲太さんや宗次郎さん、 それにうちの両親まで勢揃いしてる前でなんて、 絶対の絶対に泣きたくない。
「なに、 お前、 俺が京都に行っちゃうのが寂しいの? …… なんちって」
コタローが冗談めかして言ったけれど、 今の私にはシャレにならない。
「…… うん…… うん」
コクコク頷きながら頬を震わせたら、 コタローが凄くビックリして顔を覗き込んできた。
「おいハナ、 お前、 泣いて……? 」
「泣いてない! ただ…… 武者震いしてきた。 なんでだろう、 自分の試合みたいに緊張してて…… それに…… たった2時間の場所なのに、 遠くに行っちゃうみたいで…… 」
そう言いながらポロポロ涙を溢したら、 コタローはボックスからティッシュをシュッと取り出して渡してくれたり、 しゃがんだり立ち上がったり、 急にオロオロし始めた。
「ちょっ、 ちょっと待ってろよ! 」
慌てて部屋を飛び出して行ったと思ったら、 2分くらいですぐに戻ってきて、 両手で顔を覆っている私の目の前に、 何かをヌッと差し出した。
その懐かしい感触に、 手をどけて見たら、 それはいつもコタローの部屋に置いてあった芝犬の抱き枕だった。
「コレを俺だと思ってナデナデしてろ。……ったくさぁ、 お前、 こんな時に泣くなよ。 離れがたくなっちゃうだろ? 」
「ゔん…… ごべんなざい…… 」
抱き枕を両手で抱え込んで、 顔を埋める。
「謝んなくたっていいよ、 嬉しいよ。 お前、 めっちゃ俺のこと好きなのな」
隣にしゃがみこんで私の頭をポンポンと撫でると、 優しい声音で言い聞かせるように言う。
「ハナ、 心配するな。 俺は明日、 絶対に勝つし、 お前を失望させるような事はしないから。 部員と夜遊びもしないし、 よその学校の女子部員とも喋らない。 お前のことだけを考えて、 お前のために戦ってくるよ」
「ゔん…… グスッ」
「あと、言っとくことは…… ああ、 そうだ。 これ、 今日と明日の分な」
コタローがポケットからチョコを取り出して差し出す。
「…… 2個ある…… 」
「今日と明日の2日分だ。 明日は試合でそれどころじゃないからな。 明日の分は俺が適当に選んでおいたけど、 でも、 それでハズし…… 」
「ハズしてないよ…… 大正解、 大当たり」
コタローが持ってきたのは、 私が昨夜リクエストした『ごま団子 (黒ごま風味)』と、 コタローチョイスの『ごま団子 (金ごま風味)』の2個。
「どうせお前、 どっちも欲しくてめちゃくちゃ悩んだんだろ? 明日の分の先渡しだ。 ありがたく食っとけ」
「ゔん…… 」
ああダメだ、 コタローの優しさが沁みて、 離れるのが辛くて、 余計に涙が止まらない。
プップーーッ!
外で車のクラクションの音がした。
風子さんが待ちかねて鳴らしたのだろう。
コタローは私の頭を再びポンポンすると、
「ハナ、 行ってきます…… 明日の試合、 絶対に来いよ。 今度は風邪を引くなよ、 絶対だからな! 」
そう言い残して出て行った。
車のエンジンがかかる音がして窓から外を見たら、 ちょうどコタローが車に乗り込もうとしている所だった。
コタローは助手席のドアを開けて体を屈めたけれど、 チラッとこちらを見上げて私に気付き、 背伸びをするように思いっきり大きく手を振ってきた。
私がニコッとしながら窓の内側で小さく手を振ったら、 安心したようにニカッと笑顔を浮かべて、 車に乗り込んでいった。
明日が来るのが楽しみなような怖いような、 そんな落ち着かない気持ちを抱えたまま、 私は1人、 段々と遠く小さくなっていく車の音を聞いていた。
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