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10、夢を挫折した思い出 (3)
しおりを挟む「おい、ライト1個増やして」
「はい!」
「バカヤロー、そっちじゃねえよ! こっち側に置くんだ!」
「はいっ!」
アシスタントカメラマンの仕事は過酷だ。
先輩アシスタントの言うことは絶対で、カメラマンは神様だ。
カメラマンが作りたい世界を創造するために、使徒である俺たちはスタジオ中を駆け回る。
アシスタントカメラマンになって3年目。この辺りで大抵の人は自分の将来の岐路に立たされる。
優秀なカメラマンに取り入って新しいスタジオに移る者、一歩踏み出して独立する者、才能に見切りをつけて他の仕事に就く者……。
先月、29歳の先輩アシスタントが辞めて行った。web広告を扱う会社に転職するらしい。
彼は大学を卒業してから7年間、アシスタントの仕事をしながら様々なコンテストに写真を応募してきたが、残念ながらチャンスを掴むことが出来なかった。
『木崎君はさ、彼女とかいるの?』
居酒屋でのささやかな送別会の席。
唐突に聞かれた質問に、幼馴染の彼女がいると答えると、
『早いとこハッキリしないと捨てられるぞ』
そう真剣な表情で言われた。
彼は泣き上戸なのか、目を赤く潤ませながら、無念さを口にした。
付き合って5年になる、同じ歳の彼女がいる。
薬剤師の彼女は、アシスタントの過酷さも貧乏も理解してくれて、支えて来てくれた。
『最近さ、溜息が増えたんだよ』
嫌味を言うでも愚痴る訳でもない。
だけどぼんやりとテレビの画面を見つめながら、頬杖をついて深い息を吐く。
『俺がこの溜息を吐かせてるんだよな。いつまでこんな顔させてるんだろうな……って思ったら、いたたまれなくてさ』
だから、30歳を前にケジメをつける事にしたのだそうだ。
ーー溜息か……。
彩乃も俺のいないところでこっそりと溜息をついているんだろうか。
不確定な未来を不安に思っているのだろうか。
ーーだけど、俺たちはまだ若い。
目の前の先輩は29歳まで7年間粘った。
俺はまだ3年目の23歳。7年目になるまでは、まだ4年も猶予がある。
そこまで考えてゾッとした。
ーー俺は、今からまだ4年間も彩乃に溜息を吐かせて構わないと思っているのか……。
自分と彩乃との格差に鬱々としながらも、日々の仕事に追われてコンクール応募さえままならない日々。
なのに、いつかどうにかなるだなんて、希望的観測もいいところだ。
ーー身勝手にも程がある。
実は俺は今までにもいくつかコンクールに作品を応募してみたことはあった。
素人が趣味でやるような小さなものなら佳作や優秀賞を取って賞金を貰った事もあるけれど、プロの登竜門となる有名なコンクールとなると全く引っ掛からず。
素人とプロの壁を破れずにいる俺は、やはり素人止まりなのかも知れないな……なんて考えながらも、心の何処かでは諦めきれず、どうにかしてその壁を越えられないかと足掻いていた。
「俺さ、次のコンクールで駄目だったら、今のスタジオ辞めるわ」
「えっ?」
真夜中の彩乃とのFaceTime 。
ここ最近ずっと考えていた事を彩乃に告げたら、しばらく黙り込んだ後で、「雄大はそれでいいの?」と聞かれた。
ーーいいも何も……。
「誰もがやりたい仕事に就ける訳じゃないし、新しい環境で新しい夢に出会うかも知れないだろ? それにまだ、そうなると決まったわけじゃない」
「……うん、そうだね。私は雄大がしたい事をしてくれればいいよ」
彩乃は、俺が決めた事を尊重するし、俺が選ぶ道を応援すると言ってくれた。
ーーだったら最後に足掻いてみるしか無いよな……。
忙しい仕事の合間に写真を撮りまくって、これぞという数枚を応募した。
結果は落選だった。
ーーまあ、現実はこんなもんだよな。
崖っぷちに追い詰められて火事場のくそ力を発揮したら、もしかしたら奇跡が起こって……なんて、心の何処かで甘い夢を見ていた俺は、己の実力を思い知った。
「……駄目だった。ちゃんとした仕事を探す」
「そう……お疲れ様でした」
「なんだよ、俺以上に落ち込むなよな! これからはバリバリ仕事してお金を稼いで、ブランドもののアクセサリーでも買ってやるからさ。楽しみに待ってろよ」
「……うん、待ってる。ペアのマグカップが欲しいな……」
「ペアのマグカップか……分かった。ハート柄とかは勘弁な」
「……それじゃ、ハート柄のピンクとブルーね」
「マジか」
「ふふっ……」
それから3日後に退職願を出して、1ヶ月後にアシスタントを辞めた。
23歳の春だった。
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