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おかえり、またね。 (3) side 成瀬
しおりを挟む「それで、これが脚本のドラフト。出来るだけ小説に沿って仕上げたつもりだけど、原作者の意見を聞かせてくれないかな」
麻布台の裏通りにひっそりと佇む、隠れ家的な和風フレンチの店。
完全予約制のその店には、カウンター席とテーブル席の他に1つだけ個室があって、人目を気にする業界人カップルが好んで利用している。
僕と彩乃は恋人同士ではないけれど、2人でいればそれなりに目立つ。
彩乃がヒロインのオファーを受けてくれた時点で、この店に速攻で予約を入れていた。
本音を言えば、落ち着いた空間でゆっくり話をしたかったというのもある。
「分かりました。帰ったら読んで感想を送らせていただきますね」
すぐに紙の束をバッグに仕舞い込むのを見て、ここで読むつもりは無いのだな……と、少しガッカリした。
彩乃が読んで意見を言って、それについて僕が答えて……そんな風に言葉のキャッチボールをしながら距離を縮められたらいいな……なんて思っていたのだけれど、彼女には全くその気が無いらしい。
ーーいや、むしろ早く終わらせて帰りたいのかも知れないな。彼と住んでいた、思い出のアパートに……。
本当ならば脚本の下書きなんて、メールで送って読んでもらっても良かったんだ。
それをわざわざ、「ドラフトの確認をして欲しいから」なんて無理やり理由づけて誘っても、結局このザマ。
どこまでも情けないな……と思う。
「木崎君が部室の窓からグラウンドを見つめて僕と話すシーン、小説に無い会話も追加してるんだけど、大丈夫かな」
「えっ、そうなんですか?」
「うん、実際に僕と交わした会話だから、リアリティはあると思う」
「実際に?! 雄大は何て言ってたんですか?!」
途端にパアッと表情を明るくして前のめりになる。
ーーああ、やっぱりな……。
昔からそうだ。
彼女は木崎君の話題になると饒舌になる。
高校時代も、写真集のモデルの時も、そして今だって。
そしてそれが分かっていて、わざわざ自分からライバルの話題を振る僕は、救いのない大馬鹿野郎なんだろう。
ーーだけど、それでも……。
彼女が喜んでくれるのが……僕に笑顔を見せてくれるのが、嬉しくて堪らないんだ。
たとえその笑顔が僕を素通りして、思い出の中の彼に向けられていたとしても……だ。
「木崎君がさ、『アイツはポニーテールがピョンピョン跳ねてるから目立つんですよ』って言うからさ……」
『木崎君さ、あんなに沢山部員がいても、幼馴染だと、すぐに見つけられるものなの?』
『いや、アイツはポニーテールがピョンピョン跳ねてるから目立つんですよ』
『ポニーテールの子なんてウジャウジャいるでしょ』
『う~ん……だけどアイツのは違うんですよ。なんかピョンピョンしてて、とにかく目に飛び込んで来るんです』
こんな話をすれば彼を惚れ直させるだけだって分かっているのに、他にどんな話をしたら喜んで貰えるのか見当がつかない。
これでもそこそこモテて来たのにな。中学生の初恋かよ!……って自分で突っ込みたくなる。
「そうなんですか……雄大がそんな事を……」
案の定、彼女の表情がこの上なく柔らかくなる。
三日月みたいに目を細めて。
懐かしい顔を脳裏に浮かべながら……。
君はフワッと微笑んだ。
ーーああ、綺麗だな……。
ひまわりのような大輪の笑顔も、涙を薄っすら浮かべた朧月みたいな儚げな微笑みも。
彼女の中では木崎雄大の存在は永遠で。
『おかえり、またね』
写真につけたタイトルが、彼女の願いをそのまま語っていて……。
ーー君はいつまで、彼の帰りを待ち続けるんだ?
ふと気付くと、彼女が右手の親指で左手の薬指を撫でている。
「それってさ……癖なの?」
「えっ?」
「薬指。 僕が君の事務所に行った時も、話しながらそうしてたよね」
まるでそこに何かがあるかのように。
そう言えば、彼女が書いた小説では、死後、アパートに会いに来た恋人が指輪を持って逝ってしまうのだったな。
「木崎君が事故に遭った時に持っていた指輪って……どうなったの?」
報道によると事故現場には歪んだ指輪と花びらの散った花束が落ちていて、彼がプロポーズするつもりだったのだろうと同情的に報じていた。
「……ありますよ」
「彩乃が持ってるの?」
「はい……持ってます。ずっと……一生…」
そう言いながら再び薬指を撫でる。
愛おしそうに、嬉しそうに……そして寂しそうに。
そんな彼女を見て、僕は苦しくなって、泣きたいような気分になって……。
だけどやっぱり彼女の笑顔を見たいから、彼女が愛する彼の話をして、彼女の笑顔を見て、また胸がギュッとして。
不毛だな……って思うけれど……。
ーーだけど彩乃、君は生きているんだ。
目の前にいる、生きている僕を見てよ……って言ったら、きっと今の君はサッと躊躇なく逃げて行くだろうから……。
「そう言えばあの頃、木崎君がさ……」
僕はまた、笑顔で彼の名前を口にする。
彼に囚われているのは、僕も同じなのかも知れない。
*
パシャッ! パシャパシャッ! パシャッ!
カシャカシャ!カシャッ!
「森口さん、成瀬さん、もう少し近付いていただけますか?」
「こっちに笑顔、お願いします!」
パシャパシャパシャッ!
目も眩むような無数のフラッシュ。
点滅する光の中で、隣の彼女は完璧なモデルスマイルを浮かべている。
ふと見ると、彩乃は薬指を触っていて。
僕の視線に気づいた彼女が僕を見て、フッと妖艶に微笑んで。
ーー僕がもらえるのは、せいぜいこんな作り笑いなんだ。
パシャッ!パシャパシャパシャッ!
シャッターチャンスとばかりに一斉に焚かれるフラッシュ。
ーーみんな分かってないな。彼女の本当の笑顔は……最高の瞬間は……。
『ねえ、木崎君の何処がそんなにいいの?』
『えっ、私、自分の気持ちを先輩に言ったことありましたっけ?』
『言ってないけど、丸わかりだから』
『えっ、恥ずかしい!』
『ハハッ』
『なのにアイツは全然気付いてないんですよね~、鈍感過ぎですよね!』
『鈍感なヤツが、そんなにいいの?』
『フフッ……いいんです』
『……自分で自覚してる? 君、かなりモテてるよ。男なんて選び放題だよ。それでも木崎君がいいの? 彼のどこがそんなにいいの?』
『えっ、だって、あんなお馬鹿、私以外に付き合い切れないじゃないですか~。しょうがないから、私が彼女になってあげようかな……って』
『……好きなんだね』
『ふふっ………大好きですよ』
前髪を勢い良く掻き上げて、フルッと顔を振って。
若く張りのある白い肌から弾かれた水滴が、周囲にパッと弾け飛んだ。
何の飾り気もない、純粋で光り輝く笑顔。
パシャッ!
思わずシャッターを切っていた。
あの夏の日の笑顔に、僕は囚われたままだ。
Fin
*・゜゚・*:.。..。..・**・*:.。.. .・**・゜゚.。.:*・゜゚・*
番外編『おかえり、またね。』全3話、終了です。
写真展の1日を通して、雄大と彩乃と成瀬先輩のその後を描かせていただきました。
生前は思うような生き方が出来ず、これからやっとと言う時に不遇の死を迎えた雄大。
亡くなった恋人を忘れられない彩乃。
恋人を忘れられない女性を想い続ける成瀬。
みんながみんな報われない、理不尽なお話ですが、実際の人生は思うようにいかない事ばかりで、何でもかんでもハッピーエンドなんかじゃないと思うんです。
そんな中で一生懸命に足掻き続け、日々の暮らしの中でささやかな幸せを喜んで、また少しずつ前に進む……そんな姿を描きたいと思いました。
次は成瀬先輩目線の雄大と彩乃のお話です。
こちらは切ないながらももう少し柔らかくてキュンとした空気のお話になると思います。
その後のifストーリーで番外編も完結です。
お時間のある時にチラッと目を通していただけたら幸いです。
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