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<< 君の初恋 side成瀬 >>
5、仄暗い感情
しおりを挟む部活が無い放課後、木崎君はいつもの窓際の席で、宿題をしつつ、外を眺めている。
僕も最近は、特に用事が無くても部室に来る日が増えている。
彩乃の笑顔が見れるから。木崎君の肩越しに……だけど。
真下でダンスの練習が行われている特等席は彼が独占しているから、僕は彼の後ろからぼんやり立って眺めているか、隣の窓際に立って、何気ないフリをして斜め下の練習風景を見るかくらい。
今日は立って写真を陽にかざして眺めているフリをしながら、木崎君の後ろからそっとグラウンドを覗き込んでいる。
ダンス部員が2つのグループに分かれて振り付けの練習をしているのが見えた。
彩乃は2つのグループの上手い方……レギュラーチームの輪の中にいる。
木崎君に気付いたんだろう。彩乃がパアッと明るい笑顔を見せて、小さく手を振って来た。
目の前のアイツがクスッと笑ったのが見えた。
頬を緩ませながら「よっ」と片手を上げる。
青春だなぁ、おい。
彩乃が口をパクパク動かしながら、こちらを必死で指差している。
「ふっ……分かってるよ」
小さな呟きが聞こえた。
「おう!」
木崎君が軽く頷いて見せると、彩乃は安心したように頷き返して、ダンスの練習を再開した。
見事なアイコンタクト、阿吽の呼吸だ。
『終わったらそこに行くから待っててね』
『おう、分かってる。ちゃんと待っててやるよ』
そんな会話が聞こえるようだ。
ジリッと胸が焼ける。焼け焦げた燻んだ臭いが鼻をくすぐったような気がした。
どす黒い感情が身体の奥から迫り上がって来る。
これは嫉妬と……微かに芽生えた嗜虐心。
ーー君はいいよな、あの笑顔を独占出来て。
「森口さん、綺麗だよね」
後ろから声を掛けたら、アイツの肩がビクッと跳ねた。
振り向いたアイツに余裕ありげな微笑みを向けて、隣の席に座る。
ゴクリ……と、唾を飲む。
「君たちって付き合ってるの?」
彼が入部してすぐの頃に、既に他の部員が聞いたセリフ。
だけど僕は、あえてもう一度聞いてみる。
多分彼がこう答えるだろうと知りながら、もう一度それを確認するように、言い聞かせるように。
「えっ?」
「森口さん……いつも一緒に帰ってるよね。木崎君の彼女なのかな」
ドラマや小説に出て来そうなお約束のセリフ。
そしてそんな時、真面目で不器用なヒーローは、こう答えるって決まっているんだ。
「いえ、俺たちは……」
動揺してパチパチと瞬きを繰り返す瞳を真っ直ぐに見つめ、その先の言葉を黙って促す。
「俺たちは……ただの幼馴染です」
「だったら僕が彼女にモデルを頼んでも構わないよね?」
「別にいいんじゃないですか? 俺の許可なんて必要ないですよ」
予想通りの返事に安堵する。睫毛を伏せてギュッと拳を握り締めているのに気付きながらも、僕はそれを見ていないフリをする。
だって君は何もしていない。
何年も彼女の隣に立ちながら、あれだけあからさまな好意を向けられながら、幼馴染の立場に甘んじて、自分からは何一つ行動に移そうとしていないじゃ無いか。
後発組の僕がなんとかしようと思ったら、先制攻撃で奇襲を仕掛けるしかないだろう?
「お疲れ様……森口さん、僕の写真のモデルになってくれないかな」
彩乃が部室に上がってきたと同時に声を掛ける。
彼の気が変わらないうちに速攻を掛けた。
内心では心臓がドクドク早鐘を打っていて痛いほどだったけれど、あくまでも平常心を装う。
ここで少しでもガッついた空気を出せば、彼女が警戒して速攻で断るに決まっている。
王子の笑顔で、あくまでも爽やかに。
『写真のモデルとして』、『作品のために』協力を求める。
軽やかな笑顔を浮かべて、サラリと……。
「えっ、でも……」
彩乃が困惑した表情で木崎君を見たから、僕はアイツの顔をジッと見る。
ーー別に構わないって……ただの幼馴染だって言ったよな?
今度は僕とのアイコンタクトだ。
「いいんじゃね? 先輩ならお前のこと、少しは美人に撮ってくれるんじゃないの?」
伝わった。
「雄大の馬鹿っ! 失礼!……分かりました。先輩、よろしくお願いします。アイツが見惚れちゃうくらい美人に撮って下さいね!」
「ハハッ、それじゃ決まりだ。森口さん、よろしくね」
唇を噛み締めて作り笑いを浮かべていたアイツ。
だけどそれには気付かないフリをして、彩乃に右手を差し出した。
ズルイって? 卑怯だって?
だけど僕は、彼にちゃんと気持ちを確認したし、許可も取った。
そのうえで彼女本人にモデルを依頼してOKを貰った。
ーーただそれだけの事……そうだろう?
その時はそんな風に思っていたんだ。
こんなのは、絶対に揺らぎようのない2人の間に、ちょっとだけさざ波を立たせる程度のもので……。
どうしたって割り込めそうもない2人の関係に、片足の、ほんのちょっと爪先だけを挟み込んでやろうかな……ってくらいの、意地悪な感情。
この頃はまだ、この仄暗い感情が『恋』だとは、自分でも自覚していなかったと思う。
いや、薄っすら気付きながらも目を逸らしていたのかな。
とにかく僕は、写真にかこつけて、彩乃にどうにか自分を意識づけようと、必死で足掻いていたんだ……。
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