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<< バレンタイン番外編>>
あの日のバレンタイン
しおりを挟むパシャッ! パシャパシャッ!
カシャカシャカシャッ!
『森口さん、主演女優賞受賞、おめでとうございます!』
『今のこの気持ちを誰に伝えたいですか?』
無数のフラッシュとシャッター音に囲まれながら、私は堂々と背筋を伸ばし、こう答えた。
「はい、私の最愛の人、木崎雄大さんに」
頬を伝う涙を拭おうともせず悠然と微笑む私を、一層多くのシャッター音が包みこんでいった。
*
毎年2月14日に発表される『バレンタイン映画賞』は、その前の年に上映された恋愛映画のなかから優れた作品に授与されるもので、新人俳優の登竜門とも言われている。
昨年私が主演した『思い出さなければ良かったのに』は、その映画賞で最優秀作品賞や音楽賞など、5部門での受賞を果たして注目を浴びた。
私は最優秀新人賞と最優秀主演女優賞をダブル受賞し、それと同時に原作となった小説や雄大の写真が再び脚光を浴びることとなったのだった。
受賞後は各雑誌社からのインタビューがあり、作品にちなんだことはもちろん、バレンタインに絡んだ質問も多くされた。
『バレンタインデイの特別な思い出は何かありますか?』
そう聞いた記者は、もちろん雄大に関する話を期待していたに違いない。
お涙頂戴の感動的な話は人々の心を揺さぶり、興味を引く。
それはきっと、彼らの雑誌の売上に大きく貢献してくれるのだろう。
私はそんなことに関係なく、躊躇なく雄大の名前を出した。
だってみんなに知ってほしい。
私達はあんなに愛し合っていた。
彼はあんなにも私を愛してくれていたのだ……と。
「そうですね、彼と過ごした長い年月では何度も一緒にバレンタインデイを経験してきましたが……すぐに思い浮かぶのは、同棲してすぐのバレンタインデイですね……」
*
それは私達が24歳のとき。
私がねだった誕生日プレゼントを雄大が叶えてくれて、同棲生活をはじめて3ヶ月ほど経ったバレンタインデイのことだった。
同棲生活をはじめて最初のバレンタインデイ、しかも日曜日。
雄大と一緒に過ごしたいのはやまやまだったけど、私は昼間にファンとのバレンタインイベント、その後は写真撮影やテレビ番組の収録があって、帰宅が夜の0時過ぎになってしまった。
「ごめん、雄大、待った!?」
マネージャの車を降りると、私はアパートの部屋に駆け込んだ。
『今日は遅くても夜10時までには仕事が終わる。帰りにチョコレートケーキを買って帰るから、一緒に食べよう』
そう言ったのは私なのに、収録が長引いてこんな時間。
もう有名洋菓子店は閉まっていて、帰りにコンビニに寄ったけれどチョコレートケーキは売っていなかった。
仕方なくバレンタインデイの余り物の赤いパッケージのチョコレートを買ってきたけれど……
ーーバレンタインデイなのに、一番大切な人と一緒に過ごせなかった。
『ごめん、ケーキは売り切れだった』
雄大に電話をしたら、『いいから帰ってこい。待ってるからさ』
そう言ってくれたけど、申し訳ないやら悔しいやらで、私は泣きたい気分だった。
アパートに入ってすぐに、甘い匂いに気がついた。
ーーえっ?
見ると、食卓がわりのローテーブルの上にはホットケーキ。
2枚重ねで2人分用意されている。
「えっ、どうしたの? これ……」
「見てのとおり、ホットケーキ」
ソファーから雄大が振り向いてニコリと笑う。
「そうじゃなくて、どうしてホットケーキ?」
「ん、だっておまえさ、電話で泣きそうな声してるから……ケーキなんか売り切れてたって大丈夫だって言ってやりたくて……」
それを聞いた途端、私はハンドバッグを放り投げて雄大に抱きついていた。
「バレンタインデイなのに、どうして雄大がホットケーキを焼いてるの~!? 私からチョコレートケーキをあげたかったのに~!」
本当は手作りしたかったのに忙しくて出来なくて、せめて美味しいケーキを買って帰りたかったのに、それも出来なくて……
「私は彼女失格だよ~! だけど嫌いにならないで~!」
ギュウギュウ抱きついて泣きわめく私を、雄大は「ハハッ、ブサイクな泣き顔だなぁ~」って笑いながら、それでも優しく抱きしめてくれた。
「彩乃、知ってるか? 海外ではバレンタインデイって大切な人に贈り物をする日なんだぜ。女からとか恋人だとか関係なく、自分が感謝をしたいと思う人にその気持ちを伝える日なんだ」
雄大は私の肩をグッと掴んで引き離すと、ニッと白い歯を見せる。
「だからさ、俺はホットケーキを焼いた。いつも仕事を頑張ってる彩乃に、お疲れ様、そして俺と一緒にいてくれてありがとうの気持ちをこめて。それでいいじゃん」
そう言われて私はまたわんわんと泣いた。
「彩乃から電話が来てからすぐに焼いたんだよ。だっておまえ、泣きそうな声してたからさぁ」
そう言って雄大が差し出してくれたホットケーキは焼きたてで、めくると裏側が焦げていた。
「……黒いね」
「文句言うなよな、台所にあったホットケーキミックスを猛スピードでかき混ぜて頑張ったんだから。明日は絶対に腕が筋肉痛だよ」
「うん、嬉しい。ありがとう」
鼻を啜りながら、自分も一応チョコレートを買っていたことを思いだす。
「そうだ、チョコレートケーキはダメだったけど、チョコはあるんだよ」
さっき放り投げたバッグを漁り、中からハート型の赤いパッケージを取り出した。
「こんなのでごめん。そしてバレンタインデイを過ぎちゃって、もっとごめんなさい」
肩をすくめながら差し出すと、雄大は「わざわざ買ってきてくれたんだな。ありがとうな」と言って箱のフタを開ける。
それはよくあるアソートで、カラフルなチョコレートが並んでいた。
「おっ、美味そうだな。ってか、これをホットケーキに乗せたらチョコレートケーキじゃん!」
名案を思いついたというように、雄大が早速チョコをホットケーキに乗せる。
それはゆっくりと溶けて、ホットケーキの表面をジワジワと茶色に染めていく。
「なんか見栄えが悪いな」
「うん……中途半端に溶けてて微妙」
2人で顔を見合わせて笑って、それでも味は美味しいねって、あっという間に完食して。
「雄大、遅くなったけど、ハッピーバレンタイン!」
「おう、ハッピーバレンタインデイ」
「来年のバレンタインデイは頑張るからね」
「頑張るって何をだよ。もうケーキとかはいいからさ、いっぱいキスしようぜ。愛の日なんだから、もうそれでいいじゃん」
「ふふっ、雄大、エッチだ」
「……悪いかよ。ホットケーキのご褒美くれよ」
「ご褒美じゃなくてもいっぱいキスするに決まってるでしょ! エッチもするよ! 今日はサービスしちゃうよ!」
「ハハッ、そんじゃ、よろしく」
夜中の1時過ぎからいっぱいキスして抱きあって。
そんな時間がとても楽しくてしあわせで。
それが来年もその次の年もずっとずっと続くと信じて疑わなかったあの頃。
もう二度と戻ることは出来ないけれど……私はずっと忘れないし、毎年この日になれば、私の中で鮮やかに蘇るのだ……。
*
「—— だから私にとってあの年のバレンタインは、最低だけど最高な思い出なんです。そして今後もあの日を超えるバレンタインデイは二度と来ないでしょうね」
私がそう締め括ると、インタビュアーは良い記事が書けると大喜びで帰っていった。
マネージャーに送られてアパートに帰ると、雄大の遺影の前にチョコレートケーキを置く。
「雄大、今年はちゃんとケーキを買ってきたよ。だけど私は……雄大の真っ黒焦げなホットケーキの方がいいな……また食べたいな……」
ホールのチョコレートケーキにそのままフォークを刺して、黙々と口に運ぶ。
「こんなの1人で食べたらさ、絶対に太るじゃん……一緒に食べてよ、バカ雄大」
『いいじゃん、おまえ胃下垂だから太らないって。ほら、ハッピーバレンタインデイ!』
そう言う雄大の声が聞こえる気がして、だけど何も聞こえなくて。
私は涙と鼻水を垂らしながら、チョコレートケーキを黙々と食べ続けた。
Fin
*・゜゚・*:.。..。.:* .。.:*・゜゚・** .。.:*・゜゚・*
今回はバレンタイン番外編なので明るい話にしようと思っていたのですが、何故かこんな感じになっていました(涙)。
ですが2人は楽しいしあわせなバレンタインデイをちゃんと過ごしていたんだよ……というお話です。
しあわせな日にどんよりした感じでごめんなさい。
いつかハッピーエンドのifストーリーを書いてあげたいです。
それでは皆様、Have a Happy Valentine’s Day💕
2021年2月14日
田沢みん拝
60
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みんなの感想(110件)
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続けて 頑張ってくださいね♪
ものがたりだいすきみかん様、
素敵な感想をいただきありがとうございました。とても嬉しいです!
ハッピーエンドが好きですが、こういうビターなお話もたまに書きたくなります。
今後も精進しますので見守ってやってください☺️
いつもドキドキしたり切なかったりほっこりしたりと新作を楽しみに読ませて頂いてます。
今回たまたまタイトルで読み始めて、想い合う幼なじみの不器用な恋愛に焦れったいやら、ほほえましい気持ちでハッピーエンドの流れかな?って思ってたんですが…。
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数年前の作品を読んで、田沢さんの作品に惹かれる事に改めて納得しました。
これからの作品も楽しみにしてます。
アマキ様、こちらこそ素敵な感想をいただきありがとうございました☺️✨
他作品みたいないわゆる『ハッピーエンド』ではないので好みが分かれるかと思いますが、気に入っていただけてよかったです。
本当にありがとうございます🙏🏻✨
何回も読み直しています。何度も読みたくなる、ふたりの物語をありがとうございました。心が、わしづかみされて、涙が溢れてきます。ふたりの一途さ、不器用さ、夢に向かう想い、素敵な話に出会えたことに感謝です。ありがとうございました。
田沢さんの作品どれも愛が溢れていて、大好きです😆💕
これからも、素敵な作品を楽しみにしています。
hikari様
こちらこそ、いつも丁寧な感想をいただきありがとうございます。
このお話は私にしてはひたすらウジウジしていてラストもアレなお話なのですが、御曹司でもスパダリでもない男の等身大の恋愛を描けて自分の中ではかなり気に入っているお話です。
そのお話を褒めていただけてとても嬉しいです。
本当にありがとうございました。