今度は、私の番です。

宵森みなと

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第十五話 軍務卿との再会、そして新たな盟友

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軍務卿ディオランとのやりとりから三日。
再び、王城へと呼び出された――建前上は「第三王女ティアナのご招待」という体だったが、目的地はやはり、あの男の元だった。

学園生活も軌道に乗り始めた矢先、またこの展開かと内心で盛大にため息をつく。ティアナ殿下の同行という形にしたとはいえ、学園側には配慮が必要になる。やれやれ、そんな気苦労を抱えながら、私は重々しい扉の前で小さく息を整えた。

「失礼致します」

ノックの音に続いて扉を開けると、そこには見知った顔――ディオランの他に、軍服を着た年配の男たちが二人。海軍元帥と陸軍元帥、とのことだった。見た瞬間に悟った。どうやら――私の存在、とうとう「軍」に知られてしまったらしい。

「お初にお目にかかります。サフィール伯爵家の次女、王立学園高等部・特別科一年、セレスティアでございます。ディオラン様より本日お呼び出しを頂戴いたしましたが、ご多忙のようであれば改めて伺いましょう。それでは――」

そう言って踵を返しかけたところで、低い声が響いた。

「待て!こっちから呼んでおいて、なんですぐ帰ろうとするんだ。座れ」

「……」

いきなりの粗野な物言いに面食らいつつも、彼の眉間の皺と深いため息に、少しだけ哀れみを覚える。

「ティアナ王女、セレスティア嬢、どうぞこちらの席へ」

ようやく言い直された丁寧な招きに、私は軽くティアナ殿下へ会釈し、隣に座った。

「今日お越しいただいたのはな、セレスティア嬢。君の存在と能力について、軍部の上層に知られてしまった。それで説明を求められて、ティアナ王女にも協力をお願いしたのだ」

「なるほど。で、軍部の皆様は、私にどのような説明をお求めで?」

私がそう問いかけると、口を開いたのは陸軍の元帥――サマール将軍。

「創造魔法、という便利な能力が存在するのに、なぜ軍が把握していなかったのか、それを知りたくて来たのだ」

「それはお困りでしたね。では、海軍のサミエル元帥は?」

「……まあ、俺も同じだ。そんな力があるなら、軍の戦力としても使える。なのに、なぜ騎士団だけが情報を握っていたのかと」

「あら、それはつまり……軍部が“情報を持っていない”ことが不満だった、ということでしょうか? 騎士団に先を越されたのが気に入らなかった、と」

わざと小首を傾げて問えば、両名とも苦々しい顔を浮かべた。ふふ、図星かしら。

「そもそも、騎士団と軍部には“情報を秘匿する”という約束の上で協力していたわけでして。いつの間にか騎士団が知っていたのは、わたくしも約束を破棄された立場で、私やディオラン様にその矛先を向けられても困りますの」

軽く息を吐き、私はゆっくりと彼らに視線を合わせた。

「創造魔法――それは、ご想像通り、武力への転用も可能です。だからこそ、扱いを間違えれば国を戦火に落としてしまう。私は申し上げましたの。“貴族の責務”などという曖昧な言葉ではなく、“明確な目的と手順”を示していただければ検討の余地がある、と」

「なのに先日渡された記録とやら、何が言いたいのか、さっぱり。戦略の柱もなく、効果測定も曖昧、方針すら霧中。そんな書類で協力しろなど、どこをどう読めば?」

声を抑えてはいたが、苛立ちが混じるのは仕方ない。口を尖らせて続けた。

「私は曖昧な協力を形に出来る全知全能の神ではありませんの。王立学園に通う、たった十三の少女。そんな私一人に国家の命運を預けるなど、正気の沙汰とは思えませんわ」

「……反論があれば、どうぞ」

そう言い切った瞬間、部屋は静まり返った。元帥二人は互いに顔を見合わせ、首を振るだけだった。

私は席から立ち、ディオランに向き直る。

「これ以上、呼び出されていては学園生活に支障が出ます。今後は“星の日”――週に一度、ディオラン様のご自宅に伺いますので、そこで進捗の確認やご意見を承ります。それでよろしいでしょうか?」

「……ああ、それで構わん」

「では、失礼致しますわ。ごきげんよう、皆さま」

そう一礼し、ティアナ殿下とともに部屋を後にする。部屋を出た瞬間、背後で「海軍に欲しい」「陸軍にだな」と同時に呟く声が聞こえ――

「――だが、口が悪い」

「本当にそれ」

という、静かな、けれど全会一致の結論が聞こえた。


---

その日の夕刻、ティアナ殿下が自室へと私を招いてくださった。

「今日はありがとう、セレスティア。ディオランも、かなり助かったと思う」

「いえ。頻繁な呼び出しが減るかと思うと、むしろほっとしております」

ティアナ殿下は、少しだけ視線を落とし、そしてぽつりと呟いた。

「セレスティア、もしよければ――わたくしと、友達になってくれないかしら」

「……友達?」

「兄と姉が継承候補で、私は蚊帳の外。だからこそ、心から信頼できる人が欲しかったの。ナイラ嬢のようにでなくても、クラスメートとして、あなたと少しずつ仲良くなれたらと」

その言葉に、私は微笑んだ。

「こちらこそ、よろしくお願い致しますわ。ただし――わたくし、大変口が悪くて、クラスでは猫を何重にもかぶっておりますけれど、それでも良ければ、ぜひに」

「ふふ、構いませんわ。そういうところも含めて、セレスティア嬢ですものね」

二人は静かに笑い合い、そしてそっと、手を取り合った。
王族と貴族、継承から遠ざかった者と自由を求める者――奇妙な巡り合わせの先に、生まれたばかりの友情が、確かに芽吹いていた。
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