今度は、私の番です。

宵森みなと

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第七十二話 災害の予兆

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誕生日から数日が過ぎ、いよいよ出勤初日を迎えた私は、玄関を出た時点で既に足取りが重かった。どうにも、あの夜の記憶が曖昧すぎて、不安しかない。出勤という名の戦場で、私がまず最初にするべきことはただ一つ。……謝罪である。

局の扉を開けた瞬間、気持ちを切り替えて一歩踏み出す。

「おはようございます。先日は、お忙しい中わたくしの誕生日にお越しくださり、贈り物まで頂き、本当にありがとうございました。そして……大変申し訳ありませんが、あの夜の記憶があまりなく、皆様に何かご迷惑をおかけしたのであれば、心よりお詫び申し上げます」

思い切って言ったものの――返ってきたのは、まさかの沈黙。

……無言。

や、やだ、なにそれ怖い。何をしたの、私。何を見せたの、私。

と、冷や汗がつたった瞬間、レオナがふわりと笑ってくれた。

「セレスティア様、どうかお気になさらないでください。私たち、微笑ましく見守っておりましたから」

エリーナも柔らかく笑って、「とっても可愛らしかったです。むしろ、いつもと違う一面を知れて、私は嬉しかったですよ」

ミオナも瞳を輝かせながら、「ご家族の仲の良さが伝わってきて……ほっこりしました」

え……? 微笑ましい? 可愛い? 家族仲良し……?

その単語だけで推し量る限り、さほど深刻な醜態は晒していない、はず……? なら、大丈夫よね? たぶん。

「……なら、良かったですわ。家族も何も教えてくれませんでしたので、粗相があったらと心配しておりましたが……少し酔った程度なら……平気ですよね」

安堵して笑みを返しつつ、ふと男性陣に目をやれば――サッと全員が視線を逸らした。

何それ、逆に怖いわ。

とはいえ、私は引きずらない女。こういう時は、さっさと気持ちを切り替えるに限る。そうして局長室へと入り、いつものように机の上に積まれた書類に目を通し始めた。報告書、申請書、備品管理……いつものルーティンを経て、ふと一通の報告文に目が留まった。

提出者名――セリーヌ侯爵。

報告内容は、ルクリツ公国における魔石採掘場で小規模な崩落が続いているというもの。以前訪れた地で、レオナと共に外交任務に付いていたことがある。現在のところ大きな被害は出ていないようだが、どうやら大規模な災害の予兆ではないかと懸念されているらしい。もしもの場合、後方支援局の支援を要請したいとの申し出であった。

早急に事情を聞いた方が良いだろう。私はその場で面会を希望する旨を記した書簡をしたため、侍女のマリアに届けさせた。そして、情報共有のためエリオットとエリックを呼び出すことにした。

……一応、表面上はいつもと変わらない対応だった。あくまで表面上は、である。微妙に視線を合わせてくれないあたりに、やはり何かあったことを確信する。

とにもかくにも、今は目の前の案件が優先だ。セリーヌ侯爵からの報告書を見せ、現在面会を打診中であることを伝えると、エリオットが頷きながら「侯爵の報告なら確実性があるでしょう」と呟いた。

ほどなくしてマリアが戻り、セリーヌ侯爵から「できればすぐにでも会ってお話ししたい」との返答が届いた。私は再度返書を記し、後方支援局の会議室でお待ちする旨を伝えた。

会議室へ移動し、ルクリツ公国の地図を展開。後方支援局の各部門長とカースとティナにも声をかけ、状況説明を済ませた頃――扉がノックされ、セリーヌ侯爵が数名の部下を連れて現れた。

中にいた一人の男性が前に出て名乗った。

「何度か顔を合わせておりますが、改めまして。ルクリツ公国外交官次官、ディム=サットンと申します。本日は突然のお願いとなり恐縮ですが、魔石採掘の現場において小規模な崩落が相次いでおりまして、今後の大規模災害を鑑み、事前に後方支援局へ連絡を差し上げた次第です」

「後方支援局、局長のセレスティア=サフィールです。まず一点、現在の崩落は以前の大規模災害とは別の場所で起きていると報告にありますが、確認でございます。発生場所はどちらでしょうか?」

「はい、前回の災害後、主要採掘場は封鎖されております。今回崩落が起きているのは、そこから馬で約二刻離れたヒィレール山の採掘場です」

「対策は講じられておりますか?」

「通路や出入口は土魔法によって岩盤状に強化されており、ある程度の安全確保はなされているようです。しかし、現場の作業員らが採掘中止命令を無視して作業を継続しており、そこが問題です」

その後、各部門長がそれぞれ懸念を示し、特にサマイエルは具体的な質問を投げかけた。

「現場には、地質や魔石の専門家、または変動を感知する魔道具などの設置はあるのでしょうか? 事前の兆候が記録されていれば、被害を未然に防ぐ道が開けると思います」

「私自身は専門外ですので……確認し、必要なら対応致します」

ちょうどその時、カースとティナが緊急対応を終え到着したため、私はこれまでの経緯を簡潔に伝え、必要があれば助言をお願いした。

カースは落ち着いた口調で言った。

「採掘前後での岩盤の違い、地質層の変化、そして振動の記録。これらを把握できれば、安全の目安になるかと思います。もし専門家がいないなら、我々が視察に入っても良いかと」

続けてティナが真剣な表情で語る。

「以前、第三騎士団の要請で出動した際、魔石が“目覚める”現象を確認しました。今回も、もし巨大な魔石が動こうとした場合、その振動が崩落を引き起こした可能性はあります。魔力の波長を調べる専門家が必要です」

私はそれを聞き、セリーヌ侯爵に向き直った。

「こちらからの干渉は出来ませんが、あくまで助言として、これらの内容を公主様へ一度ご報告いただければと思います」

侯爵は深く頷いた。

「うむ、実に有益な助言だ。災害は未然に防ぐのが一番だ。早急に公主へ連絡を入れる。今日は時間を取ってくれて感謝する」

そう言って立ち上がるセリーヌ侯爵に、私はふと声をかけた。

「そういえば……リーリア公女様とは、いまだに文通を?」

侯爵は少し驚いた顔で、やがて表情を和らげた。

「いや、ライオネル公主とは時折やり取りするが、リーリア公女の件は……わしは、ナイラの父であることに誇りを持っているからな。彼女の父親代わりにはなれんと、丁重にお断りした。だから文も交わしておらんよ」

「それなら良かったですわ。ナイラもきっと、安心されると思います」

侯爵は静かに頷いた。

「旅の最中も、そして今も――君が支えてくれていることに、ナイラは日々感謝している。……あの子が語っていた。親友の思いがけない姿を見て、自分ももっと頑張ろうと思ったってな」

そう言って、にやりと笑うと、そのまま背を向け、扉の向こうへと去って行った。

……誕生会で一体、私は何を見せたんだ。

知るのが怖いけど、ますます気になるのだった。
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