今度は、私の番です。

宵森みなと

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第九十八話 静かなる帰還、深まる絆

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後方支援局の扉を開けた瞬間、セレスティアは胸の奥からこみ上げるものを必死に飲み込もうとしていた。しかし、懐かしい顔ぶれが揃い、自分の帰還を歓喜と安堵の眼差しで迎えてくれるのを見た途端、その堰は簡単に崩れた。

「セレスティア=サフィール。皆様のもとに、ようやく…戻ってくることが出来ました。本当に、転移の痕跡もなかった中…それでも…諦めずに探してくださって…ありがとう…ございます…っ」

言葉にならぬ想いが、涙とともに溢れ出す。声は途切れ、震え、胸の内に積もっていた不安と感謝が涙へと変わって落ちていった。その姿に、支援局の仲間たちもまた目を潤ませ、心からの拍手で彼女を迎え入れた。

そんな中、レオンハルトがそっと彼女の頬にハンカチをあて、別の手には水を満たしたグラスを持たせる。セレスティアもそれを当然のように受け取り、礼も言わずにごくりと喉を潤した――そのあまりの自然なやり取りに、支援局の面々は時が止まったかのように静まりかえった。

数カ月の間に、二人の間に育まれた親密さ。その穏やかな距離感が、逆に胸に迫るものを感じさせた。

挨拶と再会の時間を終えた後、セレスティアはレオンハルトと共に、サフィール家へと馬車を走らせた。

「ねえハルト、そういえば、実家での滞在、ほんとに大丈夫?王宮みたいな贅沢はないわよ?」

「俺は軍の野営地でも寝られるから、どこでも問題ない。……できれば、隣の部屋がいいな。寝るとき、手を繋ぎたいから」

「うーん…隣は侍女部屋だけど、聞いてみる。でも……」

「じゃあ、エリーが嫌じゃなければ、同じ部屋でも構わない」

「そ、それは気にするわよ!私生活丸見えじゃない……」

「もう十分見てるが?」

「う……そうだったわね……」

屋敷に着くと、家族と親戚一同が揃い、彼女の無事を心から喜んだ。紹介されたレオンハルトに戸惑いの眼差しが向けられるも、セレスティアはあっさりと「離してもついてくるのよ」とだけ伝えた。

だが、真の衝撃は晩餐の席にて訪れた。

父カイゼルが乾杯の音頭を取り乾杯をしたその瞬間、横からレオンハルトが手を出してセレスティアの杯を止めた。

「だめだ。酔ったら面倒を見なきゃいけないからな」

「ええ~!これ、美味しいのに!」

「療養中に酔って甘えられて、介護が大変だっただろうが」

「ケチっ!」

拗ねたように頬を膨らませるセレスティア。その様子にレオンハルトは果物ジュースを注文し、自らの皿の料理を細かく切って彼女に差し出す。すると、何のためらいもなく「はい、あーん」と受け入れて口を開く。そして、次にはセレスティアが彼に「あーん」を返すという、まるで恋人同士のようなやり取りが自然と始まった。

一瞬、空気が凍った。

呆然とした家族や親戚たちの視線を、セレスティアはようやく意識し「え、なに?」と不思議そうに周囲を見渡した。

「……セレスちゃん、マーレンではいつもそんな食事風景だったのかしら?」

「うん。療養中、自分で食べると食べ過ぎて戻しちゃうから、ハルトが管理してくれてたの。ね?」

「お母上、ご安心を。今後も食事の管理は私がします」

――それは管理ではなく、餌付けでは……と心の声がこだまするも、誰も言葉にはしなかった。

さらに驚きは続く。

「お母様、ハルトの部屋を私の隣にできないかな?ダメなら同室でも良いけど」

その一言に、母の笑顔が一瞬、怖さを孕む。

「……なぜ、他の者ではダメなのかしら?」

「マーレンでね、夢の中で深い闇に沈んでいくの……あれを見ると、何日も起きられなくなるの。ハルトと手を繋いで寝ると、それがなくなるから」

レオンハルトも補足した。

「他の者でも試しましたが、だめでした。私がそばにいることで、ようやく安心して眠れるようです。もし心配でしたら、家族の方で試してみても」

母の表情が和らいだ。

「……今日は、母様が手を握ってあげるわね」

しかし、夜。

母、兄、姉、果ては父まで総動員でセレスティアの手を握ってみたものの、彼女の恐怖は払拭されず、涙を流しながら「寝たくない」と訴え続けた。

そこへ現れたのは、来賓室で待機していたレオンハルト。

彼がそっとセレスティアの手を握った瞬間、彼女は静かに目を閉じ、安らかな寝息を立てはじめた。

その姿を見守っていた家族は言葉も出ず、ただ彼の静かな動作に目を見張った。

手を解き、毛布をかけ、そっと部屋を出た彼は、応接間で家族に向かって、静かに言った。

「記憶喪失の後遺症で自分がエリーを甘やかしたせいで、今のようになったのは確かです。でも……僕は彼女を愛しているので、何も問題はありません」

彼の声は穏やかで、揺るぎなく、静かに響いていた。

――彼が傍にいてくれたからこそ、セレスティアは戻ってこられた。家族はその事実を、深く、重く受け止めていた。
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