想定外の異世界トリップ。希望先とは違いますが…

宵森みなと

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プロローグ

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あの角を曲がれば、いつもの我が家が待っている。くたびれた外観のアパート――名前もレトロで渋い、「コーポ竹田」。その響きすら、今となっては愛おしい。コンクリート製の階段を登るたび、足音がカン、カン、と乾いた音を立てる。これがまた心地よい。

今日も帰ったらYouTubeで都市伝説でも見ながら、冷蔵庫で冷やしておいたビールをキュッといく予定だったけれど……いや、怖い話系のほうが今の気分かも?なんて考えながら、肩からずり落ちそうになったエコバッグを持ち直し、階段の一番奥、私の部屋に向かう。

ちなみに、このアパートがある地名がまたいい。「稲荷ヶ森」っていうんだけど、いかにも異世界への入り口っぽいじゃない?そんなわけで、引っ越すときにはちょっとした冒険気分で決めたんだけど、今のところ一度も異世界には踏み込めていない。

そんなくだらない妄想をひとりで楽しみつつ、今日も扉を開ける。

――開けた、その瞬間。

ん?……今、森……見えた? 気のせい? さすがに疲れてるのかもしれない。連日の残業で、心が摩り減ってる証拠だ。もう一度、気を取り直してドアを開けてみる。

やっぱり森だった。

……えっ?ええ!?

心臓がドクンと音を立てた。けれど、同時に胸の奥からふつふつと湧き上がってきたのは、まさかの期待感。「これ、ひょっとして本物の異世界トリップでは?」とテンションが上がるのを止められない。

いけるとこまで行こう――そう腹を決め、足を一歩、森へ踏み出す。

と同時に背後の扉がスッと音もなく消えていた。

見渡す限り、木々。月明かりが木の葉の隙間から零れ落ち、あたりはぼんやりとした幻想的な光に包まれている。ここ、どこ? というか、マジでやばくない?異世界どころか、普通に遭難フラグが立ってるんだけど。

でも、冷静になれ私。こういう時こそ記録が大事。まずは証拠撮りよ!

そう思って、ポケットからスマホを取り出すと軽く咳払いをしてからお決まりのセリフを口にしてみる。

「……あ~あ~、本日は晴天なり」

もちろん、今は真夜中の森の中だし、晴天でもなんでもない。でも、こういう儀式的なことは大事だ。

録画ボタンを押し、カメラを向けながら、

「現在、私は自宅アパートの扉を開けたところ、なぜか森に繋がっていました。これは、おそらく……異世界?」

と、やや感情を込めすぎた語り口で動画を撮ってみたものの、途中で「あ、これただの森にしか見えないやつ」と気づいて、そっと録画を止めた。

「やっちまったわ。入口から撮ればよかったじゃん……。戻って撮り直す?」と、一応戻るふりをするも、扉は完全に消えたままだった。

「……まあ、いいか」

仕方ないので、そのまま足を進める。スマホの時計を確認して、歩いた時間を覚えておこうとしたのだが、どれだけ進んでも、見えるのは木々と闇ばかり。

――これはあれか、ポツンと一軒家的な何かに出会えるフラグ?と、意味もなく気合を入れたその時。

ザザザッと地を蹴る音が聞こえた。しかも、ひとつじゃない。多数。

馬の蹄の音?いや、なんでこの状況で馬?

まさかの戦国時代にタイムスリップしたパターン?いやいや、私歴史苦手なんですけど!?武将も刀も分からんよ!?と焦りながら、思わず近くの大木の陰に身を隠す。

ドクドク鳴る心臓を押さえて様子をうかがうと、見えたのは――甲冑のような装備に身を包んだ騎士たち。……しかも、西洋風。

「え?戦国時代どころじゃない、どこの中世ファンタジー?」

完全に日本じゃない。いや、地球ですらない可能性もある。とりあえず、今は見つからないように。明るくなったら、どうにかしよう。

そう考えて、木の根元のウロに身を縮めて潜り込み、スマホのライトで辺りを照らす。

エコバッグの中から缶ビールと、さっき買ったおつまみを引き出す。せっかくの異世界だ。とりあえず乾杯しておくべきじゃない?ってことで、プルトップをプシュッと開ける。

「さて、一杯……」

と、顔を上げた瞬間。

――目の前に、さっき通り過ぎたはずの騎士たちが、ずらりと並んでいた。

思わず反射的に言葉が出る。

「……飲みます?」

缶ビールを差し出しながら。

もしかしたら、これが異世界での初接触、最初の一言になるのかもしれない――なんて、思ったりもしていた。
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