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第21話 誓いと別れと、変わる想い
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王都で第一王子が暗殺された――その報せは、瞬く間に国内を駆け巡った。誰が、なぜ、何のために。人々の間では様々な憶測が飛び交い、中でも一番疑われたのは、遠く辺境に身を置いていた第三王子だった。
“都落ち”という屈辱を受けた彼が、その恨みから手を下したのではないか――そんな声すら上がった。
次に名が挙がったのは第二王子だった。王太子の座を巡る目に見えぬ水面下の駆け引きは、常に火種を孕んでいる。だが、意外にも真相はあっさりと明らかになった。
犯人は、なんと王太子妃だったのだ。
第二王子に秘かに想いを寄せていた王太子妃は、第一王子がいなくなれば、自分が自然と第二王子の婚約者になれるのではと考え、暗殺を指示した。妄執とも言える思い込みが、国を揺るがす悲劇を招いたのだった。
暗殺事件は、あまりにも手がかりがなく、ついには辺境にいる第三王子にまで疑いの目が向けられ、王都から呼び戻されようとしていた。だがその直前――王太子妃の“第二の行動”が、すべてを露呈させた。
なんと、第一王子の婚約者が、第二王子の婚約者を密かに呼び出し、毒入りのクッキーを手渡したのだ。苦しむ彼女の叫びを聞きつけた護衛騎士が部屋に駆け込み、未遂で済んだものの、毒の影響で妊娠が難しくなると診断された。
その知らせにより、婚約は白紙となり、絶望した彼女は――自宅で命を絶った。
第一王子の婚約者、つまり犯人は、即日処刑された。
そして、無関係であったはずの第三王子にも、王都への帰還命令が下ることとなった。
*
その知らせの後、サンダーボルトから美咲の元へ一通の文が届いた。
「都へ戻る前に、どうしても会いたい。神殿に来てほしい」
今は事情があって神殿から出られないらしい。美咲は、彼の言葉を無視できず、神殿へ向かった。
案内をしてくれたアイザックとレイモンドの顔が、なぜか苦い。まるで梅干しでも噛んだような顔だった。
「何かあったの?」
そう尋ねても、アイザックは黙したまま。代わりにレイモンドが、短く「いや……なんでもないよ」とだけ答えた。
不審に思いつつ、来賓室へ入ると、そこにはサンダーボルトがいた。そして、その背後には見知らぬ男性が三人。
「サンちゃん……これって?」
「うん、王城から来た者たちさ。昔の側近と、乳兄弟だよ。……お別れの場に、どうしても立ち会いたいって言うから、連れてきた」
彼はどこか照れ臭そうに微笑んだ。昔、彼を裏切った相手だというのに、恨みの色はない。少しだけ苦笑いが浮かんでいる。
「そう。じゃあ、私から挨拶する必要もないわね」
「ああ。しなくていい。今日は……ミサキに伝えたいことがあって」
彼の瞳が、美咲を真正面から捉えた。
「ミサキ。初めて君を見たときから……一目惚れだった。何度か言葉を交わすうちに、どんどん惹かれていった。でも俺には、言えない理由がたくさんあった。……王都に戻れば、またあの厄介な立場に戻る。それでも、後悔だけはしたくないから、今、伝えるよ」
少し息を吸って、彼は頭を深く下げた。
「ミサキ……君を愛してる。他に夫がいても構わない。俺を、その一人に加えてくれないか」
その言葉に、美咲は少し目を丸くしたが、すぐに、柔らかな笑みを浮かべて答えた。
「いいわよ。サンちゃん、変わったもの。前とは全然違う。……がんばり屋のサンちゃんを、1人にしてはおけないわ」
顔を上げたサンダーボルトの目が見開かれる。
「ほ、ほんとうに……!?」
「でも、条件があるの。王様や王妃様が認めてくれなくても、私はサンちゃんを認めてる。だから、安心して都に戻って。……夫の枠は、ちゃんと空けておくわ」
その言葉を聞いた瞬間、彼の目に涙が溢れた。
「……ミサキ、お願いだ。今すぐ婚姻届を出してくれ。俺には……時間がないんだ。都に戻れば、きっとまた、適当な婚約者を押しつけられる。お願いだ。君の夫として、正式になりたいんだ」
静かに考え込んだ美咲は、やがて頷いた。
「いいわ。出しましょう、婚姻届。でも、初夜は認めてくれてからね?」
その答えに、サンダーボルトは涙をこぼしながら、嬉しそうに何度も頷いた。彼の昔を知る元側近たちも、その変わり様にただ驚き、口を噤むしかなかった。
礼拝堂で二人は静かに誓いを立て、初めてのキスを交わした。
そのあと、サンダーボルトが言った感想がまた、彼らしくて。
「ミサキが……可愛すぎて、死ぬかと思った」
少し物騒な表現に、美咲は笑ってしまった。
*
出発の時が来た。
「ミサキ、俺は……本当に、君の夫なんだよな?」
「ふふ。そうよ。ちゃんと婚姻届け出したでしょ?会えなくたって、忘れたりしないわ。だってサンちゃん、強烈すぎて忘れようがないもの」
「寂しくないか?」
「少しは、ね。でも……お互い、元気でいましょうね」
「ミサキ、キスがしたい。……抱き締めてもいいか?」
そのわがままに、美咲はそっと彼を抱き締め、そして唇を重ねた。何度も、何度も。
「離れたくない……」
そう呟いた彼の目には、また涙が浮かんでいた。
馬車に乗り込んだサンダーボルトが遠ざかるのを、ただ黙って見送った。
その帰り道。ようやく、先ほどのアイザックとレイモンドの苦い表情の理由が分かった。
――どうやら、サンちゃんが美咲に告白するって、前もって聞かされていたらしい。
そりゃあ、嫉妬もするわよね。
“都落ち”という屈辱を受けた彼が、その恨みから手を下したのではないか――そんな声すら上がった。
次に名が挙がったのは第二王子だった。王太子の座を巡る目に見えぬ水面下の駆け引きは、常に火種を孕んでいる。だが、意外にも真相はあっさりと明らかになった。
犯人は、なんと王太子妃だったのだ。
第二王子に秘かに想いを寄せていた王太子妃は、第一王子がいなくなれば、自分が自然と第二王子の婚約者になれるのではと考え、暗殺を指示した。妄執とも言える思い込みが、国を揺るがす悲劇を招いたのだった。
暗殺事件は、あまりにも手がかりがなく、ついには辺境にいる第三王子にまで疑いの目が向けられ、王都から呼び戻されようとしていた。だがその直前――王太子妃の“第二の行動”が、すべてを露呈させた。
なんと、第一王子の婚約者が、第二王子の婚約者を密かに呼び出し、毒入りのクッキーを手渡したのだ。苦しむ彼女の叫びを聞きつけた護衛騎士が部屋に駆け込み、未遂で済んだものの、毒の影響で妊娠が難しくなると診断された。
その知らせにより、婚約は白紙となり、絶望した彼女は――自宅で命を絶った。
第一王子の婚約者、つまり犯人は、即日処刑された。
そして、無関係であったはずの第三王子にも、王都への帰還命令が下ることとなった。
*
その知らせの後、サンダーボルトから美咲の元へ一通の文が届いた。
「都へ戻る前に、どうしても会いたい。神殿に来てほしい」
今は事情があって神殿から出られないらしい。美咲は、彼の言葉を無視できず、神殿へ向かった。
案内をしてくれたアイザックとレイモンドの顔が、なぜか苦い。まるで梅干しでも噛んだような顔だった。
「何かあったの?」
そう尋ねても、アイザックは黙したまま。代わりにレイモンドが、短く「いや……なんでもないよ」とだけ答えた。
不審に思いつつ、来賓室へ入ると、そこにはサンダーボルトがいた。そして、その背後には見知らぬ男性が三人。
「サンちゃん……これって?」
「うん、王城から来た者たちさ。昔の側近と、乳兄弟だよ。……お別れの場に、どうしても立ち会いたいって言うから、連れてきた」
彼はどこか照れ臭そうに微笑んだ。昔、彼を裏切った相手だというのに、恨みの色はない。少しだけ苦笑いが浮かんでいる。
「そう。じゃあ、私から挨拶する必要もないわね」
「ああ。しなくていい。今日は……ミサキに伝えたいことがあって」
彼の瞳が、美咲を真正面から捉えた。
「ミサキ。初めて君を見たときから……一目惚れだった。何度か言葉を交わすうちに、どんどん惹かれていった。でも俺には、言えない理由がたくさんあった。……王都に戻れば、またあの厄介な立場に戻る。それでも、後悔だけはしたくないから、今、伝えるよ」
少し息を吸って、彼は頭を深く下げた。
「ミサキ……君を愛してる。他に夫がいても構わない。俺を、その一人に加えてくれないか」
その言葉に、美咲は少し目を丸くしたが、すぐに、柔らかな笑みを浮かべて答えた。
「いいわよ。サンちゃん、変わったもの。前とは全然違う。……がんばり屋のサンちゃんを、1人にしてはおけないわ」
顔を上げたサンダーボルトの目が見開かれる。
「ほ、ほんとうに……!?」
「でも、条件があるの。王様や王妃様が認めてくれなくても、私はサンちゃんを認めてる。だから、安心して都に戻って。……夫の枠は、ちゃんと空けておくわ」
その言葉を聞いた瞬間、彼の目に涙が溢れた。
「……ミサキ、お願いだ。今すぐ婚姻届を出してくれ。俺には……時間がないんだ。都に戻れば、きっとまた、適当な婚約者を押しつけられる。お願いだ。君の夫として、正式になりたいんだ」
静かに考え込んだ美咲は、やがて頷いた。
「いいわ。出しましょう、婚姻届。でも、初夜は認めてくれてからね?」
その答えに、サンダーボルトは涙をこぼしながら、嬉しそうに何度も頷いた。彼の昔を知る元側近たちも、その変わり様にただ驚き、口を噤むしかなかった。
礼拝堂で二人は静かに誓いを立て、初めてのキスを交わした。
そのあと、サンダーボルトが言った感想がまた、彼らしくて。
「ミサキが……可愛すぎて、死ぬかと思った」
少し物騒な表現に、美咲は笑ってしまった。
*
出発の時が来た。
「ミサキ、俺は……本当に、君の夫なんだよな?」
「ふふ。そうよ。ちゃんと婚姻届け出したでしょ?会えなくたって、忘れたりしないわ。だってサンちゃん、強烈すぎて忘れようがないもの」
「寂しくないか?」
「少しは、ね。でも……お互い、元気でいましょうね」
「ミサキ、キスがしたい。……抱き締めてもいいか?」
そのわがままに、美咲はそっと彼を抱き締め、そして唇を重ねた。何度も、何度も。
「離れたくない……」
そう呟いた彼の目には、また涙が浮かんでいた。
馬車に乗り込んだサンダーボルトが遠ざかるのを、ただ黙って見送った。
その帰り道。ようやく、先ほどのアイザックとレイモンドの苦い表情の理由が分かった。
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そりゃあ、嫉妬もするわよね。
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