溺愛されるのは幸せなこと

ましろ

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中編

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「本当に帰って来ちゃったのか」
「こないだ伝えたじゃない。そろそろ本気で限界ですと」
「そうだね、言っていたね」

5年前に嫁いだ妹が帰っていた。騎士のパウルと侍女のケーテを連れ、荷物も無く身一つで。

「よく抜け出せたね?」
「パウルは拘束が得意よ。両手両足縛って口を塞いでベッドに括り付けてきたもの。夜だったし、暫く気付かれなかったのではないかしら。トイレに行けず、粗相をしていないといいのだけど」
「おやおや。溺愛する妻にそんなことをされて、さぞ傷付いているだろうね」

そんな兄の言葉に冷たい視線を向ける。

「溺愛?愛玩の間違いでしょう」
「そうなの?」
「ええ。あの男は私がどの様な人間かなど知ろうともしないの。身奇麗にして側に置いて弄くり回して楽しんでいるだけ。どれだけ私が嫌だと訴えても、怒ってる顔も可愛いとか意味の分からないことを言って聞いてくれないの。
ああ、あと、私を痴女だと思っているわ。嫌だと言いながらも喜んでいると信じているの」
「あ──。妹の閨事情は聞きたくないかな」
「あら、失礼」

ツンとすましてお茶を飲んでいる妹を見る。

「でも、そろそろ迎えに来るだろう。如何するんだい?」
「兄様よろしくね」
「やっぱりか」
「だって父様達だと、あの人の私への愛を聞いてすぐに絆されるじゃない?あの二人は恋愛結婚だもの。愛の信者よ。絶対に駄目だわ」
「俺は?」
「そんな二人を冷めた目をして見てたじゃない。愛に流されない兄様が大好きよ」
「はいはい。可愛い妹の為に一肌脱きますよ」
「よろしくね。私は少し寝るわ。部屋まで来させたらぶっ殺す♡」
「……お前をエロ可愛いだけの天使だと、五年も思い込めたケヴィンが信じられないね」
「ね?そう思うわよね?」

ため息を吐きながら、兄ヴォルフは妹の頭を撫でる。

「五年振りの我が家だ。ゆっくり休みなさい」
「……ありがと」






「ヴォルフ殿!イレーネは!」
「はいはい。まずはきちんと挨拶しようか」

馬車ではなく馬で追い掛けて来たのだろう。髪は乱れ、額には汗を滲ませている。妻の実家とはいえ、他家に訪れる姿ではない。

「親しき仲にも礼儀ありだよ」
「あ、の。申し訳ありません。イレーネのことしか頭に無く……この様な姿での訪問をお許し下さい」
「うん。謝罪は受け入れよう。とりあえず座りなさい」

早くイレーネのもとに向かいたいが、これ以上失礼な真似も出来ないとケヴィンは渋々腰掛ける。

「さて。イレーネを迎えに来たようだが、なぜあの子が出て行ったのか理解できたのかな」
「それは……私が愛するあまり嫉妬して」
「うん。違うね」
「え?」
「違わないけど根本が違う。君はあの子の何を愛していると言っているんだ?」
「何……全部です!」
「その答えは狡いな。ちゃんと答えなさい」
「え、あの。ヴォルフ殿に語るのは少し気恥ずかしいのだが」
「では帰りなさい」
「えっ!?」

その時になって、やっとケヴィンはヴォルフが静かに怒っている事に気が付いた。意を決して言葉を紡ぐ。

「……最初は本当に一目惚れで。あの天使の様な美しさに惚れました。でも、それだけではありません!彼女の優しさや、でもちょっとツンデレで素直じゃないところも大好きだし。どんどん好きになって、何処が好きかと言われると本当に困ってしまうんです」
「ツンデレか。まあ、言い得て妙かな。でもね、あの子は意外と素直だよ。あまり我慢はしない。嫌なことは嫌だとはっきりと言える子なんだ。君にもその都度伝えてるはずだけど?」

ヴォルフの言葉にケヴィンは狼狽える。

「……あの、嫌という言葉は照れ隠しでは?」
「まさか。本気で嫌なんだと思うよ。なに。ずっと君は照れ隠しだと思ってまともに取り合わなかったのかい?」

ケヴィンは頷きはしなかったが、蒼白な顔が肯定であると物語っている。

「とりあえず言ってご覧。何を嫌がられたのか」

優しい口調だが、それは命令だ。ここで話を止めたらイレーネに会うことは叶わない。

「……男性とは話さないで欲しい」
「なぜ?」
「彼女に惚れられたら嫌だからです」
「相手が惚れようが、あの子が靡かなければ問題ないだろう」
「でも!」
「はい、次」
「一人で出掛けないで欲しい」
「なぜ」
「だってどんな危険があるか!」
「外出には侍女と騎士を連れているだろう。それで守れない危機とはなんだ?事故か。それを言い出したら、君と一緒に出掛けても事故に合えば危険なのは同じだ。一人での外出を止める理由にはならない」
「……男に絡まれるかもしれないじゃないですか」

ヴォルフが酷く冷たい目でケヴィンを見る。さすが兄妹。蔑む視線がよく似ている。

「ようするに。君はイレーネを信用していないんだね」
「そんなことは!ただ、信じていても心配なだけです!」
「それを信用していないというんだよ。あの子は人妻なのに、愛を囁かれたらすぐに蹌踉めく阿婆擦れだと言いたいのだろう」
「違いますっ!本当に愛してるから心配なだけで!」
「じゃあ君は?女性とはもちろん話さないし、一人での外出も無いのだよね?」

そう言われてしまうと大変困る。付き合いと言うものがあるのだから、会話しないなど難しく、外出だって予定があれば一人で出掛ける。

「あれ?イレーネは駄目で君はいいの?それって何だろうね。あの子を下に見てるのかな。女なんてその程度でいいってことかい?」

違うと否定したくとも、上手い言葉が見つからない。イレーネは駄目で自分はいい理由。考えれば考えるほど、妻だから、女だからとしか言えなくなる。

「まあいいや。次」
「……閨でのことを……」
「ああ!言ってたよ。君はあの子を痴女だと思っているそうだね?」
「はっ!?それは無いですよ!」
「そう?それなら何故使用人の前でそういう事をするんだい?」
「そ……れは……」
「恥ずかしそうにしてる姿が可愛かった?」
「……はい」

だって本当に可愛いのだ。真っ赤になって目を潤ませながら睨み付けてくる顔が。ついつい興奮してしまって、度々やってしまっていた。

「それはかなりの悪手だ」
「……」
「あの子はね。しっかりと淑女として教育されて来たんだよ?人前でふしだらな行為をしたり、そういったものを匂わせる様なキスマーク等も苦手だ。付けて悦に入ってる恋人達を酷く嫌悪した目でいていたよ。それなのに、無理矢理その仲間入りをさせるなんてねぇ。
そういうプレイは相手の同意を得てからじゃないと精神的苦痛でしかないと俺は思うね」
「……申し訳ありません」

既にケヴィンの心はズタボロだ。今まで信じていた妻の可愛らしい行動は、本気の嫌悪だと知ってしまったのだ。更に自分がどれだけ身勝手なのかも。

「……これからは心を入れ替えます。イレーネの嫌がることは絶対にしません!だからお願いです!チャンスをいただけませんかっ!!」

ケヴィンは深く頭を下げた。

「あの子の言葉を理解出来ないくせに如何やって?」

しかし、ヴォルフから返って来た言葉は、許しでは無かった。




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