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私の話し相手はもっぱら自室の壁でした。
べつに頭がおかしいわけでも、無機物を愛しているわけでもありません。ただ、人間相手に話していると腹が立つことばかりだったから。ただそれだけのこと。
「ねえ、聞いて? 今日も殿下が鬱陶しかったわ。何なのあの人、どうして私に絡んでくるの。男の子にはよくあることって成人した16歳は男の子ではなく男の人よね? なのにどうしてあのままなの」
そう、私の悩みはただ一つ。殿下が死ぬほど鬱陶しいこと。これ以外ないのです。
会うたびに意地悪をされるのも、彼の意見をゴリ押しされるのも、そのくせ何故か私を隣に置こうとすることも、そのせいで令嬢には嫌われ、令息には遠巻きにされて友達も婚約者もできないのも、すべてが腹立たしい。
それなのに、お父様もお母様もお兄様も使用人達さえも、『男の子にはありがちな病だから』と、微笑ましげに私を諭してくるのがさらに鬱陶しい。
だから、私が愚痴を言う相手は壁しかありませんでした。
でも、さすがにもう限界。だって、学園で毎日のように会うなんて最低過ぎます。
これでも10年我慢したわ。成人するまで耐えたのだから、もう逃げてもいいわよね? 殿下を撲殺するよりは逃亡したほうが家のためというものよね?
それから私は家出の準備に取り掛かりました。
行く先はフェーン国。何故なら、あちらは女性が強いから。職業婦人も我が国より多く、留学の条件も緩い。身分がしっかりしていて試験に合格さえすれば留学できる。何よりも年齢の上限が25歳。最高ですわ!
目標が定まれば殿下の嫌味など聞き流せました。ときどき本気で殴りたくはなったけれどがんばった。
そして翌年、無事試験に合格した私は、誰にも打ち明けることなく、置き手紙を残して旅立つことにしました。
『お父様、お母様。勝手な私を許してくださいとは言いません。なぜなら、私も許さないから。
殿下の『男の子特有の病』は成人を過ぎた17歳になっても完治しませんでしたね? にもかかわらず、私を一度も助けてくれなかったことを一生忘れることはないでしょう』
うふふ、呪いの手紙のようでいいですね。
心残りは壁様とのお別れだけ。いつも私の愚痴を黙って聞いてくれた壁様。白地に淡いブルーの模様を思い出すだけで涙が出そうです。
それでも、新天地として選んだフェーン国は新鮮でした。ただ、一つだけ悩みが。
「……どうして同じ学年に王子がいるの」
そう。第三王子殿下が同じ学年だったのです。
調査不足だったわ。いえ、王子だからとひと括りにしてはいけないわね。もしかすると思いやりのある、優しい方かもしれません。
「お前! 婚約者だからと馴れ馴れしくするな!」
……わぁ。こっちも阿呆殿下だった。
あそこで婚約者を罵倒しているのはモーリス王子殿下よね? 可哀想に。令嬢は涙を浮かべて去っていったではありませんか。
そうよ、貴女もそのまま逃げてしまいなさい。そんな殿下などポイッと捨てておしまい!
ああ、阿呆殿下のせいで愚痴を言いたい。壁様に会いたい!
「殿下、お迎えにあがりました」
……何。このお腹に響くお声は。覗いてみると、そこには背の高い男性が。少し小柄な殿下と並ぶとまるで、
「……壁?」
あ。つい、声に出してしまったわ。
「確かに。私の名前はマウアーだが」
馬鹿にされたと怒るでもなく、穏やかな返事に逆に戸惑ってしまう。だって、こんな男性は初めてです。
どう返事を返そうかと視線を彷徨わせると……あら? どうしてそこの阿呆殿下は涙目なのでしょうか?
べつに頭がおかしいわけでも、無機物を愛しているわけでもありません。ただ、人間相手に話していると腹が立つことばかりだったから。ただそれだけのこと。
「ねえ、聞いて? 今日も殿下が鬱陶しかったわ。何なのあの人、どうして私に絡んでくるの。男の子にはよくあることって成人した16歳は男の子ではなく男の人よね? なのにどうしてあのままなの」
そう、私の悩みはただ一つ。殿下が死ぬほど鬱陶しいこと。これ以外ないのです。
会うたびに意地悪をされるのも、彼の意見をゴリ押しされるのも、そのくせ何故か私を隣に置こうとすることも、そのせいで令嬢には嫌われ、令息には遠巻きにされて友達も婚約者もできないのも、すべてが腹立たしい。
それなのに、お父様もお母様もお兄様も使用人達さえも、『男の子にはありがちな病だから』と、微笑ましげに私を諭してくるのがさらに鬱陶しい。
だから、私が愚痴を言う相手は壁しかありませんでした。
でも、さすがにもう限界。だって、学園で毎日のように会うなんて最低過ぎます。
これでも10年我慢したわ。成人するまで耐えたのだから、もう逃げてもいいわよね? 殿下を撲殺するよりは逃亡したほうが家のためというものよね?
それから私は家出の準備に取り掛かりました。
行く先はフェーン国。何故なら、あちらは女性が強いから。職業婦人も我が国より多く、留学の条件も緩い。身分がしっかりしていて試験に合格さえすれば留学できる。何よりも年齢の上限が25歳。最高ですわ!
目標が定まれば殿下の嫌味など聞き流せました。ときどき本気で殴りたくはなったけれどがんばった。
そして翌年、無事試験に合格した私は、誰にも打ち明けることなく、置き手紙を残して旅立つことにしました。
『お父様、お母様。勝手な私を許してくださいとは言いません。なぜなら、私も許さないから。
殿下の『男の子特有の病』は成人を過ぎた17歳になっても完治しませんでしたね? にもかかわらず、私を一度も助けてくれなかったことを一生忘れることはないでしょう』
うふふ、呪いの手紙のようでいいですね。
心残りは壁様とのお別れだけ。いつも私の愚痴を黙って聞いてくれた壁様。白地に淡いブルーの模様を思い出すだけで涙が出そうです。
それでも、新天地として選んだフェーン国は新鮮でした。ただ、一つだけ悩みが。
「……どうして同じ学年に王子がいるの」
そう。第三王子殿下が同じ学年だったのです。
調査不足だったわ。いえ、王子だからとひと括りにしてはいけないわね。もしかすると思いやりのある、優しい方かもしれません。
「お前! 婚約者だからと馴れ馴れしくするな!」
……わぁ。こっちも阿呆殿下だった。
あそこで婚約者を罵倒しているのはモーリス王子殿下よね? 可哀想に。令嬢は涙を浮かべて去っていったではありませんか。
そうよ、貴女もそのまま逃げてしまいなさい。そんな殿下などポイッと捨てておしまい!
ああ、阿呆殿下のせいで愚痴を言いたい。壁様に会いたい!
「殿下、お迎えにあがりました」
……何。このお腹に響くお声は。覗いてみると、そこには背の高い男性が。少し小柄な殿下と並ぶとまるで、
「……壁?」
あ。つい、声に出してしまったわ。
「確かに。私の名前はマウアーだが」
馬鹿にされたと怒るでもなく、穏やかな返事に逆に戸惑ってしまう。だって、こんな男性は初めてです。
どう返事を返そうかと視線を彷徨わせると……あら? どうしてそこの阿呆殿下は涙目なのでしょうか?
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