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しおりを挟む「感染する病ではないとは思うが、君の体調が悪くなれば、私は……」
胸が痛むとばかりに告げることで、マリカは感動したように焦茶色の瞳を潤ませた。
フラヴィオは、幼き頃から執務をこなす母のそばにいたのだ。
相手が不快な気分にならないように配慮し、かつ自身の要望を聞き入れてもらえるような言葉を探し出していた。
なんとか湯浴みは逃れることができたが、マリカは体を拭こうかと食い下がる。
あれだけフラヴィオに触れることを嫌がっていたのだが、今は諦める気配がない。
「では、髪だけでも……」
フラヴィオが困っていると察したのか、キャシーが「やめなさい」と声をかけてくれた。
テキパキと掃除をしていたが、後ろで束ねられた深緑色の髪は一切乱れていない。
厳しいメイド長のようにも見えるキャシーが、内心助けを求めていたフラヴィオの前に立った。
「フラヴィオ様、私には姉妹が五人います。ですので、髪は慣れている私が担当します」
「はあっ!?!? 私だって慣れてるわよ!!」
なぜかキャシーも名乗りをあげ、口論になる。
ふたりの心酔ぶりは、フラヴィオの想像の域を遥かに超えていた。
(……思っていた展開とは違う)
「ふ、ふたりとも落ち着いて。私は、部屋の掃除をしてくれるだけでも感謝しているから……」
結局、フラヴィオがその場をおさめたものの、毎日のように懇願されている。
のらりくらりと躱すフラヴィオは、メイドふたりを懐柔することに成功した――はずだと、とりあえず安堵していた。
それから、フラヴィオがなにも言わなければ、一日中そばにいそうなふたりが退出する。
フラヴィオは彼女たちに、以前と変わらず自由時間を与えていた。
ふたりがフラヴィオの味方についたことを、今はまだ隠しておきたい。
そして外で見聞きしたことを、夕飯の時間に話してもらうためだ。
ちなみに安い報酬も渡していたのだが――。
「自分たちのために使えばいいものを……」
呆れたように呟いたフラヴィオだが、薄い唇は弧を描いていた。
ふたりの一週間分の駄賃は、古本となってフラヴィオのもとに戻って来ていた。
暇潰しになればと用意してくれたのだろう。
その気持ちが嬉しいフラヴィオは、何度も何度も読んでいる。
かつて読んでいた歴史書などのお堅い内容の本ではなく、恋愛小説だが……。
「恋愛、とは難しいものなのだな。どうしてこのような思考になるのか、理解し難い……。だが、そこが面白いところでもあるのだろう」
恋など無縁なフラヴィオにとっては、覚えるだけで良い歴史やマナーなどよりも、ある意味難しい内容だと思っていた。
――そして夕飯時。
いつもの薄味のスープはあたためられており、デザートも用意されていた。
すりおろした林檎を持ってきてくれたキャシーにお礼を言ったが、明らかに元気がない。
フラヴィオに関することだろうと察し、話して欲しいと声をかけた。
「実は……。税が上がったのですが……。その理由が、レオーネ伯爵家の嫡男が、贅沢をしているからだと……」
フィリッポが税を引き上げていたことにも驚いたが、領民にまで悪評が流れていたのかと、フラヴィオは頭が痛くなる。
「私の姿を見てはいないが、皆はその噂を信じているのだろうな?」
「……はい。商人たちが、伯爵邸に何度も足を運んでいる姿を目撃されているため、信憑性が高いと思われていて……」
「私なんて、フラヴィオ様が隣国に留学した費用のためだって聞きましたよ? フラヴィオ様は、療養しているだけなのにっ!」
林檎を丸齧りするマリカが憤慨している。
栗鼠のようで可愛らしいのだが、右手に持っている果物ナイフは、早々に仕舞ってほしい。
フラヴィオがなにも言わずとも、今のふたりはフラヴィオの悪評を信じていないのだろう。
そのことがわかっただけでも、フラヴィオは充分嬉しかった。
にこにこしていると、キャシーが『笑い事ではありませんっ!』と声を荒げる。
「ははっ、すまない。だって面白くて……」
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