期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん

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 それから個人的に邸に招待されたフラヴィオは、初めてのお誘いに快く頷いていた。
 アキレスの話によると、リュシエンヌ夫人は社交界でも顔の広い人物だそうだ。
 きっと有意義な時間を過ごすことができるだろうと、フラヴィオは思った。

(クレム様のためにも、社交界の情報は必要だ)

 公爵夫人としてお茶会も開くべきだろう。
 剣は握れずとも、情報を集めることはできる。
 少しでもクレメントの役に立ちたいと思うフラヴィオは、積極的に話しかけていた。

「そろそろ帰ろう」

 まだ挨拶をしていない貴族もいたのだが、クレメントがそう口にすれば、皆は「またの機会に」とあっさりと解散する。

(もしかして、私の体調を心配してくれたのだろうか?)

「クレム様? 私はまだ大丈夫ですよ?」

「……いや、今後も皆と話せる機会はある」

 時間を気にした様子のクレメントにエスコートされ、フラヴィオは煌びやかな会場を後にしていた。



 ふたりが去った後、やはり公爵夫夫の話題で会場は盛り上がりをみせていた。
 悪評を信じていなかった者も多かったが、実物の美しい容姿に度肝を抜かれていたのだ。
 一笑千金いっしょうせんきんそのものといった容姿のフラヴィオは、女性から見ても魅力的に映っていた。
 加えて初めての社交の場だというのに、気後れせず毅然とした態度。
 しかし、決して傲慢ではない。

 そして英雄の後妻の座を狙う者も、いないわけではなかった。
 だが、別人ではないか? と思ってしまうほど、クレメントのフラヴィオに対する溺愛ぶりを見れば、誰もがお手上げ状態だった。
 貴族として様々な知識やマナーを習得したとしても、伴侶に強さを求める戦場の鬼神の愛を得られる者は、誰ひとりとしていなかったのだ。
 戦場の鬼神が求める強さとは、剣の腕ではなく、心の強さなのではないか、と妄想を膨らませる。


 フラヴィオには完敗だと笑い合い、公爵夫人としても相応しいと、フラヴィオを歓迎する者たちが話に花を咲かせていた――。


 そして馬車に乗り込んだフラヴィオもまた、興奮冷めやらぬ状態だった。
 なにせ席に座る間も無く、クレメントに抱き寄せられていたのだ――。

「今までは顔を出さなかったが、今後はヴィオのためにも、夜会には積極的に参加するつもりだ」

「っ、」

 早めに切り上げたからか、クレメントが謝罪し、今後の話をしてくれる。
 とても真剣な話だ。
 フラヴィオのことを思っての発言を、嬉しく思うのだが……。
 耳に吹き込むように告げられたフラヴィオは、先程までとは違う蕩けるような甘い声に、腰が砕けそうになっていた――。

 慣れた手付きで膝の上に乗せられる。
 真っ直ぐにフラヴィオだけを見つめる漆黒色の瞳は、熱を帯びていた。
 随分と前からその瞳で見つめられていたが、今はフラヴィオの全身が灼けるように熱い。

(嬉しい、と……。これからもずっと、クレム様の隣にいたいと言いたいのに……っ。どうしても、思い出してしまう……)


 真にクレメントと結ばれた日を――。
 息もできないくらいに愛していると、わからせられた、あの夜を――。


 寒くもないのに鳥肌が立つ。
 クレメントはフラヴィオにとって、誰よりも頼りになり、安心できる相手。
 しかしそれ以上に、普段は冷静なフラヴィオが、周りが見えなくなってしまうほど、気持ちが昂ってしまう相手でもあるのだ。

「……ヴィオ?」

 はっとしたフラヴィオは、硬い胸元に火照った顔を押しつけていた。

「っ、少し、疲れてしまったのかもしれません。さすがクレム様ですねっ? 私の体調を気遣ってくださり、ありがとうございます……」

「……ああ。だが、今日はまだやることがある。もう少し起きていられるか?」

 幼子に言うような優しい口調で話したクレメントが、フラヴィオの髪をそっと撫でた。
 情事を思わせるような手付きではないというのに、フラヴィオの胸は高鳴ってしまう。
 心から愛する人と、今までにない素敵な誕生日を過ごせるのではないか、と――。


 そして、フラヴィオの淡い期待は、馬車を下りた瞬間に実現する。


 広い庭園は、無数のキャンドルやランタンで眩くライトアップされていたのだ。
 星の数ほどあるキャンドルが幻想的な雰囲気を醸し出し、何万と敵が攻め込んでこようとも、決して侵入を許さないであろう邸も、華やかに飾り付けられていた。

 たった数時間の間で、まるでお伽噺に出てくるような城へと劇的に変わっていたのだ。
 前々から準備していたのだろう。
 感動で激しく胸を打たれるフラヴィオの耳に、低く甘い声が届く。



 ――結婚式がまだだっただろう?

















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