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98 変わろうとする者
しおりを挟む「閣下より、あなた方には、望むものを渡すようにと申し付けられています」
フィリッポが呆然としている間に、家令のオスカルは元使用人たちに話しかけていた。
急に話を振られた男たちは、滅相もないと首を横に振る。
「い、いえ。俺たちはただ、コレを野放しにしていると、フラヴィオ様に迷惑がかかると思って行動しただけですので……」
元使用人たちは恐縮しているが、決して褒美のためではないと口を揃える。
己の罪を軽くしようとしたわけではないことは、誰の目から見ても明らかだった。
にこやかに語りかけていたオスカルだが、元使用人たちが、しかと反省しているのかを見極めていたのだ。
監視役から毎日報告を受けていたものの、オスカルは自分の目で判断したいと思い、わざわざ出向いていた。
「閣下に良い報告が出来そうです」
オスカルが、ようやく心からの笑みを浮かべる。
元使用人たちに対しての言葉だったが、フィリッポを確保し、安堵しての発言だと思っている元使用人たちは、恐る恐る口を開いた。
「もし、アレの行き場がないのなら、俺たちの小屋に連れていきましょうか……?」
「なんと。それは名案です。その代わり、あなた方には新しい場所を提供します」
「……えっ!?」
待遇を良くしてほしいわけではないと、一度は断った元使用人たちだが、相手の厚意を無下にするのも失礼にあたる。
結局、皆はオスカルの提案を受け入れることになった。
そして罪人専用の小屋では、ふたりの男が対面していた――。
「貴様っ!!」
「っ……」
もう会うことはないと思っていたフィリッポが、ベルトランドの前に現れたのだ。
急に荷をまとめ始めたメイドたちに突っかかっていたベルトランドは、絶句する。
「おのれ、ベルトランドッ!! 私の妻に手を出した、不届き者がッ!! 殺してくれるわッ!!」
激昂するフィリッポが腕をぶん回す。
今はドブさらい担当の罪人だが、ベルトランドは護衛として雇われていたのだ。
ある程度力のあるベルトランドに敵うはずもないのだが、フィリッポは怒り心頭に発していた。
「っ、やめてくださいッ!! 俺だって被害者なんですッ!!」
「なにが被害者だッ!! お前は、私の妻に手を出したのだ! 去勢してやるッ!!」
ミランダは誑かされただけだと思っているフィリッポは、ベルトランドを悪だと決めつけていた。
その態度に逆上するベルトランドは、相手が貴族だろうと怒鳴りつける。
「っ……ふざけるなッ!! あんなブスのために去勢されるだなんて、死んでもお断りだッ!!」
「~~なんだとッ!?!?」
醜い争いをするふたりを無視するメイドたちは、さっさと荷物をまとめていた。
公爵家の人間に頭を下げ、すんなりと小屋を出て行くメイドたちの背を、ベルトランドは唖然として見送っていた。
(っ、そんな馬鹿な……。評判を落とすようなことをしたというのに、許してくださったのか……?)
寝たきりだったフラヴィオを思い出すベルトランドは、到底信じられなかった。
もし自分がフラヴィオの立場なら、今すぐにでも処刑してやりたいと思うからだ。
(罰する力があるというのに、なぜ……)
フラヴィオを冷遇していた男たちを見れば、皆ベルトランドとは違って大人しくしている。
新たな場所に移ったとしても、今と変わらない待遇で良いと、罪を償おうとする姿勢を目撃することになる。
皆の心の変化にようやく気付いたベルトランドは、無能なフィリッポと騒いでいたことが急に恥ずかしくなっていた――。
「っ……俺だってッ! フラヴィオ様には悪いことをしたと、思っているんだ……っ」
だからといって、今更反省したところで、過去は変えられない。
なんの非もないフラヴィオを、ただの使用人が蔑ろにしたことには変わりないのだ。
(ミランダにいいように使われていた。でも、それをわかっていて、ずっと甘い汁を吸っていたのは、俺じゃないか……っ!!)
罵詈雑言を吐くフィリッポを捻り上げるベルトランドは、無性に泣きたくなった。
今のベルトランドの姿は、目の前にいる間抜けな男と、同じように見えているのだと気付いたのだ。
全てをレオーネ夫妻のせいにしていたベルトランドだが、同じ罪を犯した同僚たちを見送った後、ようやく己の罪と向き合うこととなっていた――。
大人しく奉仕活動をするようになったベルトランドは、次の仕事を手配される。
主に力仕事だ。
黙々と働いていたからか、領民から罵声を浴びせられることは無くなっていた。
公爵家の人間が監視していると思っていたが、ベルトランドを監視していたのは、領民たちだったのだ――。
悪評をばら撒いた使用人たちとは違い、ベルトランドはレオーネ伯爵家の資産を盗んでいる。
莫大な額だったため、心を入れ替えたとしても、最低でも十年は今の生活を続けなければならないだろう。
それでもベルトランドは、ジラルディ公爵領のために働き続ける。
そうすることで、フラヴィオへの贖罪になると思うからだ。
己より愚か者のおかげで、ベルトランドは目を覚ましていた――。
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