期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん

文字の大きさ
110 / 129

108 それぞれの選択

しおりを挟む


 ミランダを助けようともせず、この場から一刻も早く逃げだそうとしているフィリッポ。
 ミランダには目もくれず、最愛の兄を待ち続けるミゲル。
 以前までは家族の輪の中心であったミランダは、どこで間違ってしまったのだろうと、冷たい床に倒れ込んだまま嘆いていた。
 
(……そんなの、考えなくてもわかるじゃないっ)

 出来ることならフラヴィオに謝罪し、許してほしいと今でも思っている。
 ミランダが今も生きていられるのは、フラヴィオがミゲルを大切に思っているからだ。
 泣きつけばきっと、フラヴィオは許してくれる。

(フラヴィオにさえ会うことが出来たなら……。助かる道はまだある)

 過去の過ちを悔いているミランダだが、そう簡単に人は変われない。
 晒し者になることを受け入れていたとしても、実際に奇異の目にさらされれば、逃げ出したくてたまらなくなっていた。

「っ、兄様ッ!!」

 騒ぎに気付いたフラヴィオが現れ、ミゲルの歓喜する声が響く。
 しかし、集まっていた者たちの間では緊張が走っていた。
 今まで沈黙を貫いてきたフラヴィオが、レオーネ夫妻と顔を合わせたからだ。
 なにを言うのだろうと、フラヴィオの一挙手一投足に注目が集まっていた。

「…………えっ、」

 人々の視線を気にすることなく、凛としたフラヴィオが、ミゲルの前を素通りした――。
 声をかけられることを期待していたミゲルは、開いた口が塞がらなかった。
 なぜなら、フラヴィオが手を差し伸べた相手は、ミランダだったのだから――。


 慌てて駆けつけたため、なにが起こったのか把握していなかったフラヴィオだが、表情を崩すことはない。


 フラヴィオが公爵夫人になったと同時に、レオーネ夫妻が表舞台に姿を見せることはなくなった。
 フィリッポが都合の悪いことをすべてフラヴィオのせいにしていたことや、ミランダに毒物を飲まされていたことに、勘付いている者もいただろう。
 だが、レオーネ家に関する噂は、フラヴィオの耳に届くことはなかった。

 毎日幸せを噛み締めて生活していたフラヴィオだが、一切噂されないのもおかしなことである。
 なにせフラヴィオは、ただの公爵夫人ではない。
 英雄の後妻という立場もあって、なにをしても目立ってしまうのだ。
 フラヴィオを悲しませないよう、クレメントが手を回していると察していた。

 そんな中、レオーネ夫妻が現れたのだ。
 恨んでいないと言えば嘘になるが、フラヴィオはただ、クレメントに迷惑をかけてほしくない一心だった――。

 

「大丈夫ですか」

 ミランダの前で膝を折ったフラヴィオが、すっと手を差し伸べた。
 迷いのない行動に、ミランダは息を呑む。
 表情に笑みは浮かんでいない。
 それでも、唯一手を差し伸べてくれた人は、ミランダが蔑ろにしていた人物だ。

 長年、フラヴィオを疎ましく思っていたというのに、今のミランダは声をかけられる時を待ち望んでいた。
 救世主であるフラヴィオの手を取れば、今後ミランダは静かに余生を過ごすことができるだろう。

 真っ直ぐにミランダに向けられる翡翠色の瞳に、胸がドキリとする。
 心の清らかなフラヴィオを見ているだけで、ミランダは己の醜い心を嫌でも感じさせられていた。

(綺麗になったわ……。いえ、この子は、どんな環境にいても、ずっと美しかった……)

 フラヴィオの手をじっと見つめたミランダは、その手を取ることなく、冷たい床に額を押し付けた。

「「「っ……」」」

 両手をつくミランダの姿に、レオーネ家の者たちは絶句する。
 声を押し殺して泣くミランダは、なにも発することはなかったが、その姿は社交界で囁かれている噂は真実であること、そして心から悔いていることを示していた――。

「っ、別室に、案内して……」

 フラヴィオの背後に控えていたピエールが、ミランダを立ち上がらせる。
 祝いの場で騒ぎを起こしたのだ。
 一刻も早く事態を収拾すべく、気付けばフラヴィオは指示を出していた。

「承知しました」

 ミランダを前にしたフラヴィオが、どんな行動を取るのか予想していたかのように、既に公爵家の人間が待機していた。
 大人しく指示に従うミランダの姿は、随分と憔悴しているようだった。
 昔より痩せているミランダと視線が交わり、フラヴィオは息を呑む。

「……最後に見られたのが、あなたの幸せそうな姿で、よかったわ……」

 信じられない言葉だが、しっかりとフラヴィオの耳に届いた。
 あれだけフラヴィオを嫌悪していたミランダの口から発せられた言葉だとは、到底思えなかった。
 だが、涙を流すミランダは、心からそう思っているように微笑みを浮かべている。
 まるで憑き物が落ちたような顔で、フラヴィオへの憎悪は感じられなかった。


 もう二度と、フラヴィオの前には現れない。
 そう心に決めたミランダは、公爵家の人間に連れられ、会場を後にした――。












しおりを挟む
感想 156

あなたにおすすめの小説

嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する

SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する ☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

【完結】婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」  可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。  だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。 ◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。 ◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎
BL
北の辺境騎士団で田舎暮らしをしていた公爵家次男のジェイデン・ロンデナートは15歳になったある日、王都にいる父親から帰還命令を受ける。 8歳で王都から追い出された薄幸の美少年が、ハイスペイケメンになって出戻って来る話です。 序盤はBL要素薄め。

植物チートを持つ俺は王子に捨てられたけど、実は食いしん坊な氷の公爵様に拾われ、胃袋を掴んでとことん溺愛されています

水凪しおん
BL
日本の社畜だった俺、ミナトは過労死した末に異世界の貧乏男爵家の三男に転生した。しかも、なぜか傲慢な第二王子エリアスの婚約者にされてしまう。 「地味で男のくせに可愛らしいだけの役立たず」 王子からそう蔑まれ、冷遇される日々にうんざりした俺は、前世の知識とチート能力【植物育成】を使い、実家の領地を豊かにすることだけを生きがいにしていた。 そんなある日、王宮の夜会で王子から公衆の面前で婚約破棄を叩きつけられる。 絶望する俺の前に現れたのは、この国で最も恐れられる『氷の公爵』アレクシス・フォン・ヴァインベルク。 「王子がご不要というのなら、その方を私が貰い受けよう」 冷たく、しかし力強い声。気づけば俺は、彼の腕の中にいた。 連れてこられた公爵邸での生活は、噂とは大違いの甘すぎる日々の始まりだった。 俺の作る料理を「世界一美味い」と幸せそうに食べ、俺の能力を「素晴らしい」と褒めてくれ、「可愛い、愛らしい」と頭を撫でてくれる公爵様。 彼の不器用だけど真っ直ぐな愛情に、俺の心は次第に絆されていく。 これは、婚約破棄から始まった、不遇な俺が世界一の幸せを手に入れるまでの物語。

処理中です...