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しおりを挟むミランダを助けようともせず、この場から一刻も早く逃げだそうとしているフィリッポ。
ミランダには目もくれず、最愛の兄を待ち続けるミゲル。
以前までは家族の輪の中心であったミランダは、どこで間違ってしまったのだろうと、冷たい床に倒れ込んだまま嘆いていた。
(……そんなの、考えなくてもわかるじゃないっ)
出来ることならフラヴィオに謝罪し、許してほしいと今でも思っている。
ミランダが今も生きていられるのは、フラヴィオがミゲルを大切に思っているからだ。
泣きつけばきっと、フラヴィオは許してくれる。
(フラヴィオにさえ会うことが出来たなら……。助かる道はまだある)
過去の過ちを悔いているミランダだが、そう簡単に人は変われない。
晒し者になることを受け入れていたとしても、実際に奇異の目にさらされれば、逃げ出したくてたまらなくなっていた。
「っ、兄様ッ!!」
騒ぎに気付いたフラヴィオが現れ、ミゲルの歓喜する声が響く。
しかし、集まっていた者たちの間では緊張が走っていた。
今まで沈黙を貫いてきたフラヴィオが、レオーネ夫妻と顔を合わせたからだ。
なにを言うのだろうと、フラヴィオの一挙手一投足に注目が集まっていた。
「…………えっ、」
人々の視線を気にすることなく、凛としたフラヴィオが、ミゲルの前を素通りした――。
声をかけられることを期待していたミゲルは、開いた口が塞がらなかった。
なぜなら、フラヴィオが手を差し伸べた相手は、ミランダだったのだから――。
慌てて駆けつけたため、なにが起こったのか把握していなかったフラヴィオだが、表情を崩すことはない。
フラヴィオが公爵夫人になったと同時に、レオーネ夫妻が表舞台に姿を見せることはなくなった。
フィリッポが都合の悪いことをすべてフラヴィオのせいにしていたことや、ミランダに毒物を飲まされていたことに、勘付いている者もいただろう。
だが、レオーネ家に関する噂は、フラヴィオの耳に届くことはなかった。
毎日幸せを噛み締めて生活していたフラヴィオだが、一切噂されないのもおかしなことである。
なにせフラヴィオは、ただの公爵夫人ではない。
英雄の後妻という立場もあって、なにをしても目立ってしまうのだ。
フラヴィオを悲しませないよう、クレメントが手を回していると察していた。
そんな中、レオーネ夫妻が現れたのだ。
恨んでいないと言えば嘘になるが、フラヴィオはただ、クレメントに迷惑をかけてほしくない一心だった――。
「大丈夫ですか」
ミランダの前で膝を折ったフラヴィオが、すっと手を差し伸べた。
迷いのない行動に、ミランダは息を呑む。
表情に笑みは浮かんでいない。
それでも、唯一手を差し伸べてくれた人は、ミランダが蔑ろにしていた人物だ。
長年、フラヴィオを疎ましく思っていたというのに、今のミランダは声をかけられる時を待ち望んでいた。
救世主であるフラヴィオの手を取れば、今後ミランダは静かに余生を過ごすことができるだろう。
真っ直ぐにミランダに向けられる翡翠色の瞳に、胸がドキリとする。
心の清らかなフラヴィオを見ているだけで、ミランダは己の醜い心を嫌でも感じさせられていた。
(綺麗になったわ……。いえ、この子は、どんな環境にいても、ずっと美しかった……)
フラヴィオの手をじっと見つめたミランダは、その手を取ることなく、冷たい床に額を押し付けた。
「「「っ……」」」
両手をつくミランダの姿に、レオーネ家の者たちは絶句する。
声を押し殺して泣くミランダは、なにも発することはなかったが、その姿は社交界で囁かれている噂は真実であること、そして心から悔いていることを示していた――。
「っ、別室に、案内して……」
フラヴィオの背後に控えていたピエールが、ミランダを立ち上がらせる。
祝いの場で騒ぎを起こしたのだ。
一刻も早く事態を収拾すべく、気付けばフラヴィオは指示を出していた。
「承知しました」
ミランダを前にしたフラヴィオが、どんな行動を取るのか予想していたかのように、既に公爵家の人間が待機していた。
大人しく指示に従うミランダの姿は、随分と憔悴しているようだった。
昔より痩せているミランダと視線が交わり、フラヴィオは息を呑む。
「……最後に見られたのが、あなたの幸せそうな姿で、よかったわ……」
信じられない言葉だが、しっかりとフラヴィオの耳に届いた。
あれだけフラヴィオを嫌悪していたミランダの口から発せられた言葉だとは、到底思えなかった。
だが、涙を流すミランダは、心からそう思っているように微笑みを浮かべている。
まるで憑き物が落ちたような顔で、フラヴィオへの憎悪は感じられなかった。
もう二度と、フラヴィオの前には現れない。
そう心に決めたミランダは、公爵家の人間に連れられ、会場を後にした――。
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