妖狐の嫁入り

山田あとり

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あなたを知りたくて

第13話 帝都のお爺さま

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「――や、やっと着きましたか?」
「いや汽車は速いだろ? やっと、てほど時間かかってないよ」

 今日は三人揃って帝都へ来ていた。本部に呼び出されたのだ。
 横浜から蒸気機関車に乗ったのだが、遥香は初体験。一生縁がないと思っていた汽車の旅はとても楽しみだった。
 なのに座席につけば見事に乗り物酔いし、降りたところで遥香はふらふらとへたり込みそうになった。それを両脇から彰良と喜之助が支える。

「おまえ、真っ青だぞ」

 血の気のひいた白い顔を見て、彰良は眉をひそめた。

「もうしわけ、ありませ……」
「いいからしゃべるな」
 
 彰良の片手に二の腕をつかまれ、反対の手で肩を支えられ。後ろから抱かれるように停車場の待合室へ連れていかれる。遥香はむしろ、恥ずかしさで死にそうになった。
 喜之助が全員分の荷物を持って椅子を確保してくれていた。倒れ込むように座った遥香の前に立ち、彰良が人々からの視線を冷たいまなざしではね返す。ぽりぽりと頬をかいた喜之助は、天井を見上げ考えた。

「最初に乗った時って、酔ったっけか……」
「そんなこと忘れたな」
「俺も。慣れってすげえわ」

 胸もとを押さえ深く息をする遥香を見おろし、彰良は時間を確認した。

「爺さまとの約束には、まだ間がある」
「そっか。ゆっくり休もう遥香さん」

 椅子の前でカチッと立つ軍人二人。気づかわれる女は何者だと思われているだろう。そんなことが心配で遥香は落ち着かない。
 でも見た目はひどくないはずだ。なんとか仕立て上げた新しい着物だし、水乞に習った髪型は三つ編みにしてからくるりと結ったマガレイトというもの。最近は西洋風に結い上げるのが流行りだそうだ。

 本部への呼び出しといっても、それは芳川中佐からのものだった。つまり彰良の「爺さま」。
 特殊方技部の連隊長直々に呼ばれれば普通は身がまえるものだが、もちろん彰良は何とも思っていない。喜之助も自分はオマケなのでわりと気楽だ。
 今回指名されたのは、ここで乗り物酔いに倒れている遥香だった。ただ会ってみたいだけだと聞き本人はおろおろしたが、来るしかない。

「遥香さん、緊張してる?」

 尋ねられて、こく、と遥香はうなずいた。
 いちおう方技部の軍属ということになった遥香からみれば、芳川中佐はとても偉い上司。それに彰良の育ての親だ。彰良の家族に会うのが不安な理由はわからない。

「緊張して酔ったのかもな。へーきへーき。軍人ぽくない人だし怖がらないで」

 方技部は皆そうなのか。喜之助も、一度横浜を訪れた山代少尉も、明るく飄々とした人柄だった。
 なんなら彰良がいちばん冷酷に見えるが遥香はもう怖くない。だって、やさしいひとだと知ってしまったから。
 今だって遥香を助けてくれている。ふり返る周囲の客の視線を、にらみつけ威嚇して追い払っているのだ。人々になんだか申し訳なく思えた。
 ――そしてそんな彰良のそばにいて、遥香の動悸はまだ治らない。
 

 やや落ち着いた遥香は人力車に乗せられた。となりには彰良がいる。喜之助はもう一台に荷物と一緒だ。
 ゆれるのは汽車と同じだが、風が顔をなでていき心地よかった。初めて見る帝都の町並みを遥香はきょろきょろと物めずらしくながめる。横浜居留地の華やかさとは違う威厳と歴史に圧倒された。
 方技部の本部は本郷区にあった。陸軍用地が多数ある中で目立たない小さな建物に入っていて、近くには宿舎も置かれているそうだ。芳川家は少し離れた場所に屋敷があるのだが、彰良も宿舎にいることが多いとか。

「本部が鬼門からすこし外れていると爺さまは文句を言うんだ」
「鬼門?」
うしとらの方角のことだな。帝都に悪鬼が入るのを防ぐために、皇宮の鬼門を押さえたかったらしい」

 皇家と京の都を守ってきた陰陽寮の後身が特殊方技部。なのでそんなことが気になるんだとか。
 遥香になじみがないことまで話してくれるのは、二人だと間がもたないからだろう。いつもは喜之助がぺらぺらしゃべっていて彰良は聞き手に回っている。
 彰良の話すことは難しいけれど、遥香はなんだか楽しかった。

 到着して中に入ると、内部は簡素だった。それに空気がキリと引きしまっていて清浄だと感じる。
 それは軍の規律のおかげではなく、結界があるからだそう。

「結界、ですか……?」
「うーんつまり呪術的なもんだよ。でも遥香さんは平気だろ?」

 すたすた歩きながら喜之助に言われ、遥香は自分の体調を探った。
 別に不快な感じはない。汽車に酔ったのもほぼ治っていた。ということは、自分は魔物に堕ちてはいないのだと安心できた。

吾妻あがつま、参りました!」

 コン、と扉を叩き、喜之助が声をかけた。そこは連隊長執務室。
 迎えてくれた芳川中佐はニコニコ顔で、たしかに好々爺こうこうやのように見えた。

「おお、よう来た! 君が篠田遥香さん。なかなかの力を持っているそうじゃないか」
「え、あの、恐れ入ります……」
「うんうん、かわいらしいのう。こんな女性を怪異に立ち向かわせるのも気が引けるが。彰良、しっかり守ってやりなさい」
「え?」

 彰良は不審げな視線を芳川中佐に向けた。

「それは――俺も横浜に行けと」
「その通り」
「いや爺さま。俺は――」

 何故か彰良は口ごもる。遥香が首をかしげたのを横目で見た彰良は黙ってしまったが、中佐はふんふんとうなずいた。

「おまえはもっと自信を持て。私は信用しとるし、おまえだからこそ横浜に配属するんだぞ」
「……まあ、意図はわかります」

 彰良がしぶしぶ了承するが、遥香にはどういうことだかまるでわからなかった。横浜に何があるというのだろう。
 芳川中佐は不思議そうにしている遥香に目を向けた。

「横浜に支部を置くことは本決まりだ。支部そのものは陸軍横浜総監の中だが、宿舎として庭のある家をひとつ押さえようと思う。そこに君の実家の稲荷を移してはどうかと考えたんだが」
「……え、うちをですか?」
「そうだ。小さな稲荷ならば家の庭にお招きするのもままあること、それなら祖父君をひとりにせずにすむぞ」
「待って下さい爺さま。ならばなおさら俺は」
「……ん? ああ、そういうことか。気にするな、おまえはおまえだろう」

 中佐はおおらかに笑った。何のことだかわからない遥香が口を出す隙などまるでなく、そんなところは中佐も軍人らしい。人の上に立つのに慣れた口調を遥香は感心して聞いていた。

「その件は篠田家に直接人をやって話させよう。横浜にはほかに山代少尉を差し向ける。吾妻、おまえもだ」
「げ。あ、いえ。はッ!」

 いきなりの指名にうっかり不満をもらした喜之助に芳川中佐はがくりと肩を落とす。

「どうした。おまえならば彰良にも、こちらの遥香さんにもなじんでいると思ったのだが、嫌か」
「いえ、あの……」
「ああ小間物屋の誰だかのことか」
「おい彰良ぁ!」

 しどろもどろの喜之助の事情をバラして彰良は平然としていた。どうやら女性関係かと理解し、中佐は苦笑いになる。

「そういうことは……考慮してやりたいところだが、なかなか難しいな。結婚して連れて行くのはかまわんぞ」
「そんな段階じゃないんすよ……」

 消沈する喜之助に「まあ励め!」と声をかけ、芳川中佐はバンバンと背中を叩いた。

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