15 / 39
あなたを知りたくて
第15話 彰良の秘密
しおりを挟む三人とも言葉すくなく宿舎に帰りつき、遥香は部屋を割り当てられた。
素っ気ない板の間には布団しかない。それが軍隊式なのか陰陽師風なのか、遥香にはわからなかった。並びの部屋には彰良も喜之助もいるから安心してくれと言われて朝までの別れを告げる。
寝間着に着替え、布団の上で遥香はぐるぐると考えていた。
――彰良は、人ではないのだろうか。
妖怪たちが力を使う時と同じような、魔のもの独特の気配。それをあの剣から感じたのは何なのか。
遥香自身がまとう蒼い光に通じる、彰良の緋い炎。それが意味するのは――。
「あなたも、何かの血を引いているんですか……?」
つぶやいて、遥香はまた胸を押さえる。ドキドキと鼓動が速かった。
――そう考えれば辻つまが合う。
彰良は生まれながらに異能があって村にいられなくなったとか。それは魔物を親に持つからなのでは。「半妖だというなら何らかの異能があってもおかしくない」と彰良は言ったことがある。あれはきっと自身を引き合いに出したのだ。
横浜に彰良を配属するのは、もし遥香が魔物と化した場合に同じ半妖なら抑えられるだろうから。だが半妖二人を本部から切り離すことへの懸念に、彰良はその辞令をためらったに違いない。
喜之助や山代、芳川中佐が狐の娘という遥香をあっさり受け入れるのも、彰良の前例があるおかげなのか。そして彰良が半妖の遥香を何かと気づかってくれるのはきっと、同じ境遇への共感だ。
――つまり、ただの同情。
「私だから……じゃないんですね」
そんな場合ではないのに、考えてしまった。
何をばかなことを。彰良が遥香のことなど何とも思ってくれるわけはないのに、うぬぼれないで。
わずかでも期待していた自分に気づき、情けなさに遥香は泣いた。
「――松の枝のことは、揉み消しておいた」
山代は机の向こうで重々しく言った。
昨夜の件で呼びつけられたのだが、慇懃に頭を下げる彰良の後ろで遥香は小さくなっていた。自分がちゃんとしていれば彰良が剣をふるうこともなかったと思うと申し訳ない。
「植木屋を手配するかと訊いたらペコペコと固辞したそうだ。まあ憑り殺されるところを救ってやったんだしな」
「お手数おかけしました」
「何度やれば気がすむんだよ……」
形式的な謝罪にため息をつく山代の言い方に遥香は目を丸くした。あんなことがよくあるのか。
「おまえが持ってるの、官給品の普通の剣だろ?」
「そうです」
「何で松がスッパリ斬れるのか教えてほしいんだが」
松だけじゃない。彰良はこれまでにもお屋敷の板塀だの、寺の瓦屋根の端だのを斬ってきた前科者なのだそう。
「――そういう力だから、としか」
その答えに山代はハハハと乾いた笑いをもらした。
「まあ働いてくれるのはいいんだが……」
「被害を広げるな、ですね」
「わかってるなら自重しろ」
これまで知らなかった彰良のようすを耳にし、遥香の胸はざわついた。
彰良の何かしらを聞けるのは嬉しい気もする。でも「そういう力」と言われてギクリとした。彰良の異能を半妖だからと推測したのは当たりなのだろうか。
山代の執務室から放免されて、遥香はもじもじしていた。これからどうすればいいの。
今日はもう仕事がない。でもまだ横浜には戻らないそうだ。なのにここではいつものように家事ができるわけでもない。
それに、彰良とどう接すればいいのかわからなかった。「ご両親はどんな生き物ですか」などと訊くわけにもいかないし。
遠慮がちな態度でうつむいている遥香を見て、喜之助は察したのかもしれない。よし、と決意したようにふり返った。
「俺、ちょっと小間物屋に行ってくる」
「……ああ、誰だかのところか」
「絹子ちゃん! 横浜に引き離されるなら、早く何とかしねえとな」
キリリと引きしまった表情で喜之助は唇を結んだ。そして彰良に耳打ちする。
「だからおまえら二人で話せ。遥香さん、ゆうべからようすがおかしいし絶対気づかれてる。もう本採用なんだし同僚なんだし、教えてもいいんだろ」
「……わかった」
じゃな、と行ってしまう喜之助を見送り、遥香はまた動悸が激しくなっていた。
今、チラと遥香に目をやりながらささやき合ったのは何だったのか。かすかに彰良もうなずいていて、遥香は息の吸い方を忘れそうになった。
「……おい」
「はい!」
彰良は迷うように遥香を見る。
呼びかけたのは、いつもの「おい」。彰良は「おい」「おまえ」「こいつ」としかいってくれず、遥香という名を口にしたことはなかった。だけど遥香だって、彰良にも喜之助にも「あのう」としか呼びかけたことはないからおあいこだ。
「おまえには言っていなかったが――もう、わかってるな?」
「え、あの――」
「俺が、おまえと同じだということだ」
彰良はいつもの無表情で、いつもと違う話をはじめた。
同じ――つまり彰良も、半妖だと。
返事のできない遥香をうながして、彰良は歩き出す。いくら方技部とはいえ、ここで話すことでもなかった。半妖など、この準特務機関にあっても他にいない存在なのだから。
「――俺の父親は、狼だ」
外に出て、宿舎の方へ向かいながら彰良は結論をあっさり告げた。
「おおか、み――」
「会ったことはないが。山を統べる大神だそうだ。母親はふもとの村の生まれでな」
ある時、狼の山の一部が崩れた。土と岩が村を襲い、大きな被害が出たそうだ。
村人たちは神の怒りかと畏れ、生け贄をささげることにする。選ばれたのが村の娘、小雪――彰良の母となる女だった。
「いけにえ――?」
遥香の息が苦しくなる。彰良の年齢から考えれば、それはもう明治になったころではないのか。
「時代が移っても人の心など変わらない。神を畏れるのは仕方のないことだ。その神と呼ばれるものが何だろうと、人は弱い。機嫌をうかがい生きるしかなかったんだろう」
彰良の目は暗い。これは遥香が聞いていい話なのだろうか。遥香は胸もとで手をぎゅっと握りしめて耐えながら歩いた。
小雪が山へ行ってから、さらなる山津波などはなかった。鎮まったかと村人が安堵していると、一年半ほど経ったころに小雪は帰ってきたのだそうだ。大きな腹を抱えて。てっきり死んだものと思われていた生け贄の娘が孕んで戻り、村は大騒ぎになった。
大神――狼の子なのか。それを産むというのか。そんなことが許されるのか。
村を出て以来どう暮らしていたかを小雪は何も話さない。神の世のことを話してはいけないのかもしれなかった。仕方なく村人たちは小雪を座敷に押し込め、月満ちるのを待った。
「そして産まれたのが、俺だそうだ」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること
大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。
それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。
幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。
誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。
貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか?
前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。
※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる