妖狐の嫁入り

山田あとり

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狐と狼

第34話 天音からの手紙

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「兄さん」
「彰良――来ていたのか」

 夕刻の方技部本部前、屋敷に戻ろうとする悟に声をかけたのは彰良だった。軍服をきちんと着て、いつもの無表情。だが視線はかすかに迷っていた。

「仕事でもした方が気がまぎれるかと。屋敷には居づらい――あいつが因縁の妖狐の子だなんて思わなかった」
「顔を合わせにくいか? あの娘が役に立つのなら方技部で働かせる。それだけだ」
「そう……そうだな」

 珍しくためらうような彰良を横目でながめ、悟は内心で義弟を嗤った。若い。
 ゆれる心はくみしやすいものだ。悟は自分の主張を彰良にすりこむことにする。

「あれの母親は魔物だ。おまえの気がひけるなら私が祓う」
「だが爺さまが、祓うのは待てと」
「天音が妖狐の力をふるえばやるしかない。これまでのおまえならそうするだろう?」

 逃げ道をふさぎ、悟は義弟の肩を叩いた。
 今回の彰良はつまり、天音の餌である遥香を連れてきて留めておくのが役目だった。元は彰良の嫁要員だった遥香だが、新たな使い途ができて悟は内心笑いが止まらない。
 悟の計画のためには天音に帝都に来てもらわねばならないのだ。天音には妖狐として暴れてもらう。
 そうなれば、もちろん祓うまで。彰良にもあらためて魔物の末路を性根に叩き込むことになり、今後も悟のために働かせやすい。魔物に堕ちるのを心底嫌がるように仕向けて育てた義弟なのだから。

 ――しかし悟は女に潔癖な彰良が遥香に恋をしたとはまったく気づいていない。
 並んで歩きながら彰良は表情を殺し、義兄の言い分を脳裏で考えていた。



 早朝、横浜方面支部宿舎の庭で、弘道は妙な物を見つけた。稲荷の扉の前だ。
 それは懐紙に包まれた何か。そして手紙だった。夜のうちに置かれたのか。
 眉根をよせ、弘道は手紙を指でつまみ上げる。中をチラと見て弘道の顔色が変わった。

「天音――」

 出奔した嫁からだった。息がふるえたのは驚き、そして怒り。
 だが急いで読み進み、それは悲しみに取ってかわる。

 晴道様早々に病に倒れしが薬石効なく
 お父上様には申し訳のしようもなきこと

 手紙にはそう記してあった。
 晴道とは、遥香の父。弘道が帰りを待ち続けた息子だ。
 おそるおそる開いた懐紙には、黒々としつつ乾いた髪が一房納めてあった。

「これが、晴道だと」

 妻を追う道中で流行り病を得、再会してすぐ晴道は亡くなった。遺骨は某寺に預け供養していると天音はつづってきた。
 それだけでも弘道にはじゅうぶんな衝撃だったのだが、天音が続けて訴えたのは遥香の危機。

 陰陽の家の芳川なる者の企むるに
 我が娘はるかを狼の末とめ合わせ
 あやかしの血の濃ひ子を生さしめんとす

「何――?」

 狼との子を産めと遥香に強要しているというのか。芳川といえば、無愛想な軍人の名と同じだ。遥香は信頼を寄せているように見えたが。

 父祖よりの稲荷を守らむとして従ふも
 はるかの心には添はざること
 命にかへてもお父上様の元へ帰します故
 何とぞ娘をよろしくお願ひいたしたく候

 遥香は稲荷の存続と引きかえに結婚を嫌々承諾したという。
 天音は娘の苦境を救うため、命をかけても取り戻すから後は頼むと置き手紙したのだった。

「……いや狼とは誰のことだ。こんなことを信じろと?」

 そう口では言いつつ、弘道は知っている。自分の孫の遥香だって狐。ならば狼の血を持つ男がいてもおかしくないのだ。

「まさかあの、彰良という男」

 あれがそうなのか。
 狐の娘の遥香を探しに来たのも、稲荷がここに祀られることになったのも、すべてその企みのためだと。息子が死んだとわかった今、この稲荷は遥香を犠牲にしてまで守るものではないというのに。
 山代に確かめなければときびすを返してすぐ、弘道は立ちどまった。問い詰めてどうなる。
 そんな与太話と笑われるのが落ちだ。ごまかされるか、あるいは山代が何も知らされていない可能性だってあった。
 だが遥香と彰良が二人で帝都に行っているのはその通り。今しも遥香は婚儀を強制されているかもしれない。どうすればいいかと弘道は悩み――、

「おい、豆腐小僧。そこらへんにいないか」

 突っ立ったまま、ぼそりと妖怪を呼びつけた。社の横の木下闇こしたやみがゆれる。

「あさっぱらからなんだよう。ようかいづかいがあらいなッ」

 ぽよんと眠そうにひとゆれする豆腐をかかえ、豆腐小僧はちゃんとあらわれた。遥香から留守を頼まれていたのだから仕方ない。

「いいから聞け。おまえ、狼の血の男を知っているか」
「んー?」

 豆腐小僧はむー、と口をとがらせる。
 そんなこと、もちろん知っているけれど。弘道にはまだ内緒なのだと遥香が笑っていた。

「そ奴と遥香が結婚させられるから助けねばと、うちの嫁の狐が言ってきた」
「え、ハルカのおかあさん? なんかカンちがいしてない?」

 無理やり結婚させられるだなんて。
 遥香はそのうち彰良と一緒になれたらと頬を赤らめていたのだ。彰良の方も遥香を大切にしているし、むしろ二人は結婚したがっていると思う。
 だが弘道は天音の手紙を突きつけた。

「芳川という家が何か企んでいるから遥香を助け出すと文をよこしたぞ。狼とは、彰良のことか」
「ええと、ええっとぉ……」

 困ってしまい、豆腐小僧はふるふるんと豆腐をゆらす。

「み……みっちゃぁん!」
「――なによ、とうふくんったら」

 助けを求められ嫌々あらわれた水乞は、朝のお茶の前なので乾いていた。さっき弘道が取りかえたお供えの湯のみを奪いとり、くぴ、と一気飲み。なんとかひと息つく。

「おはようございますわ、お爺さま」

 うふん、と笑う水乞を凝視して弘道はつぶやいた。

「……前に会った娘? 小さくないか」

 今日の水乞は豆腐小僧の姉のような子ども姿。育つためにはもうすこし茶がほしいところだ。

「あらん、そうねえ。私ってそういう者だから慣れて下さいな」

 初対面では遥香ほどの年ごろだった水乞。年齢がかわることに慣れろとはなかなか難しい。
 だが今は水乞にこだわっていられなかった。遥香に何が起こっているのか、そして天音は何を知ったのかが問題なのだ。

「ふーん……アキラさんは、ハルカの嫌がることなんてしないわよ、絶対に」

 話を聞いた水乞は断言した。狼とはやはり彰良なのかと弘道は瞠目する。
 水乞は稲荷ヶ岡にいたころの天音に会ったことがある。美しくやさしい狐だった。その愛した娘だから、遥香のことも見守ってきたのだけど。

「アマネさま、どこからそう聞いたの? 狐のつながりかしら」
「こんなの、まちがいだよねえ」
「……わざとかもよ?」

 水乞はチカリと目を光らせた。

「なーんか嫌なカンジ。行ってみてもいいわね」
「ていとに?」
「そう。ちょっと遠いけど、ハルカの気配があるし、たどり着けるでしょ」

 この話、遥香を餌に天音を誘い出しているようにしか思えない。
 誰が何のためにそうしたかわからないが、母娘どちらも心配だ。

「じゃあぼくもいく!」
「ん、一緒ならなんとかなるかしら。それではちょっと行ってまいりますね、お爺さま」
「お、おお……?」

 こんな子どもたちが汽車にでも乗るのかと戸惑った弘道の目の前で、二人はスウと闇へ溶けた。
 ぎょっとして庭にひとり取り残された弘道のことを、清かな朝の光が照らしていた。

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