地味だと婚約破棄されましたが、私の作る"お弁当"が、冷徹公爵様やもふもふ聖獣たちの胃袋を掴んだようです〜隣国の冷徹公爵様に拾われ幸せ!〜

咲月ねむと

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第6話 私の最初の"お弁当"

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 厨房にいる誰もが、私の一挙手一投足を見守っている。
​ それは好奇心半分、侮り半分といったところだろうか。貴族の令嬢に何ができるのか、と。

​(大丈夫。いつも通りにやればいい)

 ​私は自分に言い聞かせ、まず恰幅のいい料理長に深々と頭を下げた。

​「厨房を少しお借りいたします。使える食材を教えていただけますでしょうか?」

 ​私の丁寧な態度が意外だったのか、料理長は少し面食らった顔をしながらも、無言で棚や保存庫を指し示す。
​ そこにあったのは、大きな丸いパン、岩のように硬そうな塩漬け肉の塊、チーズ、卵、そしてカゴに入った野菜……ほとんどが日持ちのする根菜類のようだ。
 
 ​この世界の「携行食」は、きっと、この硬いパンと塩漬け肉を革袋に放り込むだけなのだろう。
 それでは味気ない。食事は、お腹を満たすだけじゃなく、心も満たすものであってほしい。

​(よし、決めた)

 ​私の頭に前世で慣れ親しんだ、ある食べ物の姿が浮かんだ。

 ​まずはメイドに頼んで清潔なエプロンを借り、髪を後ろで一つに束ねる。そして、石鹸で丁寧に手を洗うと、私は調理台に向かった。
 ​その手際の良さに、遠巻きに見ていた料理人たちが少しだけ息を呑むのが分かった。

 ​まず、私は大きな丸いパンを手に取り、薄くスライスしていく。パンの柔らかい部分だけを選んで。
 ​次に、塩漬け肉の塊。これを薄切りにしてから細かく刻み、フライパンでさっと炒める。厨房の隅にあった乾燥香草を少しだけ加えると、じゅわ、という音と共に、食欲をそそる香りが立ち上った。

​「おお……」

 誰かが小さな声を漏らす。

 ​続いて、卵。鍋で茹でて、殻を剥き、フォークで細かく潰していく。そこへ、保存食のピクルスをみじん切りにして加え、塩と少しだけ油を混ぜ合わせた。

​「な、なんだあの卵料理は……?」

 ​料理人たちの戸惑う声が聞こえるが、私は気にしない。

 ​最後に、数少ない葉物野菜を丁寧に洗い、布で水気をしっかりと拭き取る。

 これで​全ての準備が整った。

 ​私はスライスしたパンの片面に、バターを薄く、丁寧に塗り広げていく。こうすれば、パンが具材の水分を吸ってべちゃべちゃになるのを防げるのだ。これも前世のささやかな知恵。

 ​一枚には、炒めた塩漬け肉と薄切りチーズ、葉物野菜を。

 ​もう一枚には、特製のたまごサラダと葉物野菜を、それぞれ挟んでいく。

 ​そして、最後にナイフでパンの耳を綺麗に切り落とし、食べやすいように、斜めに三角形にカットした。

​「……できた」

​ 白い木の皿の上に、二種類の「サンドイッチ」が並ぶ。​茶色、黄色、そして緑。
 ​それは、ただの携行食ではなく、見た目も楽しい、彩り豊かな一皿になっていた。

 ​厨房は水を打ったように静まり返っている。
 ​先ほどまで私を侮るように見ていた料理人たちは、今や、私が作り出した見たこともない料理に釘付けになっていた。
 ​ぶっきらぼうだった料理長でさえ、その皿を食い入るように見つめ、ごくり、と喉を鳴らしたのが分かった。

 ​私は完成したサンドイッチの皿をそっと両手で持ち上げる。
​ 不思議と、もう緊張はしていなかった。

​「できました。ヴィンセント様にお届けします」

 ​私の声には、自分でも驚くほどの、確かな自信が満ちていた。
 ​この一皿が私の新しい人生の始まりになる。
 ​そんな予感を胸に、私は『氷の悪魔』が待つ執務室へと、しっかりとした足取りで向かうのだった。
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