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11話 偽りの平穏
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俺が『作戦コード:偽りの降伏』を開始してから、一ヶ月が過ぎた。
降伏を演じ続ける日々は、俺の精神を確実に削り取っていく。
しかしその代償として、俺はわずかな、しかし貴重な「自由時間」を手に入れつつあった。
「まあ、アランくん。最近はとても素直でよろしい子ですわ」
リリシア様は、俺が抵抗を止めたことにすっかり満足しきっている。
彼女の監視の目は相変わらずだが、その性質は「逃亡を警戒する」ものから、「自らの所有物を愛でる」ものへと変化しているようだった。
その油断こそが、俺の狙いだ。
日中、魂の抜けた顔で彼女の「愛情表現」を受け流し、皆が寝静まった深夜、ロウソクの灯りを頼りに、逃亡計画をミリ単位で進めていく。
稼いだ銀貨は、ベッドの床板の裏に隠した。
サバイバル術を要約した羊皮紙は、難解な神学書の中に挟み込んである。
綱渡りのような毎日。
だが、着実に自由は近づいているはずだった。
――学園に祭りの季節が訪れるまでは。
「皆様にお知らせします! 来月、我が校の創立五十周年を記念した、盛大な学園祭が開催されることになりました!」
教師の言葉に教室が「おおーっ!」と沸き立つ。
内容は、各クラスや部活による出し物、そしてメインイベントとして、伝統の『奉納武術大会』と最終夜の『記念夜会』だという。
生徒たちが浮き足立つ中、俺の胸には嫌な予感だけが渦巻いていた。
そして、その予感は放課後、即座に現実のものとなった。
「聞きましたわ、アランくん! 学園祭ですって!」
案の定、リリシア様が満面の笑みで俺の元へやってきた。その瞳は、期待にキラキラと輝いている。
「もちろん、あなたも参加なさるのでしょう? ええ、なさるに決まっていますわ! 私、あなたの活躍が今から楽しみで……!」
「い、いえ、俺はそういうのは苦手で……」
「ご謙遜を。あなたほどの男性が、祭りの主役にならずしてどうしますの」
リリシア様は、俺の言葉などまるで聞いていない。彼女の中では、すでに完璧な計画――悪夢のシナリオが出来上がっているようだった。
「まず、武術大会。あなたには、ぜひとも出場していただきます。私が特別な『勝利の祝福』を授けますから、優勝は間違いありませんわ。民衆の前で、あなたが私の加護を受け、栄光を掴む……ああ、なんて素晴らしい光景でしょう!」
やめてくれ。
そんなことをすれば、ただでさえヤバい噂が、さらに取り返しのつかないことになる。
「そして、最終夜の夜会。もちろん、私とファーストダンスを踊ってくださいますよね? いいえ、これは質問ではありません。決定事項ですわ。聖女リリシアのパートナーとして、全校生徒の前で優雅に踊るのです」
それは俺がリリシア様の「所有物」であることを全校生徒に、いや、王国中に知らしめるための壮大なセレモニーに他ならない。
『偽りの降伏』で築き上げてきた偽りの平穏が、ガラガラと音を立てて崩れていく。
「さあ、明日から早速、ダンスの練習を始めましょうね!」
有無を言わさぬその言葉に、俺はただ青ざめることしかできなかった。
◇
その夜。
俺は一人、中庭のベンチで頭を抱えていた。
どうする。このままでは、リリシア様の計画通りに事が進んでしまう。それは、俺の逃亡計画の完全な破綻を意味する。
しかし、ここで下手に抵抗すれば、「やはりまだ反抗期なのね」と、彼女の監視が再び厳しくなるだけだ。
八方塞がり。まさに、チェックメイト寸前。
「――貴様、一体いつまでその死んだふりを続けるつもりだ?」
不意に冷めた声が降ってきた。
見上げると、腕を組んだジュリアス様が月明かりの下で俺を見下ろしていた。
「ジュリアス様……」
「芝居はもういい。お前ほどの男が本気であの聖女に飼いならされているとは思えん」
「……何のことです?」
「とぼけるな。お前のその目は全てを諦めた者の目ではない。獲物を狙う機会をじっと待っている狼の目だ」
ジュリアス様の鋭い指摘に、俺は息を呑んだ。
この男には、俺の演技がお見通しだったというのか。
「貴様が何を企んでいるのかは知らん。だが、このまま聖女の操り人形で祭りを楽しむつもりなら軽蔑するだけだ。……もし、何かを成し遂げたいと本気で思うなら――」
ジュリアス様は、そこで一旦言葉を切り、夜空を仰いだ。
「――祭りというのは、いつだって、物事をひっくり返すには絶好の舞台だということを覚えておけ」
それだけ言うと、彼は俺に背を向け闇の中へと消えていった。後に残された俺の胸に、彼の言葉が深く突き刺さる。
『祭りは、物事をひっくり返す絶好の舞台』。
そうだ。リリシア様にとって、この祭りが俺を披露する舞台なら俺にとっても、この祭りは何かを成し遂げるための舞台になり得る。
大勢の人間、喧騒、油断、混乱……。
そこには俺の『大脱走計画』を大きく前進させるためのチャンスが眠っているかもしれない。
最大のピンチか。
それとも千載一遇のチャンスか。
俺は夜空を見上げた。
月が、まるで狼の目のように鋭く光っていた。
「やってやる……。利用できるものは、何だって利用してやるさ」
俺の戦いは、新たなる局面を迎えようとしていた。
降伏を演じ続ける日々は、俺の精神を確実に削り取っていく。
しかしその代償として、俺はわずかな、しかし貴重な「自由時間」を手に入れつつあった。
「まあ、アランくん。最近はとても素直でよろしい子ですわ」
リリシア様は、俺が抵抗を止めたことにすっかり満足しきっている。
彼女の監視の目は相変わらずだが、その性質は「逃亡を警戒する」ものから、「自らの所有物を愛でる」ものへと変化しているようだった。
その油断こそが、俺の狙いだ。
日中、魂の抜けた顔で彼女の「愛情表現」を受け流し、皆が寝静まった深夜、ロウソクの灯りを頼りに、逃亡計画をミリ単位で進めていく。
稼いだ銀貨は、ベッドの床板の裏に隠した。
サバイバル術を要約した羊皮紙は、難解な神学書の中に挟み込んである。
綱渡りのような毎日。
だが、着実に自由は近づいているはずだった。
――学園に祭りの季節が訪れるまでは。
「皆様にお知らせします! 来月、我が校の創立五十周年を記念した、盛大な学園祭が開催されることになりました!」
教師の言葉に教室が「おおーっ!」と沸き立つ。
内容は、各クラスや部活による出し物、そしてメインイベントとして、伝統の『奉納武術大会』と最終夜の『記念夜会』だという。
生徒たちが浮き足立つ中、俺の胸には嫌な予感だけが渦巻いていた。
そして、その予感は放課後、即座に現実のものとなった。
「聞きましたわ、アランくん! 学園祭ですって!」
案の定、リリシア様が満面の笑みで俺の元へやってきた。その瞳は、期待にキラキラと輝いている。
「もちろん、あなたも参加なさるのでしょう? ええ、なさるに決まっていますわ! 私、あなたの活躍が今から楽しみで……!」
「い、いえ、俺はそういうのは苦手で……」
「ご謙遜を。あなたほどの男性が、祭りの主役にならずしてどうしますの」
リリシア様は、俺の言葉などまるで聞いていない。彼女の中では、すでに完璧な計画――悪夢のシナリオが出来上がっているようだった。
「まず、武術大会。あなたには、ぜひとも出場していただきます。私が特別な『勝利の祝福』を授けますから、優勝は間違いありませんわ。民衆の前で、あなたが私の加護を受け、栄光を掴む……ああ、なんて素晴らしい光景でしょう!」
やめてくれ。
そんなことをすれば、ただでさえヤバい噂が、さらに取り返しのつかないことになる。
「そして、最終夜の夜会。もちろん、私とファーストダンスを踊ってくださいますよね? いいえ、これは質問ではありません。決定事項ですわ。聖女リリシアのパートナーとして、全校生徒の前で優雅に踊るのです」
それは俺がリリシア様の「所有物」であることを全校生徒に、いや、王国中に知らしめるための壮大なセレモニーに他ならない。
『偽りの降伏』で築き上げてきた偽りの平穏が、ガラガラと音を立てて崩れていく。
「さあ、明日から早速、ダンスの練習を始めましょうね!」
有無を言わさぬその言葉に、俺はただ青ざめることしかできなかった。
◇
その夜。
俺は一人、中庭のベンチで頭を抱えていた。
どうする。このままでは、リリシア様の計画通りに事が進んでしまう。それは、俺の逃亡計画の完全な破綻を意味する。
しかし、ここで下手に抵抗すれば、「やはりまだ反抗期なのね」と、彼女の監視が再び厳しくなるだけだ。
八方塞がり。まさに、チェックメイト寸前。
「――貴様、一体いつまでその死んだふりを続けるつもりだ?」
不意に冷めた声が降ってきた。
見上げると、腕を組んだジュリアス様が月明かりの下で俺を見下ろしていた。
「ジュリアス様……」
「芝居はもういい。お前ほどの男が本気であの聖女に飼いならされているとは思えん」
「……何のことです?」
「とぼけるな。お前のその目は全てを諦めた者の目ではない。獲物を狙う機会をじっと待っている狼の目だ」
ジュリアス様の鋭い指摘に、俺は息を呑んだ。
この男には、俺の演技がお見通しだったというのか。
「貴様が何を企んでいるのかは知らん。だが、このまま聖女の操り人形で祭りを楽しむつもりなら軽蔑するだけだ。……もし、何かを成し遂げたいと本気で思うなら――」
ジュリアス様は、そこで一旦言葉を切り、夜空を仰いだ。
「――祭りというのは、いつだって、物事をひっくり返すには絶好の舞台だということを覚えておけ」
それだけ言うと、彼は俺に背を向け闇の中へと消えていった。後に残された俺の胸に、彼の言葉が深く突き刺さる。
『祭りは、物事をひっくり返す絶好の舞台』。
そうだ。リリシア様にとって、この祭りが俺を披露する舞台なら俺にとっても、この祭りは何かを成し遂げるための舞台になり得る。
大勢の人間、喧騒、油断、混乱……。
そこには俺の『大脱走計画』を大きく前進させるためのチャンスが眠っているかもしれない。
最大のピンチか。
それとも千載一遇のチャンスか。
俺は夜空を見上げた。
月が、まるで狼の目のように鋭く光っていた。
「やってやる……。利用できるものは、何だって利用してやるさ」
俺の戦いは、新たなる局面を迎えようとしていた。
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