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17話 悪魔の囁き
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ソフィア様が聖なる炭の前に撃沈してからというもの、俺の頭の中は一つの可能性で満たされていた。
リリシア様の、あの壊滅的な料理の腕前。
それに対する絶望的なまでの無自覚さ。
あれは大きな弱点だ。
神聖な力も、権威も、ヤンデレな執着心も通用しない、唯一にして最大の弱点。
彼女は、俺に「美味しい」と言われることに至上の喜びを感じていた。俺の賞賛が、彼女の行動原理のかなり大きな部分を占めている。
もし、これを利用すれば……。
俺の『大脱走計画』に一条の光が差し込む。
今までの俺は、ひたすら逃げ、隠れ、耐えるだけだった。だが、初めて俺から「仕掛ける」ことができるかもしれない。
俺は、新たな作戦を練り上げた。
名付けて『作戦コード:ポイズン・クッキング』。
もちろん本当に毒を盛るわけじゃない。俺が盛るのは、甘い、甘い、賞賛という名の毒だ。
◇
翌日、俺は意気揚々とリリシア様の元を訪れた。その顔には、いつもの魂の抜けた表情ではなく、子犬のような純粋な尊敬と熱烈な信仰心を浮かべている。
ふむ、我ながら完璧な演技だ。
「リリシア様! 先日いただいた、あのお菓子……本当に、本当に、感動いたしました!」
「まあ、アランくん。そんなに気に入ってくれたのね。嬉しいわ」
俺の過剰なまでの賞賛に、リリシア様はうっとりと目を細める。
よし、食いついた。
「はい! あの、一口食べた瞬間、体中に神の恵みが染み渡るような……まさに『聖なる糧』でした! あのような素晴らしいものを、我々だけで独占していては、神への冒涜に当たると、私、昨夜、眠れずに考えたのです!」
俺は一世一代のプレゼンテーションを始めた。
身振り手振りを交え、熱っぽく語る。
「つきましては、リリシア様にお願いがございます! どうか、あなたの愛と神の恵みが詰まったあのお菓子を恵まれない孤児たちや貧しい人々にも分け与えてはいただけないでしょうか!? 『聖女様チャリティー大感謝祭』を開催するのです!」
我ながら完璧な提案だ。
「チャリティー」「孤児」「感謝祭」という、聖職者が絶対に断れないパワーワードを散りばめた。そして何より、彼女の料理を「聖なる糧」と持ち上げることで、その自尊心を極限までくすぐる。
案の定、リリシア様の反応は俺の想像以上だった。
「まあ……! まあ、アランくん……!」
彼女は、わなわなと感動に打ち震え、その美しい翠色の瞳からは、大粒の涙がはらはらとこぼれ落ちた。
「あなた……なんて、なんて素晴らしい子なのでしょう! 私の愛を、ようやくそこまで深く理解してくれるようになったのね! それを世界に広めようとしてくれるなんて……!」
リリシア様は、俺の手を固く、固く握りしめた。その力は俺の指の骨が軋むほどに強い。
「ええ、ええ、やりましょう! やりますわ! 私の愛の全てをこのお菓子に注ぎ込みましょう! 王都中の人々が、私とあなたの愛の結晶を口にし、幸福になるのです!」
完全にスイッチが入った。
彼女はもはや、俺を見ていない。俺を通して、自らの愛が世界に認められる、甘美な幻想を見ている。
「そのためには、たくさんのお菓子が必要になりますわね……。ええ、教会の大厨房を借り切って私が一人で、全て焼き上げます。誰にも、この神聖な作業は邪魔させません」
――かかった!
俺は、内心で勝利の雄叫びを上げた。
彼女が厨房に籠る。それも、一人で。
それはつまり俺に対する物理的な監視が、その期間だけ不可能になるということだ。
俺は、彼女が作り出すであろう、おびただしい量の「聖なる炭」に胃を痛めるであろう王都の人々と孤児たちに心の中で深く謝罪した。
すまん、みんな……!
君たちの犠牲は、無駄にしない……!
「リリシア様、ありがとうございます! 俺、リリシア様のそういうところ、本当に尊敬してます!」
「アランくん……!」
俺の追撃の一言でリリシア様は完全に陥落した。彼女は、その日の午後には、教会の大厨房へと姿を消した。扉には、「神聖な儀式の為、関係者以外立ち入りを禁ず」という、厳重な札がかけられていたという。
俺は、自室のベッドの下から、なけなしの銀貨と手書きの地図を取り出した。
手に入れた、貴重な時間。
これを、無駄にするわけにはいかない。
「待ってろよ、自由……」
俺は、窓の外に広がる王都の街並みを見下ろした。リリシア様が作り出す甘くも苦い煙が、教会の煙突から立ち上り始めているのが見えた。
それは俺の計画の成功を告げる狼煙だ。
リリシア様の、あの壊滅的な料理の腕前。
それに対する絶望的なまでの無自覚さ。
あれは大きな弱点だ。
神聖な力も、権威も、ヤンデレな執着心も通用しない、唯一にして最大の弱点。
彼女は、俺に「美味しい」と言われることに至上の喜びを感じていた。俺の賞賛が、彼女の行動原理のかなり大きな部分を占めている。
もし、これを利用すれば……。
俺の『大脱走計画』に一条の光が差し込む。
今までの俺は、ひたすら逃げ、隠れ、耐えるだけだった。だが、初めて俺から「仕掛ける」ことができるかもしれない。
俺は、新たな作戦を練り上げた。
名付けて『作戦コード:ポイズン・クッキング』。
もちろん本当に毒を盛るわけじゃない。俺が盛るのは、甘い、甘い、賞賛という名の毒だ。
◇
翌日、俺は意気揚々とリリシア様の元を訪れた。その顔には、いつもの魂の抜けた表情ではなく、子犬のような純粋な尊敬と熱烈な信仰心を浮かべている。
ふむ、我ながら完璧な演技だ。
「リリシア様! 先日いただいた、あのお菓子……本当に、本当に、感動いたしました!」
「まあ、アランくん。そんなに気に入ってくれたのね。嬉しいわ」
俺の過剰なまでの賞賛に、リリシア様はうっとりと目を細める。
よし、食いついた。
「はい! あの、一口食べた瞬間、体中に神の恵みが染み渡るような……まさに『聖なる糧』でした! あのような素晴らしいものを、我々だけで独占していては、神への冒涜に当たると、私、昨夜、眠れずに考えたのです!」
俺は一世一代のプレゼンテーションを始めた。
身振り手振りを交え、熱っぽく語る。
「つきましては、リリシア様にお願いがございます! どうか、あなたの愛と神の恵みが詰まったあのお菓子を恵まれない孤児たちや貧しい人々にも分け与えてはいただけないでしょうか!? 『聖女様チャリティー大感謝祭』を開催するのです!」
我ながら完璧な提案だ。
「チャリティー」「孤児」「感謝祭」という、聖職者が絶対に断れないパワーワードを散りばめた。そして何より、彼女の料理を「聖なる糧」と持ち上げることで、その自尊心を極限までくすぐる。
案の定、リリシア様の反応は俺の想像以上だった。
「まあ……! まあ、アランくん……!」
彼女は、わなわなと感動に打ち震え、その美しい翠色の瞳からは、大粒の涙がはらはらとこぼれ落ちた。
「あなた……なんて、なんて素晴らしい子なのでしょう! 私の愛を、ようやくそこまで深く理解してくれるようになったのね! それを世界に広めようとしてくれるなんて……!」
リリシア様は、俺の手を固く、固く握りしめた。その力は俺の指の骨が軋むほどに強い。
「ええ、ええ、やりましょう! やりますわ! 私の愛の全てをこのお菓子に注ぎ込みましょう! 王都中の人々が、私とあなたの愛の結晶を口にし、幸福になるのです!」
完全にスイッチが入った。
彼女はもはや、俺を見ていない。俺を通して、自らの愛が世界に認められる、甘美な幻想を見ている。
「そのためには、たくさんのお菓子が必要になりますわね……。ええ、教会の大厨房を借り切って私が一人で、全て焼き上げます。誰にも、この神聖な作業は邪魔させません」
――かかった!
俺は、内心で勝利の雄叫びを上げた。
彼女が厨房に籠る。それも、一人で。
それはつまり俺に対する物理的な監視が、その期間だけ不可能になるということだ。
俺は、彼女が作り出すであろう、おびただしい量の「聖なる炭」に胃を痛めるであろう王都の人々と孤児たちに心の中で深く謝罪した。
すまん、みんな……!
君たちの犠牲は、無駄にしない……!
「リリシア様、ありがとうございます! 俺、リリシア様のそういうところ、本当に尊敬してます!」
「アランくん……!」
俺の追撃の一言でリリシア様は完全に陥落した。彼女は、その日の午後には、教会の大厨房へと姿を消した。扉には、「神聖な儀式の為、関係者以外立ち入りを禁ず」という、厳重な札がかけられていたという。
俺は、自室のベッドの下から、なけなしの銀貨と手書きの地図を取り出した。
手に入れた、貴重な時間。
これを、無駄にするわけにはいかない。
「待ってろよ、自由……」
俺は、窓の外に広がる王都の街並みを見下ろした。リリシア様が作り出す甘くも苦い煙が、教会の煙突から立ち上り始めているのが見えた。
それは俺の計画の成功を告げる狼煙だ。
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