付きまとう聖女様は、貧乏貴族の僕にだけ甘すぎる〜人生相談がきっかけで日常がカオスに。でも、モテたい願望が強すぎて、つい……〜

咲月ねむと

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18話 自由の味

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リリシア様が教会の大厨房に籠ってから、三日が過ぎた。 
俺の人生において、これほどまでに平穏で自由な三日間があっただろうか。

朝、リリシア様の幻聴で目覚めることもない。

昼、聖なる重箱を手に現れる彼女に怯えることもない。

放課後、背後に感じる神聖なプレッシャーもない。

素晴らしい! 自由、最高!

俺は、この千載一遇のチャンスを最大限に活用するため、すぐに行動を開始した。
なけなしの銀貨を握りしめ、古着屋で買ったみすぼらしい帽子を目深に被り、王都の市場へと向かう。目的は、もちろん『大脱走計画』に必要な物資の調達だ。

市場は、活気に満ち溢れていた。
野菜を売る威勢のいい声、香辛料の異国情緒あふれる香り、行き交う人々の喧騒。
その全てが、今の俺には輝いて見えた。

俺は、人混みに紛れながら、慎重に品定めを始める。
まずは、丈夫な革の鞄。次に、携帯用の水袋。それから、保存食となる干し肉と火打石。
一つ一つが自由への礎だ。

そんな時、俺の耳に市場の商人たちの奇妙な会話が飛び込んできた。

「おい、聞いたか? 最近、教会で配ってるっていう、ありがたーいお菓子の話」

「ああ、聞いた聞いた! なんでも、聖女様が直々に焼いてるっていう『聖なる炭』だろ?」

「うちの孫がもらってきて食ったんだが、一口で三日三晩、腹を下しちまってよぉ。だが、不思議なことに、その後、持病の腰痛がケロリと治ったって言うじゃねえか!」

「うちの女房もだ! あの炭を食って以来、肌のツヤが良くなったって大喜びだ! 味は、まあ……神の試練、だそうだがな!」

……なんだその、劇薬みたいな代物は。

俺の計画は、どうやら王都の民衆に未知の健康被害と謎の奇跡をもたらしているらしい。
罪悪感が、チクリと胸を刺す。だが、俺はそっと顔を背けた。

すまん、王都の民よ……。君たちの健康と俺の自由……俺は、後者を取る!

俺は心の中で涙ながらに謝罪し、物資の調達を続けた。順調だ。あまりに順調すぎる。
この調子なら、学園祭が始まる前には、全ての準備が整うかもしれない。

俺が計画の成功を確信し、市場を後にしようとした、その時だった。

「――あっ!」

ドンッ、と。誰かと肩がぶつかった。

「す、すいません!」

俺が慌てて謝ると、相手も「ううん、こっちこそごめん!」と顔を上げた。
その顔を見て、俺の心臓が跳ね上がった。
エマさんだった。

「あれ……? その声、もしかしてアランくん?」

「えっ、あ、いや、人違いじゃ……」

「またまたー! その怪しい帽子、逆に目立ってるよ!」

エマさんは屈託なく笑うと、俺の腕をぐいっと掴んだ。

まずい。ここで見つかるのは完全に計算外だ。

「こんな所で何してるの? もしかして、またリリシア先生に何かされた?」

「い、いや、そういうわけじゃ……」

俺が口ごもっていると、エマさんは何かを閃いたように、ぱっと顔を輝かせた。

「そうだ! アランくん、ちょうどよかった! 今、学園祭の準備で、クラスのみんな、すっごく大変なんだよ! 人手がいくらあっても足りなくって!」

「が、学園祭……?」

「そう! 私たちのクラス、喫茶店をやることになったんだ! アランくんも手伝ってよ!」

喫茶店。それは俺の計画とは全く関係のない平和でキラキラした青春の一ページ。
断るべきだ。俺は、もう彼らとは違う世界の人間なのだから。だが、俺の口から出た言葉は、自分でも予想外のものだった。

「……わかった。手伝うよ」

なぜ、そんなことを言ってしまったのか。

エマさんの純粋な期待に満ちた瞳に断りきれなかったのか。
それとも、リリシア様を欺き、王都の民を犠牲にしている罪悪感が、俺にそう言わせたのか。

「本当!? やったー! ありがとう、アランくん!」

エマさんは心の底から嬉しそうに飛び跳ねた。
その笑顔を見て、俺の胸の罪悪感がさらにズキリと痛んだ。

自由への道は、すぐそこに見えている。

だが、その道を歩めば歩むほど、俺が捨て去ろうとしている日常の温かさが、皮肉にも俺の心を縛り付けていく。

俺は、手に入れたばかりの逃亡用の鞄を固く、固く握りしめた。その重さが、まるで俺が背負った罪の重さのように感じられた。
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