18 / 46
18話 自由の味
しおりを挟む
リリシア様が教会の大厨房に籠ってから、三日が過ぎた。
俺の人生において、これほどまでに平穏で自由な三日間があっただろうか。
朝、リリシア様の幻聴で目覚めることもない。
昼、聖なる重箱を手に現れる彼女に怯えることもない。
放課後、背後に感じる神聖なプレッシャーもない。
素晴らしい! 自由、最高!
俺は、この千載一遇のチャンスを最大限に活用するため、すぐに行動を開始した。
なけなしの銀貨を握りしめ、古着屋で買ったみすぼらしい帽子を目深に被り、王都の市場へと向かう。目的は、もちろん『大脱走計画』に必要な物資の調達だ。
市場は、活気に満ち溢れていた。
野菜を売る威勢のいい声、香辛料の異国情緒あふれる香り、行き交う人々の喧騒。
その全てが、今の俺には輝いて見えた。
俺は、人混みに紛れながら、慎重に品定めを始める。
まずは、丈夫な革の鞄。次に、携帯用の水袋。それから、保存食となる干し肉と火打石。
一つ一つが自由への礎だ。
そんな時、俺の耳に市場の商人たちの奇妙な会話が飛び込んできた。
「おい、聞いたか? 最近、教会で配ってるっていう、ありがたーいお菓子の話」
「ああ、聞いた聞いた! なんでも、聖女様が直々に焼いてるっていう『聖なる炭』だろ?」
「うちの孫がもらってきて食ったんだが、一口で三日三晩、腹を下しちまってよぉ。だが、不思議なことに、その後、持病の腰痛がケロリと治ったって言うじゃねえか!」
「うちの女房もだ! あの炭を食って以来、肌のツヤが良くなったって大喜びだ! 味は、まあ……神の試練、だそうだがな!」
……なんだその、劇薬みたいな代物は。
俺の計画は、どうやら王都の民衆に未知の健康被害と謎の奇跡をもたらしているらしい。
罪悪感が、チクリと胸を刺す。だが、俺はそっと顔を背けた。
すまん、王都の民よ……。君たちの健康と俺の自由……俺は、後者を取る!
俺は心の中で涙ながらに謝罪し、物資の調達を続けた。順調だ。あまりに順調すぎる。
この調子なら、学園祭が始まる前には、全ての準備が整うかもしれない。
俺が計画の成功を確信し、市場を後にしようとした、その時だった。
「――あっ!」
ドンッ、と。誰かと肩がぶつかった。
「す、すいません!」
俺が慌てて謝ると、相手も「ううん、こっちこそごめん!」と顔を上げた。
その顔を見て、俺の心臓が跳ね上がった。
エマさんだった。
「あれ……? その声、もしかしてアランくん?」
「えっ、あ、いや、人違いじゃ……」
「またまたー! その怪しい帽子、逆に目立ってるよ!」
エマさんは屈託なく笑うと、俺の腕をぐいっと掴んだ。
まずい。ここで見つかるのは完全に計算外だ。
「こんな所で何してるの? もしかして、またリリシア先生に何かされた?」
「い、いや、そういうわけじゃ……」
俺が口ごもっていると、エマさんは何かを閃いたように、ぱっと顔を輝かせた。
「そうだ! アランくん、ちょうどよかった! 今、学園祭の準備で、クラスのみんな、すっごく大変なんだよ! 人手がいくらあっても足りなくって!」
「が、学園祭……?」
「そう! 私たちのクラス、喫茶店をやることになったんだ! アランくんも手伝ってよ!」
喫茶店。それは俺の計画とは全く関係のない平和でキラキラした青春の一ページ。
断るべきだ。俺は、もう彼らとは違う世界の人間なのだから。だが、俺の口から出た言葉は、自分でも予想外のものだった。
「……わかった。手伝うよ」
なぜ、そんなことを言ってしまったのか。
エマさんの純粋な期待に満ちた瞳に断りきれなかったのか。
それとも、リリシア様を欺き、王都の民を犠牲にしている罪悪感が、俺にそう言わせたのか。
「本当!? やったー! ありがとう、アランくん!」
エマさんは心の底から嬉しそうに飛び跳ねた。
その笑顔を見て、俺の胸の罪悪感がさらにズキリと痛んだ。
自由への道は、すぐそこに見えている。
だが、その道を歩めば歩むほど、俺が捨て去ろうとしている日常の温かさが、皮肉にも俺の心を縛り付けていく。
俺は、手に入れたばかりの逃亡用の鞄を固く、固く握りしめた。その重さが、まるで俺が背負った罪の重さのように感じられた。
俺の人生において、これほどまでに平穏で自由な三日間があっただろうか。
朝、リリシア様の幻聴で目覚めることもない。
昼、聖なる重箱を手に現れる彼女に怯えることもない。
放課後、背後に感じる神聖なプレッシャーもない。
素晴らしい! 自由、最高!
俺は、この千載一遇のチャンスを最大限に活用するため、すぐに行動を開始した。
なけなしの銀貨を握りしめ、古着屋で買ったみすぼらしい帽子を目深に被り、王都の市場へと向かう。目的は、もちろん『大脱走計画』に必要な物資の調達だ。
市場は、活気に満ち溢れていた。
野菜を売る威勢のいい声、香辛料の異国情緒あふれる香り、行き交う人々の喧騒。
その全てが、今の俺には輝いて見えた。
俺は、人混みに紛れながら、慎重に品定めを始める。
まずは、丈夫な革の鞄。次に、携帯用の水袋。それから、保存食となる干し肉と火打石。
一つ一つが自由への礎だ。
そんな時、俺の耳に市場の商人たちの奇妙な会話が飛び込んできた。
「おい、聞いたか? 最近、教会で配ってるっていう、ありがたーいお菓子の話」
「ああ、聞いた聞いた! なんでも、聖女様が直々に焼いてるっていう『聖なる炭』だろ?」
「うちの孫がもらってきて食ったんだが、一口で三日三晩、腹を下しちまってよぉ。だが、不思議なことに、その後、持病の腰痛がケロリと治ったって言うじゃねえか!」
「うちの女房もだ! あの炭を食って以来、肌のツヤが良くなったって大喜びだ! 味は、まあ……神の試練、だそうだがな!」
……なんだその、劇薬みたいな代物は。
俺の計画は、どうやら王都の民衆に未知の健康被害と謎の奇跡をもたらしているらしい。
罪悪感が、チクリと胸を刺す。だが、俺はそっと顔を背けた。
すまん、王都の民よ……。君たちの健康と俺の自由……俺は、後者を取る!
俺は心の中で涙ながらに謝罪し、物資の調達を続けた。順調だ。あまりに順調すぎる。
この調子なら、学園祭が始まる前には、全ての準備が整うかもしれない。
俺が計画の成功を確信し、市場を後にしようとした、その時だった。
「――あっ!」
ドンッ、と。誰かと肩がぶつかった。
「す、すいません!」
俺が慌てて謝ると、相手も「ううん、こっちこそごめん!」と顔を上げた。
その顔を見て、俺の心臓が跳ね上がった。
エマさんだった。
「あれ……? その声、もしかしてアランくん?」
「えっ、あ、いや、人違いじゃ……」
「またまたー! その怪しい帽子、逆に目立ってるよ!」
エマさんは屈託なく笑うと、俺の腕をぐいっと掴んだ。
まずい。ここで見つかるのは完全に計算外だ。
「こんな所で何してるの? もしかして、またリリシア先生に何かされた?」
「い、いや、そういうわけじゃ……」
俺が口ごもっていると、エマさんは何かを閃いたように、ぱっと顔を輝かせた。
「そうだ! アランくん、ちょうどよかった! 今、学園祭の準備で、クラスのみんな、すっごく大変なんだよ! 人手がいくらあっても足りなくって!」
「が、学園祭……?」
「そう! 私たちのクラス、喫茶店をやることになったんだ! アランくんも手伝ってよ!」
喫茶店。それは俺の計画とは全く関係のない平和でキラキラした青春の一ページ。
断るべきだ。俺は、もう彼らとは違う世界の人間なのだから。だが、俺の口から出た言葉は、自分でも予想外のものだった。
「……わかった。手伝うよ」
なぜ、そんなことを言ってしまったのか。
エマさんの純粋な期待に満ちた瞳に断りきれなかったのか。
それとも、リリシア様を欺き、王都の民を犠牲にしている罪悪感が、俺にそう言わせたのか。
「本当!? やったー! ありがとう、アランくん!」
エマさんは心の底から嬉しそうに飛び跳ねた。
その笑顔を見て、俺の胸の罪悪感がさらにズキリと痛んだ。
自由への道は、すぐそこに見えている。
だが、その道を歩めば歩むほど、俺が捨て去ろうとしている日常の温かさが、皮肉にも俺の心を縛り付けていく。
俺は、手に入れたばかりの逃亡用の鞄を固く、固く握りしめた。その重さが、まるで俺が背負った罪の重さのように感じられた。
1
あなたにおすすめの小説
距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる
歩く魚
恋愛
かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。
だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。
それは気にしてない。俺は深入りする気はない。
人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。
だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。
――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。
異世界帰りのハーレム王
ぬんまる兄貴
ファンタジー
俺、飯田雷丸。どこにでもいる普通の高校生……だったはずが、気づいたら異世界に召喚されて魔王を倒してた。すごいだろ?いや、自分でもびっくりしてる。異世界で魔王討伐なんて人生のピークじゃねぇか?でも、そのピークのまま現実世界に帰ってきたわけだ。
で、戻ってきたら、日常生活が平和に戻ると思うだろ?甘かったねぇ。何か知らんけど、妖怪とか悪魔とか幽霊とか、そんなのが普通に見えるようになっちまったんだよ!なんだこれ、チート能力の延長線上か?それとも人生ハードモードのお知らせか?
異世界で魔王を倒した俺が、今度は地球で恋と戦いとボールを転がす!最高にアツいハーレムバトル、開幕!
異世界帰りのハーレム王
朝7:00/夜21:00に各サイトで毎日更新中!
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について
おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である
そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。
なんと、彼女は学園のマドンナだった……!
こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。
彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。
そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。
そして助けられた少女もまた……。
二人の青春、そして成長物語をご覧ください。
※中盤から甘々にご注意を。
※性描写ありは保険です。
他サイトにも掲載しております。
落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!
ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。
ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。
そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。
問題は一つ。
兄様との関係が、どうしようもなく悪い。
僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。
このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない!
追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。
それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!!
それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります!
5/9から小説になろうでも掲載中
男:女=1:10000の世界に来た記憶が無いけど生きる俺
マオセン
ファンタジー
突然公園で目覚めた青年「優心」は身辺状況の記憶をすべて忘れていた。分かるのは自分の名前と剣道の経験、常識くらいだった。
その公園を通りすがった「七瀬 椿」に話しかけてからこの物語は幕を開ける。
彼は何も記憶が無い状態で男女比が圧倒的な世界を生き抜けることができるのか。
そして....彼の身体は大丈夫なのか!?
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる