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35話 真実の重み
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エルム村からの帰り道、馬車の中は、行きとは打って変わって重い沈黙に支配されていた。
窓の外では、降り続いていた雨が上がり、夕日が雲の切れ間から赤い光を投げかけている。
だが俺たちの心は、まだ、あの廃村に漂っていた深い霧の中にいるようだった。
『助けて』
日誌の最後に残された、たった一言の悲痛な叫び。それが十年という時を超えて、俺たちの胸に鉛のように重くのしかかっていた。
「……そうか」
最初に沈黙を破ったのはジュリアス様だった。
彼は腕を組み、目を閉じたまま静かに言った。
「彼女の君に対する、あの異常なまでの執着。それは贖罪だったのだな」
「贖罪……?」
「ああ。十年前に救えなかった大勢の人々。その絶望が彼女の中で、一種の呪いとなっている。そして、彼女は君という存在に、かつて救えなかった『誰か』の姿を重ね、今度こそ完璧に『救ってみせる』ことで、自らの魂を救おうとしている……。歪んだ自己満足の救済劇だ」
ジュリアス様の冷静な分析が、俺のもやもやとしていた感情に輪郭を与えていく。
そうだ。彼女は、俺を救おうとしていたんじゃない。俺を救うことで、過去の自分を救おうとしていたのだ。
「なんて……なんて、悲しい話ですの……」
ソフィア様が美しいレースのハンカチで目頭を押さえる。彼女の壮大な『神の器』説は、あまりにも人間的で、あまりにも悲痛な真実の前に霧散してしまったようだ。
「……私、今までリリシア先生のこと、ちょっとだけ、怖いって思ってた。でも……」
エマさんが俯きながら、か細い声で言った。
「たった一人で、そんな地獄みたいな場所で……。ずっと、一人で戦ってたんだね……」
その言葉が俺の胸に一番強く響いた。
そうだ。彼女はずっと一人だったのだ。
十年前の、あの絶望の村でも。
そして、今、この瞬間も。
その孤独な心を誰にも理解されないまま、歪んだ愛情表現でしか表に出せずに。
俺は固く拳を握りしめた。
今まで彼女から逃げることばかりを考えていた。彼女の異常な行動に怯え、反発し、時には優しさに絆されそうになりながらも、決してその心の奥深くを見ようとはしなかった。
だが、今は違う。
俺は知ってしまったのだ。
彼女の、あの完璧な聖女の仮面の下にある傷だらけの素顔を。
「……俺が、終わらせる」
俺の静かな呟きに三人が視線を向ける。
「俺が、彼女の、その長い悪夢を終わらせるんだ」
それはもう義務感や同情ではなかった。
俺のはっきりとした意志。
彼女を孤独な呪縛から解き放ちたい。そして、いつか本当の意味で対等なパートナーとして笑い合いたい。
俺は、心の底から、そう願っていた。
◇
俺たちが、学園へと戻ったのは、日が完全に暮れてからだった。四人の間には、もう重苦しい空気はなかった。
一つの大きな目的を共有した仲間としての強い絆がそこにはあった。
俺たちは、それぞれの寮へと戻るため別れの挨拶を交わした。
その時だった。
学園の正門がにわかに騒がしくなっているのに俺たちは気づいた。数台の豪華な馬車。そして、その紋章は教会本部のものだった。
「こんな夜更けに教会本部の人間が何の用だ?」
ジュリ様が訝しげに眉をひそめる。
俺たちの胸に嫌な予感がよぎった。
馬車から一人の厳格そうな顔つきの初老の男が降りてきた。その男の胸には、教会の『監察官』であることを示す、銀の徽章が鈍く光っていた。
監察官は、出迎えた学園長に一枚の羊皮紙を突きつけ言い放った。その声は夜の静寂の中、俺たちの耳にまで、はっきりと届いた。
「――聖女リリシアの度を越した特定の生徒への聖職者にあるまじき寵愛。及び、その聖なる力の不正使用の疑いについて。教会本部の名において、正式な査問会を開催する」
新たなる嵐の予兆だ。
それは俺たちがようやく掴みかけた真実への道を根底から覆しかねない、あまりにも大きな絶望の始まりだった。
窓の外では、降り続いていた雨が上がり、夕日が雲の切れ間から赤い光を投げかけている。
だが俺たちの心は、まだ、あの廃村に漂っていた深い霧の中にいるようだった。
『助けて』
日誌の最後に残された、たった一言の悲痛な叫び。それが十年という時を超えて、俺たちの胸に鉛のように重くのしかかっていた。
「……そうか」
最初に沈黙を破ったのはジュリアス様だった。
彼は腕を組み、目を閉じたまま静かに言った。
「彼女の君に対する、あの異常なまでの執着。それは贖罪だったのだな」
「贖罪……?」
「ああ。十年前に救えなかった大勢の人々。その絶望が彼女の中で、一種の呪いとなっている。そして、彼女は君という存在に、かつて救えなかった『誰か』の姿を重ね、今度こそ完璧に『救ってみせる』ことで、自らの魂を救おうとしている……。歪んだ自己満足の救済劇だ」
ジュリアス様の冷静な分析が、俺のもやもやとしていた感情に輪郭を与えていく。
そうだ。彼女は、俺を救おうとしていたんじゃない。俺を救うことで、過去の自分を救おうとしていたのだ。
「なんて……なんて、悲しい話ですの……」
ソフィア様が美しいレースのハンカチで目頭を押さえる。彼女の壮大な『神の器』説は、あまりにも人間的で、あまりにも悲痛な真実の前に霧散してしまったようだ。
「……私、今までリリシア先生のこと、ちょっとだけ、怖いって思ってた。でも……」
エマさんが俯きながら、か細い声で言った。
「たった一人で、そんな地獄みたいな場所で……。ずっと、一人で戦ってたんだね……」
その言葉が俺の胸に一番強く響いた。
そうだ。彼女はずっと一人だったのだ。
十年前の、あの絶望の村でも。
そして、今、この瞬間も。
その孤独な心を誰にも理解されないまま、歪んだ愛情表現でしか表に出せずに。
俺は固く拳を握りしめた。
今まで彼女から逃げることばかりを考えていた。彼女の異常な行動に怯え、反発し、時には優しさに絆されそうになりながらも、決してその心の奥深くを見ようとはしなかった。
だが、今は違う。
俺は知ってしまったのだ。
彼女の、あの完璧な聖女の仮面の下にある傷だらけの素顔を。
「……俺が、終わらせる」
俺の静かな呟きに三人が視線を向ける。
「俺が、彼女の、その長い悪夢を終わらせるんだ」
それはもう義務感や同情ではなかった。
俺のはっきりとした意志。
彼女を孤独な呪縛から解き放ちたい。そして、いつか本当の意味で対等なパートナーとして笑い合いたい。
俺は、心の底から、そう願っていた。
◇
俺たちが、学園へと戻ったのは、日が完全に暮れてからだった。四人の間には、もう重苦しい空気はなかった。
一つの大きな目的を共有した仲間としての強い絆がそこにはあった。
俺たちは、それぞれの寮へと戻るため別れの挨拶を交わした。
その時だった。
学園の正門がにわかに騒がしくなっているのに俺たちは気づいた。数台の豪華な馬車。そして、その紋章は教会本部のものだった。
「こんな夜更けに教会本部の人間が何の用だ?」
ジュリ様が訝しげに眉をひそめる。
俺たちの胸に嫌な予感がよぎった。
馬車から一人の厳格そうな顔つきの初老の男が降りてきた。その男の胸には、教会の『監察官』であることを示す、銀の徽章が鈍く光っていた。
監察官は、出迎えた学園長に一枚の羊皮紙を突きつけ言い放った。その声は夜の静寂の中、俺たちの耳にまで、はっきりと届いた。
「――聖女リリシアの度を越した特定の生徒への聖職者にあるまじき寵愛。及び、その聖なる力の不正使用の疑いについて。教会本部の名において、正式な査問会を開催する」
新たなる嵐の予兆だ。
それは俺たちがようやく掴みかけた真実への道を根底から覆しかねない、あまりにも大きな絶望の始まりだった。
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