46 / 46
後日談
1話 監督役の憂鬱
しおりを挟む
聖女リリシアの『公式監督役』。
その前代未聞の役職に就任してから、俺の日常は、以前とは全く違う種類の頭痛の種に満ち溢れていた。
「――以上が、今週の聖女リリシア様の活動報告書となります。ご確認の上、サインを」
学園の一室。俺の目の前で、ジュリアス様が、羊皮紙の束を読み上げる。
そう。俺の監督役としての初仕事は、リリシアの行動を週一で教会と王家へ報告するという、お堅い事務作業だった。
「えーと……『月曜日。中庭にて、アラン様の御髪に止まった蝶をご覧になり、神の化身であらせられると、三時間にわたり、その蝶に祈りを捧げていた』……」
俺は、報告書の、その一文を読んだだけで、こめかみがズキズキと痛むのを感じた。
あの後、俺は祈りのせいで衰弱しきった蝶をそっと森へ逃がしてやったのだ。
「『火曜日。アラン様が、授業で居眠りをなされた際、その寝顔は、まるで、幼き日の天使のようだと、涙を流しながらスケッチに励んでいた』……。おい、ジュリアス様、このスケッチまで添付するのは、やめてくれ!」
「事実を、ありのままに報告するのが、僕の役目だからな。それに、このスケッチは芸術的価値が非常に高い」
ジュリアス様は涼しい顔で、俺の抗議をかわす。
「『水曜日。アラン様が、エマさんと親しげに会話をしていた際、その手に持っていた聖典から、黒いオーラが立ち上り、半径五メートル以内の植物がことごとく枯れた』……」
「これだ! これが問題なんだ!」
俺は机を叩いた。
「彼女は、もう俺をストーキングしたり、物理的に干渉したりはしない。だが、その代わり、無意識に、そのヤバい聖なる力?が、ダダ漏れになってるんだ!」
先日は、俺がくしゃみをしただけで「アラン様の体内に、邪気が!」と、教室ごと浄化されそうになった。その度に、俺が「監督役命令だ!」と叫んで、なんとか大惨事を食い止めている。
「フン。君も、ずいぶんと、あの聖女の扱いが上手くなったじゃないか」
「嬉しくない!」
俺は、頭を抱えた。
平穏は、訪れた。だが、それは、いつ爆発するか分からない、神聖爆弾を常に抱えているような、スリルとサスペンスに満ちた平穏だった。
◇◇◇
その日の放課後。
俺は、リリシアを連れて、教会の大聖堂に来ていた。
彼女の力のコントロール訓練に付き合うのも、監督役の重要な仕事の一つだ。
「いいか、リリシア。まずは、精神を集中して体内の、その聖なる力を感じてみるんだ。そして、それをゆっくりと外に出したり内に収めたり……」
俺がサバイバル本で読んだ、我流の呼吸法を偉そうに説明する。
「はい、アラン様!」
リリシアは素直にこくりと頷くと、目を閉じて、精神統一を始めた。
その横顔は、真剣で、そしてひたむきだ。
以前のように俺に幻を重ねるのではなく、俺の言葉をまっすぐに受け止めようとしてくれている。
そのことが、なんだかくすぐったくて、俺は少しだけ照れくさくなった。
ふわり、と。
彼女の体から、温かで、穏やかな、光の粒子が立ち上り始めた。
それは体育祭の時のような、攻撃的なものではなく、ただ優しく空間を満たしていく、心地よい光。
「……すごい。できてるじゃないか、リリシア」
俺が感心して声をかけると、彼女は嬉しそうに、ぱっと目を開けた。
「本当ですか!? これもアラン様の的確なご指導のおかげですわ!」
彼女が満面の笑みを俺に向けた、その瞬間。
ドッ!!
彼女から放たれていた穏やかな光が、一気に凝縮され、極太のレーザーとなって大聖堂の天井へと突き刺さった。
ガラガラガッシャーン!!
美しいステンドグラスが、木っ端微塵に砕け散り、天井には、ぽっかりと夜空の見える大きな穴が空いてしまった。
……やっちまった。
俺とリリシアは、二人顔を見合わせ、さっと青ざめた。
「あ、あの、アラン様……。これも、その、愛の、表現、と、いうことで……」
「誰が、教会を破壊しろと言った!」
俺は頭を抱えて、その場にへたり込んだ。
聖女リリシアの監督役。
その道は、俺が思っていた以上に険しく多額の修繕費が必要になりそうだった。
その前代未聞の役職に就任してから、俺の日常は、以前とは全く違う種類の頭痛の種に満ち溢れていた。
「――以上が、今週の聖女リリシア様の活動報告書となります。ご確認の上、サインを」
学園の一室。俺の目の前で、ジュリアス様が、羊皮紙の束を読み上げる。
そう。俺の監督役としての初仕事は、リリシアの行動を週一で教会と王家へ報告するという、お堅い事務作業だった。
「えーと……『月曜日。中庭にて、アラン様の御髪に止まった蝶をご覧になり、神の化身であらせられると、三時間にわたり、その蝶に祈りを捧げていた』……」
俺は、報告書の、その一文を読んだだけで、こめかみがズキズキと痛むのを感じた。
あの後、俺は祈りのせいで衰弱しきった蝶をそっと森へ逃がしてやったのだ。
「『火曜日。アラン様が、授業で居眠りをなされた際、その寝顔は、まるで、幼き日の天使のようだと、涙を流しながらスケッチに励んでいた』……。おい、ジュリアス様、このスケッチまで添付するのは、やめてくれ!」
「事実を、ありのままに報告するのが、僕の役目だからな。それに、このスケッチは芸術的価値が非常に高い」
ジュリアス様は涼しい顔で、俺の抗議をかわす。
「『水曜日。アラン様が、エマさんと親しげに会話をしていた際、その手に持っていた聖典から、黒いオーラが立ち上り、半径五メートル以内の植物がことごとく枯れた』……」
「これだ! これが問題なんだ!」
俺は机を叩いた。
「彼女は、もう俺をストーキングしたり、物理的に干渉したりはしない。だが、その代わり、無意識に、そのヤバい聖なる力?が、ダダ漏れになってるんだ!」
先日は、俺がくしゃみをしただけで「アラン様の体内に、邪気が!」と、教室ごと浄化されそうになった。その度に、俺が「監督役命令だ!」と叫んで、なんとか大惨事を食い止めている。
「フン。君も、ずいぶんと、あの聖女の扱いが上手くなったじゃないか」
「嬉しくない!」
俺は、頭を抱えた。
平穏は、訪れた。だが、それは、いつ爆発するか分からない、神聖爆弾を常に抱えているような、スリルとサスペンスに満ちた平穏だった。
◇◇◇
その日の放課後。
俺は、リリシアを連れて、教会の大聖堂に来ていた。
彼女の力のコントロール訓練に付き合うのも、監督役の重要な仕事の一つだ。
「いいか、リリシア。まずは、精神を集中して体内の、その聖なる力を感じてみるんだ。そして、それをゆっくりと外に出したり内に収めたり……」
俺がサバイバル本で読んだ、我流の呼吸法を偉そうに説明する。
「はい、アラン様!」
リリシアは素直にこくりと頷くと、目を閉じて、精神統一を始めた。
その横顔は、真剣で、そしてひたむきだ。
以前のように俺に幻を重ねるのではなく、俺の言葉をまっすぐに受け止めようとしてくれている。
そのことが、なんだかくすぐったくて、俺は少しだけ照れくさくなった。
ふわり、と。
彼女の体から、温かで、穏やかな、光の粒子が立ち上り始めた。
それは体育祭の時のような、攻撃的なものではなく、ただ優しく空間を満たしていく、心地よい光。
「……すごい。できてるじゃないか、リリシア」
俺が感心して声をかけると、彼女は嬉しそうに、ぱっと目を開けた。
「本当ですか!? これもアラン様の的確なご指導のおかげですわ!」
彼女が満面の笑みを俺に向けた、その瞬間。
ドッ!!
彼女から放たれていた穏やかな光が、一気に凝縮され、極太のレーザーとなって大聖堂の天井へと突き刺さった。
ガラガラガッシャーン!!
美しいステンドグラスが、木っ端微塵に砕け散り、天井には、ぽっかりと夜空の見える大きな穴が空いてしまった。
……やっちまった。
俺とリリシアは、二人顔を見合わせ、さっと青ざめた。
「あ、あの、アラン様……。これも、その、愛の、表現、と、いうことで……」
「誰が、教会を破壊しろと言った!」
俺は頭を抱えて、その場にへたり込んだ。
聖女リリシアの監督役。
その道は、俺が思っていた以上に険しく多額の修繕費が必要になりそうだった。
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる
歩く魚
恋愛
かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。
だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。
それは気にしてない。俺は深入りする気はない。
人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。
だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。
――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。
異世界帰りのハーレム王
ぬんまる兄貴
ファンタジー
俺、飯田雷丸。どこにでもいる普通の高校生……だったはずが、気づいたら異世界に召喚されて魔王を倒してた。すごいだろ?いや、自分でもびっくりしてる。異世界で魔王討伐なんて人生のピークじゃねぇか?でも、そのピークのまま現実世界に帰ってきたわけだ。
で、戻ってきたら、日常生活が平和に戻ると思うだろ?甘かったねぇ。何か知らんけど、妖怪とか悪魔とか幽霊とか、そんなのが普通に見えるようになっちまったんだよ!なんだこれ、チート能力の延長線上か?それとも人生ハードモードのお知らせか?
異世界で魔王を倒した俺が、今度は地球で恋と戦いとボールを転がす!最高にアツいハーレムバトル、開幕!
異世界帰りのハーレム王
朝7:00/夜21:00に各サイトで毎日更新中!
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について
おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である
そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。
なんと、彼女は学園のマドンナだった……!
こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。
彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。
そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。
そして助けられた少女もまた……。
二人の青春、そして成長物語をご覧ください。
※中盤から甘々にご注意を。
※性描写ありは保険です。
他サイトにも掲載しております。
落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!
ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。
ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。
そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。
問題は一つ。
兄様との関係が、どうしようもなく悪い。
僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。
このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない!
追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。
それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!!
それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります!
5/9から小説になろうでも掲載中
男:女=1:10000の世界に来た記憶が無いけど生きる俺
マオセン
ファンタジー
突然公園で目覚めた青年「優心」は身辺状況の記憶をすべて忘れていた。分かるのは自分の名前と剣道の経験、常識くらいだった。
その公園を通りすがった「七瀬 椿」に話しかけてからこの物語は幕を開ける。
彼は何も記憶が無い状態で男女比が圧倒的な世界を生き抜けることができるのか。
そして....彼の身体は大丈夫なのか!?
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる