辺境の無能領主、聖女と信者に領地を魔改造されて聖地と化した件〜俺はただ、毎日ジャガイモを食って昼寝したいだけなんだが?〜

咲月ねむと

文字の大きさ
9 / 45
1章 現人神、ヴァルハラに降臨す(勘違い)

9話 神の嘆き(ただの塩不足)

しおりを挟む
 ゲッコー男爵による経済封鎖が始まってから、二週間が過ぎた。

 ヴァルハラ領へ至る道は、男爵の兵によって固く閉ざされ、行商人マルコも足止めを食らっているという。
 しかし、領の内部は、不思議なほど落ち着いていた。いや、落ち着いているどころか、むしろ信者たちの士気は燃え上がっていた。

「見よ! 俗世との関わりを断つことで、我らの聖地はさらに清浄になった!」

「これも全て、我らの信仰心を試すための、神――アッシュ様がお与えになった試練なのだ!」

 聖女セレスティアの巧みな指導という名の扇動により、経済封鎖は「聖地をより神聖にするための結界」のようなものだと、信者たちは解釈していたのだ。
 水も食料(野菜)も自給自足できているため、日々の生活に大きな支障はない。

 ただ一つ、致命的な問題を除いては。

「……塩が、ない」

 その日、俺は人生の終わりのような顔で、食卓の上の茹でジャガイモを眺めていた。
 ついに、備蓄していた最後の塩が尽きたのだ。味のないジャガイモ。それは、ただの芋の塊だ。俺の人生から、彩りが失われた瞬間だった。

「セバス……もうダメだ……。俺は、塩のない世界では生きていけない……」

「アッシュ様、お気を確かに! このような時こそ、領主として毅然と……!」

 俺の絶望に満ちた嘆きは、もちろん、すぐ近くで祈りを捧げていたセレスティアの耳にも、またまた届いていたようで。
 彼女は、ハッと目を開くと、いつものように神の御心を理解した。

「……! 皆さん、お聞きなさい! 神が、お嘆きです!」

 セレスティアの声に、信者たちが一斉に集まってくる。

「神は、おっしゃいました。『我らに足らざるもの、それは塩である』と! ゲッコー男爵の卑劣な封鎖により、我らの生活から塩が失われたことを、神は憂いておられるのです!」

「おお……我らの不徳を、神が……」

 さらにセレスティアは言葉を続ける。

「神は、ただ嘆いてはおられません! 『我らの手で、塩を生み出せ』と、そうお命じです! これぞ、神が我らに与えたもうた、新たなる試練なのです!」

「塩を……生み出す?」

「しかし、ここは海から遠く離れた山の中……どうやって……」

 戸惑う信者たち。

 俺は、そんな彼らの会話を、力なく聞いていた。

 塩……しょっぱいもの……。
 ああ、そういえば。

 俺は、昔、王都の書庫で読んだ、どうでもいい本の内容をぼんやりと思い出した。

「あー……なんか、岩みたいな塩があったよな……。山の中でも採れるって……なんだっけ、岩塩? 赤っぽいやつ……」

 俺は、そこまで呟くと、はぁ、と深いため息をついた。

「……そんなもん、こんな山奥にあるわけないか。ああ……塩辛いものが食いたい……」

 それは、ただの知識のひけらかしと、食い意地からくる、虚しい願望だった。
 だが、その一言は、セレスティアと信者たちにとって、暗闇を照らす一条の光となった。

「――神託が下りました!!」

 セレスティアが天に指を突き刺して叫んだ。

「聞きましたか、皆さん! 神は、我らが進むべき道、そして、我らが探すべきものを、その御口から直接お示しくださいました! 『岩塩』です!」

「「「岩塩!!」」」

 信者たちの目に、再び希望の光が宿る。

「このヴァルハラの山々のどこかに! 必ずや、神が我らのために太古の昔より用意されていた、『聖なる塩の岩ホーリーソルト・ロック』が眠っているはずです! さあ、皆さん! スコップを! ツルハシを手に取るのです! 神の御言葉を信じ、聖なる塩を探しに行くのです!」

 その号令一下、ヴァルハラ領の屈強な元農民の男たちによる「岩塩探索隊」が、即座に結成された。
 彼らは、まるで伝説の秘宝でも探しに行くかのような熱狂ぶりで、ヴァルハラの山々へと分け入っていく。

「どうせ見つかるわけねえのに、ご苦労なこった……。ああ、塩……塩ジャガイモ……」

 俺は、彼らの無駄な努力を嘆きつつ、自分のベッドに突っ伏し、マルコがくれたフカフカの枕に顔をうずめて、失われた塩の味を思って涙ぐむのであった。


 そして、数日が過ぎた。
 俺が、味のないジャガイモにすっかり気力を失っていた、ある日の午後だった。

「うおおおおおおおおっ!!」

 山の方から、地鳴りのような雄叫びが聞こえてきた。
 何事かと思って外を見ると、岩塩探索隊の信者たちが、興奮した様子で村へと駆け戻ってくるところだった。
 彼らの背負った袋からは、何やら赤みがかった、キラキラと光る岩がこぼれ落ちている。

「アッシュ様! セレスティア様! やりましたぞ!」

「見つけました! 神の神託通り、『聖なる塩ホーリーソルト・ロックの岩』を!」

 探索隊のリーダーが、恭しく一つの岩を差し出した。
 俺は、半信半疑でそれを受け取ると、恐る恐る、そのカケラを舐めてみた。

「……!」

 口の中に広がる、懐かしい、しょっぱい味。
 間違いなく、塩だ。それも、ただの塩ではない。まろやかな旨味すら感じる、極上の塩だった。

「……マジか」

 信者たちは、俺の呟きを聞いて、狂喜乱舞した。

「神が、お認めになったぞ!」

「奇跡だ! またしても、アッシュ様が奇跡を起こされた!」

 彼らは、ヴァルハラ領の山中深くで、巨大な岩塩の鉱脈を、本当に掘り当ててしまったのだ。その埋蔵量は、素人目に見ても、この村で数百年は消費しきれないほどの規模だった。

 ゲッコー男爵が、じわじわと効果を発揮するはずだった兵糧攻め。
 その根幹を、俺の食い意地から発した一言と、信者たちの狂気じみた行動力が内側から、いとも容易く粉砕してしまった瞬間だった。

 俺は、山のように積み上げられたピンク色の岩塩を前にして、ただ一つ、思った。

「……よし。セバス、今夜は塩ジャガイモ祭りだ」

◇◇◇


 一方、ゲッコー男爵の元には、監視兵からの絶望的な報告が届けられていた。

「は、報告! ヴァルハラ領、自領内の山中より、岩塩の採掘を開始した模様! 産出量は、もはや無限かと……!」

「な……なんだと……!?」

 ゲッコーは、椅子から転げ落ちそうになった。
 水も、食料も、そして今や塩までも自給し始めた、あの忌まわしき聖地。もはや、生半可な封鎖など、何の意味もなさない。

「……化け物め……!」

 ゲッコーの顔から、血の気が引いていく。
 そして、その恐怖は、やがて、より直接的で、破壊的な衝動へと変わっていくのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。

branche_noir
SF
<カクヨムSFジャンル週間1位> <カクヨム週間総合ランキング最高3位> <小説家になろうVRゲーム日間・週間1位> 現実に疲れたサラリーマン・ユウが始めたのは、超自由度の高いVRMMO《Everdawn Online》。 目的は“癒し”ただそれだけ。焚き火をし、魚を焼き、草の上で昼寝する。 モンスター討伐? レベル上げ? 知らん。俺はキャンプがしたいんだ。 ところが偶然懐いた“仔竜ルゥ”との出会いが、運命を変える。 テイムスキルなし、戦闘ログ0。それでもルゥは俺から離れない。 そして気づけば、森で焚き火してただけの俺が―― 「魔物の軍勢を率いた魔王」と呼ばれていた……!? 癒し系VRMMO生活、誤認されながら進行中! 本人その気なし、でも周囲は大騒ぎ! ▶モフモフと焚き火と、ちょっとの冒険。 ▶のんびり系異色VRMMOファンタジー、ここに開幕! カクヨムで先行配信してます!

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

捨てられた貴族六男、ハズレギフト『家電量販店』で僻地を悠々開拓する。~魔改造し放題の家電を使って、廃れた土地で建国目指します~

荒井竜馬@書籍発売中
ファンタジー
 ある日、主人公は前世の記憶を思いだし、自分が転生者であることに気がつく。転生先は、悪役貴族と名高いアストロメア家の六男だった。しかし、メビウスは前世でアニメやラノベに触れていたので、悪役転生した場合の身の振り方を知っていた。『悪役転生ものということは、死ぬ気で努力すれば最強になれるパターンだ!』そう考えて死ぬ気で努力をするが、チート級の力を身につけることができなかった。  それどころか、授かったギフトが『家電量販店』という理解されないギフトだったせいで、一族から追放されてしまい『死地』と呼ばれる場所に捨てられてしまう。 「……普通、十歳の子供をこんな場所に捨てるか?」 『死地』と呼ばれる何もない場所で、メビウスは『家電量販店』のスキルを使って生き延びることを決意する。  しかし、そこでメビウスは自分のギフトが『死地』で生きていくのに適していたことに気がつく。  家電を自在に魔改造して『家電量販店』で過ごしていくうちに、メビウスは周りから天才発明家として扱われ、やがて小国の長として建国を目指すことになるのだった。  メビウスは知るはずがなかった。いずれ、自分が『機械仕掛けの大魔導士』と呼ばれ存在になるなんて。  努力しても最強になれず、追放先に師範も元冒険者メイドもついてこず、領地どころかどの国も管理していない僻地に捨てられる……そんな踏んだり蹴ったりから始まる領地(国家)経営物語。 『ノベマ! 異世界ファンタジー:8位(2025/04/22)』 ※別サイトにも掲載しています。

土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~

にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。 「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。 主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。

金貨増殖バグが止まらないので、そのまま快適なスローライフを送ります

桜井正宗
ファンタジー
 無能の落ちこぼれと認定された『ギルド職員』兼『ぷちドラゴン』使いの『ぷちテイマー』のヘンリーは、職員をクビとなり、国さえも追放されてしまう。  突然、空から女の子が降ってくると、キャッチしきれず女の子を地面へ激突させてしまう。それが聖女との出会いだった。  銀髪の自称聖女から『ギフト』を貰い、ヘンリーは、両手に持てない程の金貨を大量に手に入れた。これで一生遊んで暮らせると思いきや、金貨はどんどん増えていく。増殖が止まらない金貨。どんどん増えていってしまった。  聖女によれば“金貨増殖バグ”だという。幸い、元ギルド職員の権限でアイテムボックス量は無駄に多く持っていたので、そこへ保管しまくった。  大金持ちになったヘンリーは、とりあえず念願だった屋敷を買い……スローライフを始めていく!?

「餌代の無駄」と追放されたテイマー、家族(ペット)が装備に祝福を与えていた。辺境で美少女化する家族とスローライフ

天音ねる(旧:えんとっぷ)
ファンタジー
【祝:男性HOT18位】Sランクパーティ『紅蓮の剣』で、戦闘力のない「生産系テイマー」として雑用をこなす心優しい青年、レイン。 彼の育てる愛らしい魔物たちが、実はパーティの装備に【神の祝福】を与え、その強さの根源となっていることに誰も気づかず、仲間からは「餌代ばかりかかる寄生虫」と蔑まれていた。 「お前はもういらない」 ついに理不尽な追放宣告を受けるレイン。 だが、彼と魔物たちがパーティを去った瞬間、最強だったはずの勇者の聖剣はただの鉄クズに成り果てた。祝福を失った彼らは、格下のモンスターに惨敗を喫する。 ――彼らはまだ、自分たちが捨てたものが、どれほど偉大な宝だったのかを知らない。 一方、レインは愛する魔物たち(スライム、ゴブリン、コカトリス、マンドラゴラ)との穏やかな生活を求め、人里離れた辺境の地で新たな暮らしを始める。 生活のためにギルドへ持ち込んだ素材は、実は大陸の歴史を塗り替えるほどの「神話級」のアイテムばかりだった!? 彼の元にはエルフやドワーフが集い、静かな湖畔の廃屋は、いつしか世界が注目する「聖域」へと姿を変えていく。 そして、レインはまだ知らない。 夜な夜な、彼が寝静まった後、愛らしい魔物たちが【美少女】の姿となり、 「れーんは、きょーも優しかったの! だからぽるん、いーっぱいきらきらジェル、あげたんだよー!」 「わ、私、今日もちゃんと硬い石、置けました…! レイン様、これがあれば、きっともう危ない目に遭いませんよね…?」 と、彼を巡って秘密のお茶会を繰り広げていることを。 そして、彼が築く穏やかな理想郷が、やがて大国の巨大な陰謀に巻き込まれていく運命にあることを――。 理不尽に全てを奪われた心優しいテイマーが、健気な“家族”と共に、やがて世界を動かす主となる。 王道追放ざまぁ × 成り上がりスローライフ × 人外ハーモニー! HOT男性49位(2025年9月3日0時47分) →37位(2025年9月3日5時59分)→18位(2025年9月5日10時16分)

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。

夏見ナイ
ファンタジー
「地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん冒険者アラン(40)。彼はこれを機に、血塗られた過去を捨てて辺境の村で静かに暮らすことを決意する。その正体は、10年前に姿を消した伝説の暗殺者“神の影”。 もう戦いはこりごりなのだが、体に染みついた暗殺術が無意識に発動。気配だけでチンピラを黙らせ、小石で魔物を一撃で仕留める姿が「神業」だと勘違いされ、噂が噂を呼ぶ。 純粋な少女には師匠と慕われ、元騎士には神と崇められ、挙句の果てには王女や諸国の密偵まで押しかけてくる始末。本人は畑仕事に精を出したいだけなのに、彼の周りでは勝手に伝説が更新されていく! 最強の元暗殺者による、勘違いスローライフファンタジー、開幕!

処理中です...