辺境の無能領主、聖女と信者に領地を魔改造されて聖地と化した件〜俺はただ、毎日ジャガイモを食って昼寝したいだけなんだが?〜

咲月ねむと

文字の大きさ
14 / 45
2章 聖地の豊かすぎる日常

14話 ただの面倒くさがり

しおりを挟む
 蜂蜜という、新たなおやつを手に入れた俺の生活は、もはや何の不満もない、完璧なものとなっていた。

 午前中は、蜂蜜をかけたパンケーキもどきで優雅な朝食をとり、午後は、花の香りが漂う中で極上の昼寝を満喫する。
 セバスが淹れてくれるハーブティーにも、最近は蜂蜜を入れるのがお気に入りだ。

 ヴァルハラ領は、驚くほど安定していた。
 水も食料も塩も、そして甘味までも自給自足。信者たちは、日々の労働と俺への祈りに無上の喜びを見出しているようで、領内には犯罪もなければ、いさかいもない。

 俺は本気で、このまま、ここで、一生昼寝をして過ごしたいと願っていた。
 だが、どうやら世界は、俺の安眠を、それほど長くは許してくれないらしい。

 その日、俺がグリの背に乗って(歩くのが面倒だったからだ)、領内の花畑を上空からぼんやりと眺めていると、見張り台の信者が慌てた様子で鐘を鳴らした。

「敵襲ーっ!……いや、違う! シュタイン領の紋章を掲げた一団が、こちらへ向かってきます!」

 その報告に、地上で畑仕事をしていた信者たちの顔つきが変わった。
 彼らの脳裏には、ゲッコー男爵の卑劣な行いが焼き付いている。

「またしても、我らの聖地を狙う不届き者か!」

「今度こそ、クワの錆にしてくれるわ!」

 血気盛んな信者たちが、農具を手に殺気立つ。その不穏な空気を、凛とした声が制した。聖女セレスティアだ。

「お待ちください、皆さん。相手は堂々と紋章を掲げています。ゲッコーのような卑劣な輩が用いた、隠密のやり口とは違う。これは、正式な使節団でしょう」

 彼女は、そう言って場を鎮めると、俺の方を見上げて続けた。

「しかし、油断はなりません。これもまた、神が我らの信仰を試すために与えたもうた、試練に違いありませんから」

 俺は、グリの背の上で心底うんざりして、深いため息をついた。

「またかよ……」

 なんで、あいつらは、こうも頻繁に俺の昼寝を邪魔しに来るんだ。
 シュタイン領の連中は、よほど暇なのか。

 領主館に戻ると、セレスティアが真剣な顔で俺に尋ねてきた。

「アッシュ様、報告によりますと、隣領の新しい領主代理、エルンスト・フォン・リッターと名乗る貴族が、ご挨拶に参るとのこと。いかがいたしましょうか?」

「ああ? 挨拶?」

 俺は、考えるのも面倒くさかった。
 ゲッコーの時も、ゾルタンの時も、結局、面倒な交渉ごとに巻き込まれそうになった。もう、こりごりだ。
 俺は、自分の確固たる意志を、ハッキリと告げることにした。

「挨拶なら、好きにさせろよ。丁寧に来る奴を、追い返す必要はない」

 俺は、まずそう前置きした。無用な争いは、さらに面倒な事態を招くだけだ。

「でもな、面倒な話はごめんだぞ。俺は、この領地のやり方を、これから先も、これっぽっちも変えるつもりはないからな。それがお気に召さないって言うなら、さっさと帰ってもらえ」

 それが、俺の偽らざる本心だった。
 今のこの、完璧なグータラライフを、誰にも邪魔されたくはない。政治的な駆け引きも、領地間の厄介事も、全部お断りだ。

 俺のその、ただの「面倒くさいから、現状維持でよろしく」という怠惰な宣言。
 それが、セレスティアの脳内で、絶対不可侵の「神託」へと変換された。
 彼女は、アメジストの瞳をカッと見開き、まるで神の言葉をその身に宿した巫女のように、厳粛な雰囲気をまとった。そして、信者たちを集めた広場の中央に立つと、高らかに宣言したのだ。

「――神託が下りました! 神は、来たるべきシュタイン領の使者に対し、我らが聖地の『流儀』を毅然と示せ、とお命じです!」

 信者たちが、固唾をのんで聞き入る。

「第一に! 我らは、礼節を尽くして門を叩く者を、決して拒まない! これは、我らが聖地の寛容さを示すものです!」

「第二に! 我らは、俗世の権力争いや、複雑な政治的駆け引きには、一切関与しない! これは、我らが聖地の気高さを示すものです!」

「第三に! 神の教えに基づく、このヴァルハラ領の統治体制は、絶対不変のものである! これは、我らが聖地の神聖さを示すものです!」

 そして、セレスティアは力強く言い放った。

「そして最後に! この三つの原則を受け入れられぬ者とは、交渉の席に着く価値すらない、と! これこそが、我らが聖地ヴァルハラの、不干渉の原則! 神がお定めになった、絶対の外交方針です!」

「「「おおおおおっ!!」」」

 信者たちの間に、地鳴りのような歓声が巻き起こった。
 神は、またしても、我らが進むべき道を示してくださった。もう、迷うことはない。我らは、神の定めたこの流儀に従い、誇り高く、堂々と、隣領の使者を迎えればよいのだ、と。

 彼らは、下手に出るどころか、むしろ「我らの流儀を理解できる器が、相手にあるかどうか、試してやろう」という、謎の上から目線で、来訪者を待ち構えることになった。

 俺は、そんなことになっているとは露知らず。
 これで面倒な交渉は、全部セレスティアが『神の流儀ですから』で追い返してくれるだろう。完璧な作戦だ

 などと一人で悦に入り、安心して昼寝の準備を始めるのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

「餌代の無駄」と追放されたテイマー、家族(ペット)が装備に祝福を与えていた。辺境で美少女化する家族とスローライフ

天音ねる(旧:えんとっぷ)
ファンタジー
【祝:男性HOT18位】Sランクパーティ『紅蓮の剣』で、戦闘力のない「生産系テイマー」として雑用をこなす心優しい青年、レイン。 彼の育てる愛らしい魔物たちが、実はパーティの装備に【神の祝福】を与え、その強さの根源となっていることに誰も気づかず、仲間からは「餌代ばかりかかる寄生虫」と蔑まれていた。 「お前はもういらない」 ついに理不尽な追放宣告を受けるレイン。 だが、彼と魔物たちがパーティを去った瞬間、最強だったはずの勇者の聖剣はただの鉄クズに成り果てた。祝福を失った彼らは、格下のモンスターに惨敗を喫する。 ――彼らはまだ、自分たちが捨てたものが、どれほど偉大な宝だったのかを知らない。 一方、レインは愛する魔物たち(スライム、ゴブリン、コカトリス、マンドラゴラ)との穏やかな生活を求め、人里離れた辺境の地で新たな暮らしを始める。 生活のためにギルドへ持ち込んだ素材は、実は大陸の歴史を塗り替えるほどの「神話級」のアイテムばかりだった!? 彼の元にはエルフやドワーフが集い、静かな湖畔の廃屋は、いつしか世界が注目する「聖域」へと姿を変えていく。 そして、レインはまだ知らない。 夜な夜な、彼が寝静まった後、愛らしい魔物たちが【美少女】の姿となり、 「れーんは、きょーも優しかったの! だからぽるん、いーっぱいきらきらジェル、あげたんだよー!」 「わ、私、今日もちゃんと硬い石、置けました…! レイン様、これがあれば、きっともう危ない目に遭いませんよね…?」 と、彼を巡って秘密のお茶会を繰り広げていることを。 そして、彼が築く穏やかな理想郷が、やがて大国の巨大な陰謀に巻き込まれていく運命にあることを――。 理不尽に全てを奪われた心優しいテイマーが、健気な“家族”と共に、やがて世界を動かす主となる。 王道追放ざまぁ × 成り上がりスローライフ × 人外ハーモニー! HOT男性49位(2025年9月3日0時47分) →37位(2025年9月3日5時59分)→18位(2025年9月5日10時16分)

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。

branche_noir
SF
<カクヨムSFジャンル週間1位> <カクヨム週間総合ランキング最高3位> <小説家になろうVRゲーム日間・週間1位> 現実に疲れたサラリーマン・ユウが始めたのは、超自由度の高いVRMMO《Everdawn Online》。 目的は“癒し”ただそれだけ。焚き火をし、魚を焼き、草の上で昼寝する。 モンスター討伐? レベル上げ? 知らん。俺はキャンプがしたいんだ。 ところが偶然懐いた“仔竜ルゥ”との出会いが、運命を変える。 テイムスキルなし、戦闘ログ0。それでもルゥは俺から離れない。 そして気づけば、森で焚き火してただけの俺が―― 「魔物の軍勢を率いた魔王」と呼ばれていた……!? 癒し系VRMMO生活、誤認されながら進行中! 本人その気なし、でも周囲は大騒ぎ! ▶モフモフと焚き火と、ちょっとの冒険。 ▶のんびり系異色VRMMOファンタジー、ここに開幕! カクヨムで先行配信してます!

「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。

夏見ナイ
ファンタジー
「地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん冒険者アラン(40)。彼はこれを機に、血塗られた過去を捨てて辺境の村で静かに暮らすことを決意する。その正体は、10年前に姿を消した伝説の暗殺者“神の影”。 もう戦いはこりごりなのだが、体に染みついた暗殺術が無意識に発動。気配だけでチンピラを黙らせ、小石で魔物を一撃で仕留める姿が「神業」だと勘違いされ、噂が噂を呼ぶ。 純粋な少女には師匠と慕われ、元騎士には神と崇められ、挙句の果てには王女や諸国の密偵まで押しかけてくる始末。本人は畑仕事に精を出したいだけなのに、彼の周りでは勝手に伝説が更新されていく! 最強の元暗殺者による、勘違いスローライフファンタジー、開幕!

親友と婚約者に裏切られ仕事も家も失い自暴自棄になって放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました

空地大乃
ファンタジー
ダンジョンが日常に溶け込んだ世界――。 平凡な会社員の風間は、身に覚えのない情報流出の責任を押しつけられ、会社をクビにされてしまう。さらに、親友だと思っていた男に婚約者を奪われ、婚約も破棄。すべてが嫌になった風間は自暴自棄のまま山へ向かい、そこで人々に見捨てられた“放置ダンジョン”を見つける。 どこか自分と重なるものを感じた風間は、そのダンジョンに住み着くことを決意。ところが奥には、愛らしいモンスターたちがひっそり暮らしていた――。思いがけず彼らに懐かれた風間は、さまざまなモンスターと共にダンジョンでのスローライフを満喫していくことになる。

この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。 全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった! ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。 一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。 落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!

【状態異常無効】の俺、呪われた秘境に捨てられたけど、毒沼はただの温泉だし、呪いの果実は極上の美味でした

夏見ナイ
ファンタジー
支援術師ルインは【状態異常無効】という地味なスキルしか持たないことから、パーティを追放され、生きては帰れない『魔瘴の森』に捨てられてしまう。 しかし、彼にとってそこは楽園だった!致死性の毒沼は極上の温泉に、呪いの果実は栄養満点の美味に。唯一無二のスキルで死の土地を快適な拠点に変え、自由気ままなスローライフを満喫する。 やがて呪いで石化したエルフの少女を救い、もふもふの神獣を仲間に加え、彼の楽園はさらに賑やかになっていく。 一方、ルインを捨てた元パーティは崩壊寸前で……。 これは、追放された青年が、意図せず世界を救う拠点を作り上げてしまう、勘違い無自覚スローライフ・ファンタジー!

処理中です...