辺境の無能領主、聖女と信者に領地を魔改造されて聖地と化した件〜俺はただ、毎日ジャガイモを食って昼寝したいだけなんだが?〜

咲月ねむと

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2章 聖地の豊かすぎる日常

22話 聖地のファッションショー

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 俺が「暖かい服が欲しい」とボヤいてから、季節は一巡りした。
 ヴァルハラ領は、初めての冬を、大きな問題もなく乗り越えた。信者たちが、有り余る木材で暖炉をガンガン焚き、有り余る食料を腹一杯詰め込み、そして何より、有り余る信仰心で寒さを乗り切ったからだ。

 そして、春が訪れ、行商人マルコが待ちに待った「麻の種」を大量に持ち込んできた。
 信者たちは、それを『神の恵みの種子』と呼び、ヴァルハラ学園の子供たちまで動員して大規模な麻畑を作り上げた。

 夏の間、麻は、この土地の清らかな水と信者たちの過剰なまでの愛情を受けて、すくすくと育った。

 そして、秋。
 ついに、収穫の時を迎えたのだ。

 さらにそれからの数ヶ月、ヴァルハラ領は奇妙な光景に包まれた。
 刈り取った麻の繊維を、水に浸したり、叩いたり、梳かしたり……。信者たちは、試行錯誤を繰り返しながら、糸を紡ぐ技術を驚くべき速さで習得していった。

 やがて、領主館の近くに建てられた「織物工房」では、女性たちが、手作りの機織り機を使い、カタコン、カタコンと心地よい音を響かせ始める。
 そして、ついに、その日がやってきたのだ。

 ヴァルハラ領で生産された、最初の布地――『聖麻布ホーリーリネン』が、完成したのだ。
 その布地は、市販のものと比べれば、少しゴワゴワしていて、不揃いな部分もあった。だが、信者たちの汗と、涙と、祈りが込められたその布は、彼らにとって、どんな高価な絹織物よりも、神々しく、そして美しく見えた。

 もちろん、それで終わりではない。

 布ができれば、次は服を作らなければならない。

 俺が、縁側で秋晴れの空を眺めていると、セレスティアと織物工房の女性たちが完成したばかりの聖麻布と裁縫道具を手に、俺の前にやってきた。

「アッシュ様! ついに、我らの手で聖地の布が完成いたしました!」

「つきましては、アッシュ様! この聖地に生きる者がまとうべき『衣服のデザイン』について、神の新たなるお導きをお示しください!」

 またかよ。
 俺は、心底うんざりした。

 服のデザイン? 知るか、そんなもん。俺は、ファッションデザイナーじゃない。

 俺は自分の着ている、動きやすくて、楽なだけの、ただのチュニックとズボンを指差した。

「デザインだぁ? こんなんでいいだろ、こんなんで」

 俺は、また面倒くさそうに答えた。

「ごちゃごちゃした飾りとか、いらん。動きやすくて、汚れても気にならなくて、寝巻きのまま外に出ても、おかしくないやつ。それが一番だ」

 ファッションという概念を、完全に無視した、ただのグータラな好み。
 楽な服が一番いいに決まってる。

「あと、色は、汚れが目立たないやつな。白とか、すぐ汚れるから嫌いだ。茶色とか、灰色とか、その辺の色でいい」

 そのあまりに実用性というか、怠惰に振り切った言葉。
 それが、セレスティアの脳内で、またしても、恐ろしく深遠な「デザインコンセプト」へと変換された。

「……! 皆さん、お聞きになりましたか! 神は、我らがまとうべき衣服の本質をお示しくださいました!」

 セレスティアが、いつものように解説を始める。

「『ごちゃごちゃした飾りは、いらない』――神は、貴族が好むような、華美で、虚飾に満ちた服装を、明確に否定されたのです! 我らが求めるべきは、見せかけの美しさではなく、内面から滲み出る、信仰の輝きである、と!」

「おお……!」

 女性たちが感銘に頷く。

「『動きやすく、汚れても気にならない』――これは、我らが聖地の民が、常に『労働』と共にあることを、忘れてはならない、という教えです! 労働こそが祈りである我らにとって、作業の邪魔になるような服は、不要なのです!」

「な、なるほど……!」

「『寝巻きのまま外に出ても、おかしくない』――なんと、なんと合理的なお考えでしょう! これは、生活の全てが、神への奉仕に繋がっている我らにとって、オンとオフの区別などない、という、高尚な思想の現れにございます!」

「深すぎる……!」

 そしてセレスティアは、色の指定についても完璧な解釈を付け加えた。

「『汚れが目立たない色』――これは、大地の色、木々の幹の色、岩の色、すなわち、『自然との調和』を意味します! 我らは、この聖地の一部として、自然に溶け込むような、素朴で、しかし力強い色合いを、身にまとうべきなのです!」

 あまりに完璧なコンセプトを聞かされた女性たちは、もはや何の迷いもなかった。
 彼女たちは、その日のうちに「聖地ヴァルハラ公式ユニフォーム」のデザインに取り掛かった。


 数週間後。
 ヴァルハラ領では、領民全員が、その新しい服を着ていた。
 俺が言った通りの茶色や灰色を基調とした、飾りのない、ゆったりとしたチュニックとズボンのセットだった。だが、不思議なことに全員が同じデザインの服を着ていると、それはまるで、一つの組織の制服のように見え、領地全体に奇妙な統一感と精悍な印象を与えていた。

 そして、なぜか、その服の胸元には、ジャガイモをモチーフにした、小さな刺繍がワンポイントで施されていた。

 セレスティアに言わせれば、

「我らの原点である『聖なる糧《セント・ポテト》』への、感謝を忘れないため」

 なのだそうだ。

 俺は、その全員お揃いの服を着て、生き生きと働く信者たちの姿を眺めながら、思った。

「……まあ、洗濯は楽そうだな」
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