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第2章 宿敵の家の当主を妻に貰ってから
第67話 フォルス家執事は、少女への救済を求める
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「……どういうことですか?」
「……申し訳ありません。初めから……初めからこうすれば良かったのです……」
「ローエンさん、ゆっくりでいい。話してくれ」
唇を噛みしめて懺悔するローエンさんにどうすればいいのか分からなくて、説明を求めた。彼は一体、何に苦しんでいるのか。
「ノヴァ様……ソニアは今、昔と同じ、いえそれ以上酷い目に合っています。屋敷のほぼすべてのメイドに仕事を押し付けられ、見えないところで陰湿ないじめすら受けている始末……」
語られた内容は到底信じられないものだった。ソニアちゃんが、なんでそんな目に?
「いや……前にローエンさんに俺から話して、その件は解決したじゃないか。それなのになんで……」
「……全ては、ゼロード様の指示にございます」
「ゼロードの……兄上?」
言っている意味が分からない。ゼロードの兄上は一体何をしようとしている?
混乱する俺に、ローエンさんは静かに語り始めた。
「全ての始まりは、ゼロード様にソニアが間違ってぶつかってしまったことでした。
もちろんそれは失礼に当たることです。叱られるべきことではあるでしょう。ですがゼロード様の怒りは私の想定を越えていました。
彼はメイド達にソニアに対する嫌がらせや仕事の押し付けを再開させたのです。私にそのことに決して口出しをしないという約束までさせて」
「……いや、待ってくれ。それならそれで、父上に報告すればいいじゃないか」
いくらゼロードの兄上でも、父上には逆らえない。父上は厳格な性格だし、こういったことを許さない筈だ。
けどローエンさんもそれを考えたようで、首を横に振った。
「私もそう考えました。しかしゼロード様はそれすら許さないとされました。もしも言いつけを破れば私とソニアを将来酷い目にあわせると。私の事は構いません。ですが……ですがソニアが苦しめられるのは耐えられませんでした」
「…………」
「加えて最近は旦那様も体調を崩しがちですし、今まであった厳格さも弱々しくなっています。たかが一人のメイドについて報告をして、大した処理も取ってもらえずに、ソニアが苦しむ恐ろしい未来が訪れるかもしれないと考えてしまいました。
……執事失格ですね」
「……ローエンさん」
この人はこの人なりに必死だったのかもしれない。よく見てみれば目の隈は酷いし、握りしめている手もボロボロだ。きっと仕事を押し付けられていたソニアちゃんを助けようとして彼女の仕事を手伝ったけど、力が及ばなかったんだろう。
当然だ。何人のメイドが屋敷にいると思っている。それだけの仕事量をソニアちゃんと、ただでさえ多忙なローエンさんでやるのは無理がある。
「……分かりました。ソニアちゃんを俺の屋敷に連れていきます。絶対にゼロードの兄上には手出しさせません。それでいいですか?」
「……はい。お願いします、ノヴァ様」
力なく答えるローエンさんが、とても小さく見えてしまった。
ふと、シアが歩き出してローエンさんに近づく。彼女はローエンさんの耳元で何かを呟いていた。それがどういった内容なのかは、聞き取れなかったけど。
やがてローエンさんは頭を上げて、深く息を吐いた。さっきと同じように疲れ切っていたけど、少しだけ肩の荷が下りたような、そんな表情をしていた。
「ノヴァ様、私はメイド達の監督の権限は与えられていますが、任命と罷免は旦那様の権限となっています」
「ああ、分かったよ。父上に直接言う。でもその前にソニアちゃんに会わせてくれ。
もう仕事をしなくていいって、早いとこ止めないと」
「はい、こちらです。急ぎます」
足早に駆けだしたローエンさんに続いて、俺とシアは走り出した。
×××
長く親しんだフォルス家の廊下を走りながら、私はなんて愚かだったのかと考えました。
このローエン・アストレア、最初からノヴァ様を頼れば良かったのだと、今ならはっきりと分かります。
ゼロード様に脅迫されたときに、私はどうやってこの問題をフォルス家の中だけで解決すべきかを考えてしまいました。
けれど状況は悪くなるばかり。メイド達はソニアを極限まで苛め抜き、結局私に出来ることはソニアの仕事の一部を引き受けるだけでした。
ソニアと私の二人で仕事が片付くはずもありません。しかも私の助けなど微々たるもので、気づけば疲労と不眠で何も考えられなくなっていました。
本当に……本当にギリギリの状態でした。ノヴァ様が現れなければ、きっと明日には倒れていたかもしれません。
「この時間、ソニアは厨房にいるはずです」
「厨房だね」
厨房まではあと少し。待っていてくださいソニア。もうすぐ貴女を助けてくれる人が来てくれます。私なんかではない、本当に助けてくれる人が。
厨房の扉を目にして、私はついさっきの事を思い出しました。ノヴァ様に頭を下げたときに、彼の妻であるレティシア・アークゲート様から言われた言葉を。
『安心してください。ノヴァさんはきっとソニアちゃんを守りますし、私もアークゲートの総力を使って彼女を守ります。ですがそこまでするのですから、立場ははっきりとしてください。
ノヴァさんとゼロードのどちらにつくのか。別に今すぐに表明する必要はありません。あなたも複雑な立場ですからね』
私は長年トラヴィス様に仕えてきましたが、本当に人の上に立つべき人というのは彼女のような人物を言うのだと思いました。決して逆らえないような声色を、その言葉を、私は決して忘れることはないでしょう。
『ですが、心の中では決めておいてください。ノヴァさんを、支持すると』
心は決まりました。私は長らくトラヴィス様に仕えてきて、次期当主は覇気が使えるゼロード様がなるべきだと思っていました。
しかし、今は違う。
フォルス家の次期当主に相応しいのはゼロードではなくノヴァ様だと、そう思います。
答えは既に出ていました。私はノヴァ様を強く支持します。
心に新たなる誓いを立てて、厨房の扉を開きました。
「……申し訳ありません。初めから……初めからこうすれば良かったのです……」
「ローエンさん、ゆっくりでいい。話してくれ」
唇を噛みしめて懺悔するローエンさんにどうすればいいのか分からなくて、説明を求めた。彼は一体、何に苦しんでいるのか。
「ノヴァ様……ソニアは今、昔と同じ、いえそれ以上酷い目に合っています。屋敷のほぼすべてのメイドに仕事を押し付けられ、見えないところで陰湿ないじめすら受けている始末……」
語られた内容は到底信じられないものだった。ソニアちゃんが、なんでそんな目に?
「いや……前にローエンさんに俺から話して、その件は解決したじゃないか。それなのになんで……」
「……全ては、ゼロード様の指示にございます」
「ゼロードの……兄上?」
言っている意味が分からない。ゼロードの兄上は一体何をしようとしている?
混乱する俺に、ローエンさんは静かに語り始めた。
「全ての始まりは、ゼロード様にソニアが間違ってぶつかってしまったことでした。
もちろんそれは失礼に当たることです。叱られるべきことではあるでしょう。ですがゼロード様の怒りは私の想定を越えていました。
彼はメイド達にソニアに対する嫌がらせや仕事の押し付けを再開させたのです。私にそのことに決して口出しをしないという約束までさせて」
「……いや、待ってくれ。それならそれで、父上に報告すればいいじゃないか」
いくらゼロードの兄上でも、父上には逆らえない。父上は厳格な性格だし、こういったことを許さない筈だ。
けどローエンさんもそれを考えたようで、首を横に振った。
「私もそう考えました。しかしゼロード様はそれすら許さないとされました。もしも言いつけを破れば私とソニアを将来酷い目にあわせると。私の事は構いません。ですが……ですがソニアが苦しめられるのは耐えられませんでした」
「…………」
「加えて最近は旦那様も体調を崩しがちですし、今まであった厳格さも弱々しくなっています。たかが一人のメイドについて報告をして、大した処理も取ってもらえずに、ソニアが苦しむ恐ろしい未来が訪れるかもしれないと考えてしまいました。
……執事失格ですね」
「……ローエンさん」
この人はこの人なりに必死だったのかもしれない。よく見てみれば目の隈は酷いし、握りしめている手もボロボロだ。きっと仕事を押し付けられていたソニアちゃんを助けようとして彼女の仕事を手伝ったけど、力が及ばなかったんだろう。
当然だ。何人のメイドが屋敷にいると思っている。それだけの仕事量をソニアちゃんと、ただでさえ多忙なローエンさんでやるのは無理がある。
「……分かりました。ソニアちゃんを俺の屋敷に連れていきます。絶対にゼロードの兄上には手出しさせません。それでいいですか?」
「……はい。お願いします、ノヴァ様」
力なく答えるローエンさんが、とても小さく見えてしまった。
ふと、シアが歩き出してローエンさんに近づく。彼女はローエンさんの耳元で何かを呟いていた。それがどういった内容なのかは、聞き取れなかったけど。
やがてローエンさんは頭を上げて、深く息を吐いた。さっきと同じように疲れ切っていたけど、少しだけ肩の荷が下りたような、そんな表情をしていた。
「ノヴァ様、私はメイド達の監督の権限は与えられていますが、任命と罷免は旦那様の権限となっています」
「ああ、分かったよ。父上に直接言う。でもその前にソニアちゃんに会わせてくれ。
もう仕事をしなくていいって、早いとこ止めないと」
「はい、こちらです。急ぎます」
足早に駆けだしたローエンさんに続いて、俺とシアは走り出した。
×××
長く親しんだフォルス家の廊下を走りながら、私はなんて愚かだったのかと考えました。
このローエン・アストレア、最初からノヴァ様を頼れば良かったのだと、今ならはっきりと分かります。
ゼロード様に脅迫されたときに、私はどうやってこの問題をフォルス家の中だけで解決すべきかを考えてしまいました。
けれど状況は悪くなるばかり。メイド達はソニアを極限まで苛め抜き、結局私に出来ることはソニアの仕事の一部を引き受けるだけでした。
ソニアと私の二人で仕事が片付くはずもありません。しかも私の助けなど微々たるもので、気づけば疲労と不眠で何も考えられなくなっていました。
本当に……本当にギリギリの状態でした。ノヴァ様が現れなければ、きっと明日には倒れていたかもしれません。
「この時間、ソニアは厨房にいるはずです」
「厨房だね」
厨房まではあと少し。待っていてくださいソニア。もうすぐ貴女を助けてくれる人が来てくれます。私なんかではない、本当に助けてくれる人が。
厨房の扉を目にして、私はついさっきの事を思い出しました。ノヴァ様に頭を下げたときに、彼の妻であるレティシア・アークゲート様から言われた言葉を。
『安心してください。ノヴァさんはきっとソニアちゃんを守りますし、私もアークゲートの総力を使って彼女を守ります。ですがそこまでするのですから、立場ははっきりとしてください。
ノヴァさんとゼロードのどちらにつくのか。別に今すぐに表明する必要はありません。あなたも複雑な立場ですからね』
私は長年トラヴィス様に仕えてきましたが、本当に人の上に立つべき人というのは彼女のような人物を言うのだと思いました。決して逆らえないような声色を、その言葉を、私は決して忘れることはないでしょう。
『ですが、心の中では決めておいてください。ノヴァさんを、支持すると』
心は決まりました。私は長らくトラヴィス様に仕えてきて、次期当主は覇気が使えるゼロード様がなるべきだと思っていました。
しかし、今は違う。
フォルス家の次期当主に相応しいのはゼロードではなくノヴァ様だと、そう思います。
答えは既に出ていました。私はノヴァ様を強く支持します。
心に新たなる誓いを立てて、厨房の扉を開きました。
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