宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙

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第2章 宿敵の家の当主を妻に貰ってから

第95話 親睦会の終わり

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 自分でも何が起こったのかはよく分からなかった。怒りの中にあっても頭は冷静だったけど、ゼロードの様子が変わった後の事はあまりよく覚えていない。剣が砕けて負けたと思った瞬間に、でも何とかしなきゃいけないと思って、気づいたときにはシアの温かさに包まれていたから。

 ふと視線を感じて首を右に回すと、かなり近い距離にいたのかオーロラちゃんと目が合った。彼女は心配そうに俺をじっと見つめている。

「ノヴァお兄様、怪我無いよね?」

「……うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 そう言うとオーロラちゃんはにっこりと微笑んだ。姉妹だけあって、シアと似た笑顔だった。

 彼女から視線を外して辺りを見回す。
 唖然とした表情でじっと俺達を見るカイラスの兄上や、崩れ落ちるように座り込んだリーゼロッテの母様。ゼロードが出て行った窓をじっと見るライラックの叔父上やギリアムさん達を始め、多くの人がこの状況に混乱を隠せないようだ。

 その中で、一番奥で俯いたまま立ち尽くすセシリアさんの姿もあった。彼女はゼロードの婚約者。冷めきった関係だとは感じていたけど、それでも思うところはある筈だ。彼女には少し悪い事をしたかもしれない。

「……レティシア様」

 背後から声がして、シアを放して振り返る。右腕を左手で押さえた父上が俺達の方へ歩いてきていた。
 立ち上がって父上の方を向けば、シアも自然な動きで俺の左側に並ぶ。右には振り返ったオーロラちゃんが居るから三人で並ぶような形になった。

「ご助力感謝します……ただ……その……もう少し力を押さえて頂けないでしょうか?」

 言葉を聞いてもう一度見渡せば、カイラスの兄上やギリアムさんなど、少し顔色が悪い人が何人かいる。父上もその一人だ。シアの魔力に当てられているという事だろう。

「……失礼しました。緊急事態だったもので」

 魔力を抑えたために父上の顔色が少し良くなり、辛そうな表情もほんの少し和らぐ。ただ状況が状況だから本当に少しだったけど。

「ノヴァ……レティシア様……それと……」

「オーロラ・アークゲートです。フォルス家当主、トラヴィス様」

 優雅に礼を取るオーロラちゃんからは普段とは少し違うぴっしりとした雰囲気が出ていて、まさに貴族のご令嬢という感じだった。

「どうしてここに……いえ、今はそれよりも……お二方には私の息子のゼロードが多大なる迷惑をかけた……心より謝罪いたします」

 深く深く頭を下げる父上。シアは下ろした右手で同じく下ろした左手を掴んだ。

「受け入れます。むしろトラヴィス様が無事で安堵いたしました」

「はい、ノヴァのお陰です。ノヴァ……ありがとう」

「は、はい……」

 今まで父上にお礼を言われたことはあっただろうか。もしあったとしても、こんなに真剣な雰囲気で言われたことはない筈だ。思わず返事にどもってしまった。

「この後どうするか、考えていることを聞いてもよろしいですか?」

 シアの言葉に頭を上げた父上は、目じりを下げた状態で乾いた笑みを浮かべた。

「このような状態では親睦会どころではありません。今日は解散にするつもりです……本当はノヴァの次期当主就任を伝えたかったのですが……それは落ち着いてからにしようかと」

「それがいいでしょう。多くの人が混乱しているようですしね……ですがノヴァさんの次期当主就任の発表は早めにした方が良いですよ。今回の件は間違いなく貴族たちの間で噂になります。それを上書きするには十分な衝撃だと思うので」

「……感謝します」

 二人の会話を聞いていると、シアが重ねた自分の手に力を入れているのに気づいた。

「……ゼロードの件はお悔やみ申し上げます。今は逃げていますが、捕まるのも時間の問題でしょう」

「……ただ息子が申し訳ないことをしたという気持ちしかありません」

「あなたは被害者でもありますが実の父親です。厳しいことを言いますが、ゼロードの罰はとても重いものになるかと……フォルス家の当主殺害未遂に、アークゲート家の当主である私の魔力妨害未遂……他にも叩けばいくらでも出てくると思いますが、この二つだけで重罪人です。
 ……ないとは思いますが、仮にゼロードが助けを求めてきても応じないでください」

「……もちろん……分かって……います」

 シアの言葉は否定のしようがない事実だ。父上の命を狙っただけでも罪は重い。しかも手口を見るにかなり計画的な犯行だ。そこにアークゲート家の当主であるシアへしたことも加味すれば、ゼロードの行く末は……おそらく。

 父上は大きく息を吐いて顔を上げる。ひどく疲れた顔ではあったけど、決意を感じられた。

「……私はフォルス家の当主として、今回のゼロードの悪行を公正な判断をもって裁いてくれるように城の方に伝えます。それが私がフォルス家の当主としてできる……いえ、父親としてできる最後の事かと」

「…………」

 父上の言葉にシアは何も返さなかった。ゼロードに下される判決がどのようなものになるのかは、考えなくても分かるからだ。

「……ゼロードの捜索に兵を出します……私はこれで」

「……はい」

「ノヴァ、次期当主の発表の日時を決めたら手紙を送る。少しだけ時間をくれ」

「……分かりました」

「感謝する」

 その言葉を最後に、父上は俺達の横をすり抜けた。行く先を追ってみれば、床に座り込んだリーゼロッテの母様の元へ行き、膝をついていた。
 自分のせいだと自らを泣きながら責め続けるリーゼロッテの母様に、お前ではなく自分が悪かったのだと励まし続ける父上。あまりにも痛々しい姿に周りの人達も悲痛な面持ちになっていた。

 リーゼロッテの母様を抱えるように立ち上がった父上は、大きく息を吸う。

「皆さまにお伝えすることがあります……今宵、我が息子であるゼロードは私を殺めようとしました。他にも余罪は多数あるでしょう。それを、アークゲートの当主様と息子のノヴァは救ってくださったのです」

『…………』

「きっかけは、おそらくはゼロードを次期当主の候補から外したことだと思われます。我が家に関することで皆様にご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます。
また、この後はゼロード捕縛に向けて兵を出すつもりです。王城にも協力を依頼いたします。
……本来ならば嬉しい報告もあったのですが、このような状況ではとても……後ほど報告する場を設けたいと思います。応じて頂けるでしょうか?」

 先ほどの事件があったにもかかわらず、凛とした透き通る声が耳に響く。
 それは、まさにフォルス家の当主としての言葉だった。

 多くの貴族が応じる旨を声に出して伝える。誰一人として、文句を言う人はいなかった。いや、目の前で起きていたことがあまりにも衝撃的過ぎたのかもしれない。
 貴族達の様子を見て、父上は頭を下げる。

「感謝いたします。ろくな見送りもできずに申し訳ありませんが、今日は解散とさせてください。帰りはくれぐれもご注意ください……また、ゼロードが襲う可能性もないとは言い切れないため、連れてきている兵には特に警戒するようにお伝えください。
……ノヴァ、カイラス、もし手が空いていれば見送りを頼みたい。私は……妻を放っては置けないのでな……」

「……はい」

「……かしこまりました」

 後を俺とカイラスの兄上に任せて、父上は貴族達に深く頭を下げたのち、リーゼロッテの母様を連れて去っていく。
 小さくなっていくその背中を、俺はほんの少しの間だけ見送った。
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