宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙

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第2章 宿敵の家の当主を妻に貰ってから

第97話 もう一人の兄上

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 ゼロードと違ってカイラスの兄上の事は嫌いではない。けどよく分からないっていうのが本音だ。
 物心ついた頃から今まで、カイラスの兄上と言葉を交わしたことがほとんどないから。

 もちろん、会えば挨拶くらいはする。けどそれ以外の会話をした記憶は皆無で、カイラスの兄上にとって俺は意識を割くほどの存在でもないんだろうってずっと思っていた。
 だから、今この場で声をかけられたことに大きく驚いた。

「……大変な親睦会だったな」

「……はい」

 二人並んで言葉を交わすけど、俺達はお互いを見ようとはしない。俺もカイラスの兄上も、何もない方をただじっと見ているだけ。貴族の人達の見送りは終わったのにその場を離れもしない。歪な態度だけど、会話をするという意志は俺達にあった。

「あそこまで……人は変わってしまうものなのだな……」

「…………」

 何て返せばいいのか分からなくて黙っていると、カイラスの兄上はなにかを勘違いしたのか、小さく息を吐いた。

「いや、すまない。ノヴァを責めているわけじゃない。悪いのはどう考えてもゼロードの兄上だ。
 お前は兄上と戦い、勝利しただけだからな」

 それに関しては心の底から同意する。確かにきっかけは俺だったかもしれない。シアだったかもしれない。けど何があろうともこの事件を引き起こしたのはゼロードで、それは許されることじゃないんだから。

 会話が一段落着いて少しの間沈黙が流れる。けどカイラスの兄上は去る様子を見せない。
 だからどうせなら、と前から少し気になっていたことを尋ねてみることにした。

「……実家でゼロードと俺は次期当主の座をかけて争うと互いに宣言しました。ですがその時にカイラスの兄上だけは争うことから降りた。あれはなぜですか?」

「……お前が言うのか」

 顔を歪めたカイラスの兄上は、息を吐いて口を開く。

「……私が参加しても結果が何一つ変わらないと感じたからだ。アークゲート家の当主が力を貸すのだからな。
 私は戦うよりも前に敗北する未来を見た……もし兄上も同じものを見ていれば、こんなことにはならなかったのかもしれないな」

「……仮に見ていたとしても、あの人は止まらなかったと思いますよ」

 少なくとも俺の知るゼロードは、そういう人間だ。

「……そうだな」

 明後日の方向を向いていたカイラスの兄上は首を動かして星空を見上げた。

「あの時も言ったが、次期当主……おめでとうノヴァ」

「……ありがとう、ございます」

「聞かせて欲しいことがある」

 すっと、カイラスの兄上が視線を俺に向けたのに気づいた。俺も首を動かして兄上と視線を合わせる。

「お前は、フォルス家をどうするつもりだ? 近いうちにお前は当主になるだろう。なら、お前が目指すフォルス家とはなんだ?」

「…………」

 カイラスの兄上の言葉に深く考え込む。これが兄上から俺への問いかけだと、よく考えて返答しなくてはいけないと、そう思った。

「……皆が穏やかに過ごせる……それが俺の考える目指したいフォルス家です」

「…………」

 絶句。そして訝しげな視線でカイラスの兄上はじっと俺を見る。

「甘すぎるぞノヴァ。フォルス家は南の大貴族にして剣の名家。つまりは武家だ。
 そんなフォルス家の目指すものが、穏やかな日々だと?」

「……カイラスの兄上、もう北側の戦争は終わり、この国はコールレイク帝国との和平も結んで国交も開かれています。ナインロッド国との戦争だってしばらくやっていない。
 だから、この平和を少しでも長く保ちたい。これが俺の夢です」

「……ばかげている。我らは今まで剣の力のみで上に立ってきた一族だ。それが、平和だと?」

 そう言ったカイラスの兄上をじっと見つめ返す。

「……なら兄上は、平和でない方が良いと?」

「そういう話をしているのではない。私達がこれまで護り、受け継いできたフォルス家を壊すなと言っているんだ」

 困ったように少しだけ目じりを下げるカイラスの兄上。
 でも返事の中で、「私達がこれまで護り、受け継いできたフォルス家」という言葉だけは聞き逃せなかった。

「覇気を使えないという理由があったとしても人を蔑ろにするような家が、これまでのままで良いと?」

「……私が言っているのがそういった意味ではないことは分かっているだろう?」

「いや」と言って、カイラスの兄上はまっすぐに俺を見返した。

「お前は、恨んでいるのだな……当然か」

「…………」

 フォルス家を恨む気持ちはもちろんある。
 一方で、今話をしているカイラスの兄上を恨んでいるか。

 これは正直、分からないっていう気持ちの方が大きい。カイラスの兄上から何かをされた記憶はない。それは悪い事も、良い事も。冷たい視線を向けられたことや言葉に冷たさを感じたことはあるけど、ゼロードのように暴力を振られたことはないしメイドのように陰口を叩かれたこともない。
 少なくともカイラスの兄上に、出来損ないと呼ばれた記憶はなかった。

 けどシアのように救ってくれたわけじゃ絶対にない。助けを求めたこともないけど、彼の視界には俺は映っていなかったように思える。

 俺の人生において、カイラスの兄上はほとんどの場面で登場しない。

 だから少し思うところはあるけど、恨んではいないんだと思う。
 今だから思うけど、少し年上というだけのカイラスの兄上にどうにかできたとも思えないし。

「別に……今更の話です」

 そう言って無理やり話を終わらせる。本当は今更だからって割り切れる事じゃない。
 でも、それをカイラスの兄上に言うのも少し違う気もする。なによりも一番恨んでいた相手であるゼロードはもういないんだから。

「…………」

 カイラスの兄上は何も言わなかった。きっとなにを言っていいのか彼自身分からないんじゃないかと、そう思った。

「……いずれにせよ、兄上になにを言われても俺は俺のやり方を貫きます。この平和を維持することを」

 カイラスの兄上が言いたい武家としてのフォルス家。けどこれに関しても、今までのフォルス家じゃダメだと感じている。
 シアが死力を尽くして平和を勝ち取ってくれたからこそ、俺はこの平和な時間を少しでも長く保ちたい。それならフォルス家だって、そんな流れに従っていくべきだろう。

 はっきり言えば、フォルス家は遅れているとさえ感じているから

 けどそれはこれまでのフォルス家の在り方から全く恩恵を得られずに、それが間違っていると信じている、いや信じてきた俺だからだ。
 カイラスの兄上のような人からすれば、受け入れられないのも当然か。

 拳を強く握った兄上は、再び俺の方に視線を向ける。

「……そんなことが、出来るのだろうか」

「…………」

 呟かれた一言に驚けば、カイラスの兄上はすぐに視線を外す。

「……いや、それよりもノヴァ。私は真っ先に大罪人のゼロードを捕まえるべきだと思うが」

「……え、ええ……それに関しては賛成です。俺の方からも人を出します」

「あぁ、私も協力しよう」

 踵を返して別邸の方へと戻っていくカイラスの兄上。その背中を見て、さっきの兄上の事を思い出す。

『……そんなことが、出来るのだろうか?』

 あの言葉にはどんな意味が込められていたのだろう。表情があまり変わらないカイラスの兄上の真意は分からなかった。
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